第7話 天才たち

「ノーマン・ヴァルザー。あなたの生成実験を始めたのはこのアタシよ。アタシとあなたの類まれなる優秀な遺伝子は、魔法省の未来を明るく照らすはずだったんだから!!」

 

 ヴィクトリアが金切り声を上げると、ほぼ同時に私たちを閉じ込めている魔法柵が振動した。


「わあああっ」


「マティアス!」


 ノーマンはマティアスに駆け寄り、震える身体を抱きしめた。濃青の髪を持つ美丈夫と、彼に良く似た、あどけなさが残る少年。端から見ると立派な父子である。

 ヴィクトリアはガチガチと爪を噛んだ。


「アタシとノーマンの遺伝子なら最高の子供が生まれる。魔法省の救世主となる存在を作れたのに! アタシがその母になるはずだったのに!」


「アタシの告白を断りやがった!」


 金色の髪を振り乱して叫んでいる。


「にもかかわらず、この女の前ではいつもヘラヘラと馬鹿みたいに愛想を振りまく!」


「正攻法で子供を作るのは断られたから、オッサンたちに手伝ってもらい魔法核で子を生成しようとしたのよ。研究自体に興味を持たれ、アタシが寝ている間にアタシの研究室に侵入して、よりによってアンタの魔法核で成功させるとは思わなかったけどね!」


「アタシの核では何度試しても結合しなかったのに! 一発で! なんで!? どうしてなの! アタシが何をしたっていうの!!」


 ヴィクトリアは金髪を逆立て、ぽろぽろと涙を流した。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 一部始終を見ていたマティアスが、ノーマンの腕の中から問いかける。ポケットからハンカチを出して腕を伸ばした。

 

「僕のせいだよね。僕が失敗作だから。ごめんね、泣かないで」


「うるさい!」


 ヴィクトリアはハンカチをバシッと叩き飛ばした。


「てめぇには何も分かんねぇよ! 失敗作のくせに愛され保護されるてめぇにはよ!」


 再び、鼓膜が破れるような高音が鳴り響き、同時にドス黒い魔法陣が次々と現れては何重にも魔法柵をこしらえていく。


「まずい!」


「分かってる! 私が壊す!」


 破壊する魔法陣を描き、黒き陣形を白く書き換える。魔法柵はスゥッと消滅するが、新たに次のものが重ねられていく。


「いたちごっこね……」


 息が上がる。

 今日は随分と魔力を使うことが多かったから、心臓が疲弊するのがやけに早い。


「……俺も、何かできたらいいんだが……」


 厚さを増す魔法柵をただ見ていることしかできず、ノーマンは歯を食いしばっていた。

 私は身が引き締まる思いがした。

 頼りになって、いつも冷静な男。それがノーマン・ヴァルナーだから。


 私は深呼吸して、魔法陣を描く指に神経を集中させた。


「今までたくさん守られてきたわ。次は私の番よ」


 まぶたを閉じて、理想とする魔法陣を脳裏に描く。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、何度も胸に手を当てる。


「私だって天才よ。ノーマンにできて私にできないことはないわ。同じ物を食べ同じところで育って、同じ未来を見ているんだから!」


 あふれる全ての精神力を、魔法陣の中に注ぎ込んだ。黒い魔法柵は霧が晴れるように透明度を増し、ヴィクトリアがいるいつもの研究室が姿を現した。


「オリヴィエ、あと少しだ!」


「お姉ちゃん!」


 二人の声に押され、私は足を踏ん張った。

 魔法柵にピシッと亀裂が入る。


「やった!」


 破壊魔法は切れ込みが入ると一気に砕くことができる。私は亀裂めがけて右手を素早く振りかざす。




「──え?」


 あと一歩、亀裂には届かなかった。


 集中力がプツリと切れ、身体が床に叩きつけられた。


「オリヴィエ!」


 頭から血の気が低くような感覚がして、目の前がみるみるうちに暗く染まっていく。


「あ……やば……」


 目は開いているのに何も見ることができない。

 真っ黒で左右が分からず、使えるのは耳だけ。その音も、こもりながら小さくなっていく。


「オリヴィエ! オリヴィエ!?」


 ノーマンが私を呼ぶ声が聞こえる。


 大丈夫。一時的な魔力切れだから、しばらく休めば治るよ。

 そう言いたいのに、なぜだか口が開かない。


「お姉ちゃんにいじわるするな!」


 ──どうなってしまうんだろう。

 あとちょっとだったのに、私たちやっぱり、処分されちゃうのかな。

 頬を温かいものが伝った。

 ドーン! と大きな爆発音がした。

 追手の上層部の残党が、壁を爆破して向かっているに違いない。


「……ちゃん」


「お姉ちゃん!」


 ノーマンとは違う、すべすべした手が私の手に触れた。マティアスも近くにいたんだんね。

 もしかして私、ここで死ぬのかも知れない。

 また短い生涯を終えるのだと思うど、目に涙が込み上げる。

 私は何かを成し遂げとることができただろうか。愛する人の幸せに貢献できただろうか──


「見た!? 今の見た!?」


「……」


 いや、魔力切れで何も見えないんですけど。


「見て! すごいでしょ! 見て!」


「待て。今補填する。ちょっと我慢な」


 ふと柔らかいものが唇に降りてきた。


「……!」


 吐息と似て非なるエネルギーが身体の中へ流れていく。

 一流の魔法使いは人工呼吸の要領で魔力切れを治せると聞いたことがある。ということは多分これは……

 頭に浮かんだ答えを想像すると恥ずかしくなって、私は必死に首を振った。


「あ、ありがとうノーマン。助かったよ……」


 再びクリアになっていく視界に飛び込んで来たのは、巨大な魔法柵をぶち破る大きな穴であった。


「え、え……なにこれ」


「マティアスが開けたんだ。あいつ、破壊魔法が使えたんだな! それもオリヴィエより高威力の」


 ノーマンは目を丸くし、顔をほころばせている。マティアスは得意気に頬を紅潮させた。


「お姉ちゃんの魔法、きれいだから覚えてたの。真似してみたら、ドーンて吹っ飛んだの! すごいでしょ!」


「すごい……ね……」


 私は壊れた魔法柵を呆然と見上げた。

 私の魔法ではどうにもならなかったことを、一瞬で解決してしまった。

 ほんのちょっとだけ悔しく、それ以上に興奮して胸が高鳴る。


「マティアス、あなたは私たちの子供だね。そっくりだよ。特に天才・・なところ!」


 私はマティアスを抱きしめた。


「マティアスは失敗作じゃないよ。こんなに可愛くてかっこいい子が生まれたら、私の人生大成功だよ!」


「なんで……どうしてぇ……」


 ヴィクトリアはふらふらと後退りし、魔法陣のひずみに身を落とそうとした。


「待て! お前にはきちんと罪を償ってもらう」


 ノーマンの防御魔法が彼女を取り囲み、今度はヴィクトリアが魔法柵の中に囚われた。

 いや、彼女だけでなく、私たちを追っていた魔法省の上層部の男たちと共に。


「お前の野望が魔法省を腐らせた。俺やオリヴィエ、マティアスがどんな気持ちだったか、お前には一生分からないだろうな」


 ノーマンは防御魔法柵の外側で彼らを見下ろす。


「オリヴィエ。ついてきてくれるか?」


「うん。私もちょうど言おうと思ってたのよ」


 私たちは目を合わせて頷いた。




 魔法省の塔の内部は私たちや上層部が戻らないことで騒然としていたが、私たちの姿が見えると一斉にこちらを向いた。ヒソヒソと噂する声が聞こえる。


「あんな子いた……?」


「ノーマン様の弟かしら」


 マティアスは知らない大勢の大人の注目を浴び、私から離れない。


「ノーマン様! その子は誰ですの?」


 ひとりの部下が近寄って、マティアスをまじまじと眺めた。


「あとで説明する。サラ、今日はもう終わりだ。解散と伝えてくれ」


「ノーマン様!?」


 私たちは塔の最上階へと登った。

 ここは魔法省の最高責任者であり、最も長く生きる老師がいる場所だ。並んだたくさんのステンドグラスから太陽の光が差し込み、雲の動きに合わせ虹色に揺れる。


「お伝えしたいことがございます」


 絹のような白衣に身を包み、白髭をたくわえた老師を見つめる。老師は出窓から地上を眺めていたが、ゆっくりと私たちの方を振り返った。


「人工生命体を作る実験を今すぐ中止してください。彼は……マティアスは実験体ではありません。大切なひとりの人間です」

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