第5話 愛とは。(2)
ノーマンの言葉に、私は呆然と立ち尽くした。
「どういうこと……?」
マティアスも私に腕を絡め、じっと話を聞いている。
「肉体とは別に、心のもととなる物質が存在する。これが“精神の核”だ。俺たちの魔法陣から遺伝子を抽出して人工的に合成したのだろう」
「そんなことができるの……?」
「理論的にはな」
ノーマンはパソコンを再びカタカタといじった。
モニターに映し出されたのは数多の実験結果である。
「もう何年も前から、上層部のやつらは部下の遺伝子を使って実験していたようだ。だが、どれも肉体を有するまで成長することなく失敗に終わっている」
「うっ……」
たくさんの実験結果の中には見知った先輩の名もあり、遺伝子が無断で使用されたのかと思うと目眩がした。
「私たちは偶然成功したに過ぎないってこと? それならなぜマティアスは失敗作だなんて呼ばれて……?」
「それは……」
ノーマンは私にピタリとくっついているマティアスに目を向けた。微かにお腹の音が鳴った気がした。
「ちょっと待て」
ノーマンは白衣のポケットからキャンディを取り出し、マティアスの口に放り込んだ。ジューシーなイチゴの果汁とまろやかなミルクの甘さが口の中で溶け合い、マティアスの瞳はキラキラと輝いた。
「座って落ち着いて食えよ」
「ん! ありがとうお兄ちゃん!」
「……お兄ちゃんか……」
ノーマンは困ったように眉を下げ、マティアスを見つめた。
キャンディを頬張る少年の背丈は170センチメートルほどの思春期レベル。だが、心はそれには到底届かないだろう。
「身体より心がだいぶ幼いのが、廃棄される要因だろうな。データによると、コイツが生まれたのは数年前。精神年齢の方が正しいだろうな」
「あ……」
数年前といえば、私が魔法省に入職したときだ。
時期を考えればその頃の私の遺伝子が、ノーマンのものに掛け合わされたのだろう。
「精神核は本来、集中力の強化や鍛錬時に各々が研究する非常にプライベートな物質だ。生命の誕生もそうだ。こんなふうに使用することを想定されてはいないから、予想外の欠陥があってもおかしくはない」
「つまり、身体の成長だけ五倍の速度で進んでいると……?」
ノーマンは黙って頷いた。
「魔法省は、魔法陣の研究をして日常をよりよくする為の組織だ。ここのところ、真新しい魔法陣が作れていない。マティアスのような存在を量産して都合の良い下僕や人体実験として使用し、研究の成果を手取り早く上げるつもりだったのでは」
「そんな……」
思わずマティアスの手を握ると、私に笑顔を向けながら握り返してくれた。
「じゃあもし、この子が“成功”していたとしても、幸せにはなれなかったってこと?」
「……そうだな」
マティアスは私の服に鼻の頭をゴシゴシと擦り付けて、匂いを嗅いだ。
「お姉ちゃん、いい匂い」
「……っ」
私の頭上の少し上で、細い青髪が細やかに揺れる。孤児院にいた頃のノーマンを彷彿とさせる彼は、もちろんノーマンとは違う。おそらく、彼のようにはなれないだろう。
半分私のバカな遺伝子が混じっているから……だけではない。
私たちは孤児院で他の仲間たちや親代わりの大人たちに愛されて育った。血縁は無くとも、たくさんの温かさに包まれて大きくなり、そのおかげで今がある。
でも、この子は?
実験用に開発され、偶然生まれたに過ぎない生き物。ただ、それだけだ。
「こんなに可愛いのに、誰にも愛してもらえなかったの……?」
マティアスの背に腕を回せば、彼はおずおずと同じように抱きしめた。
「もう大丈夫よ。あなたのこと置いていかない。絶対に私が守るから」
人の手で作られた人間であろうと関係ない。
今度こそ、誰かを守れる自分なりたいんだ。
ジジジ……
ふと、ノーマンが開いているパソコンに映像が映った。
画質は粗くて見えにくいが、純白の白衣を着た男たちである。先ほどまでマティアスが幽閉されていた部屋に魔法省の上層部が入り込んで来ていた。
「ハッキングついでに、俺のパソコンとあの部屋のパソコンを繋げておいた。監視機能を付与した魔法陣を張ったからモニターに映し出されるぞ」
ノーマンはほくそ笑んだ。
「本当にヤバいですね」
「なんか言ったか」
「いえ。天才です」
画面上では、数人の男たちが室内を見回している。
『畜生、遅かったか』
『さすがあの女のガキだ。手間かけさせやがって』
『マティアスは一人で逃亡できる知能を持っていないはずです。防御層も破壊されていますし、職員の誰かが手を貸したのでしょう』
『あの防御魔法を破ったというのか? あれは何重にも重ね掛けされた、重厚な砦だぞ』
『防御の専門家なら可能だと思いますが、それでもかなりの時間が必要です。私たちの会議中に崩せるほど簡単なものではありません』
『では……?』
男たちは黙り込んだ。
『私の計画を台無しにするなんて……許せない』
男たちに紛れ、聞いたことのある女性の声がして、私は思わず息を呑んだ。
『犯人は複数犯よ! 防御のスペシャリストと、それから何らかの特殊スキルを持っている人物よ。探しなさい!!』
男の一人が声を張ると、他の者たちは一斉に魔法陣を展開した。透明感のある魔法陣が次々と空中に浮かんでは消えていく。
『重大インシデントだ! 誰であろうと国家機密を知った者は生かしておけない。外部との扉を全て封鎖しろ!』
『全職員に伝えろ! 作業の手を止めその場に留まれとな!』
嫌な汗がこめかみを伝った。
手が震える。
「これは……大変なことになったんじゃ……」
ノーマンに目をやると、彼は私とマティアスにゆっくりと近づいて肩を抱いた。
「始めからそのつもりだろう? 怖気づくなよ。オリヴィエもマティアスも、二人とも俺が守ってやる」
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