第2話 国家機密の失敗作

 ノーマンは息を荒げて一枚の白い紙切れをヒラヒラさせた。

 

「なんですかそれ」

 

「魔法省のマル秘データを手に入れた。国家機密だ」

 

 顔を近づけると、彼は紙をサッと後ろ手に隠した。

 辺りを警戒し私を彼のデスクへと呼び寄せると、腰をかがめて耳元にヒソヒソ声で告げた。

 

「上層部しか知らないハッキングデータだ」

 

「何やってるんですか!」

 

「見られないよう、何重にも妨害策が取られてあったが俺の前では意味を成さなかったな。秒で解除してやった」

 

「犯罪者じゃないですか」


「そうとも言えぬな」


「はぁ?」


 ノーマンはハッキングしたデータを印字した紙を読み上げる。


『A核及びB核合成異常無し,XY/M,雪の月九日』

『純哺乳類』『鱗,羽,エラ,尻尾,発現無し』『成長ホルモン異常分泌』『処分執行 花の月三日』



 よく分からない文字列だ。


「これと、犯罪者じゃないことに何か関係が?」


「ここだ、よく見ろオリヴィエ」


 ノーマンは顔を近づけ、指を指す。


「ここのXYという文字、これはおそらく性別だ」


「性別?」


「男だ」


「へぇー」


 私にはよく分からないが、ノーマンが言っているならそうなんだろう。


「つまりだ、オリヴィエ。オスの生き物が何らかの理由で殺処分されようとしているんだ」


「用済みになったから捨てるんでしょう。別に変わったことじゃないですよ」


「君が、廃棄処分検体の運命を変えるんだ」


「はい……?」


 私にそんなすごいことができると思ってるのか。


「このままだと、俺はデータを盗んだ犯罪者、君は共謀者だ。だが、処分する予定のものを再利用して新たな成果をあげたらどうだろう。俺の罪はうやむやになるし……なにより、君を笑うやつらをギャフンと言わせられる」


 ノーマンは意気揚々としている。


「ぎゃふん……」


「確かに君のミスは多い。しかも派手だ。だが、おそらく俺はそこに適性があるとみている。つまりは爆発、破壊系のなにかがある」


 彼は私をまっすぐに見つめて言った。

 こんな出来損ないのお荷物でも、期待してくれている人がいるんだ。

 胸の奥が熱くなる。 

 ノーマンは、たぶん元からそういう人なんだ。

『実験用の魔法陣のデータの蓄積を一瞬で消去できる薬』の生成を頼まれたことがある。

 準備物も作り方も渡され、しっかりと手順に沿って作ったはずなのに……試飲した後輩たちが泥酔したかのようにその場にへたり込んだ。

 慌てふためく私に、所用から戻ってきた上司が告げた。


「オリヴィエくん、発情でもしてるの? これは媚薬と同成分だよ」


「オレにも分けてくれよ」


 顔から火が噴き出しそうだった。

 研究室の人たちが私を見て笑っている。

「死にたい……」なんて漏らす私に、「悪くないぞ。これはこれで売り出そう」なんて、頭を撫でてくれたっけ。




「オリヴィエ。ついてきてくれ」


 彼は私の手を引いて、研究室の重い扉を押した。白い廊下に二人の足音が響く。長い廊下の両側に研究室の無機質な扉がずらりと並んでいる。


「俺には部下がたくさんいる。皆仕事ができるが、信じられるのはお前だけだ」


「大げさな」


「色仕掛けもゴマすりもしないし、気を遣う必要も無い。これがどんなに嬉しいことか分かるか?」


「知らないよ……エヘヘ」


 いけない。口元が緩む。


「データによると、失敗作とやらが飼われているのは地下室だ。行こう……っ!?」


 ノーマンは突然立ち止まり、口をつぐんだ。


「どうしたの、ノーマン」


「頭を下げろ」


 視線の先に、同じ白衣を着た中年男性たちが連れ立って歩いて来る姿が見えた。いや、よく見ると白衣の襟や袖口に金色の刺繍がしてあるか。白は穢れのない純白だ。

 私はお辞儀をしたまま、そっと横を見る。

 ノーマンも深く頭を下げたまま、微動だにせずただ通り過ぎるのを待っている。いつもは背筋をピンと伸ばし、的確に仕事を振り分けるあの彼がだ。

 モヤモヤと、心に霧がかかる。

 白衣を着た恰幅のいいおじさんたちは、そんなに偉いのか? 普段現場で働いているのは私たちなんだ?

 何故か湧き上がる気持ちを抑えることはできず、私は聞き耳を立てた。


「……」


 見てはいけないものだろうと、聴力は関係ない。

 この場において、聴力を遮断することは不可。


『今の……』

『ええ。ご存知でしたか。よくできていますよね。自然なそれ・・とほぼ変わりありません』

『いや、噂では耳にしたことはあったが。この目で見たのは初めてだ』

『救世主になってくれるはずだったのですがね。アレは法に触れる。バレる前に処分しないと』


「……?」


 魔法省は何を救おうとしているのか。

 下っ端の私には想像もつかなくて眉をひそめた。


 礼をする私たちに気付き、おじさんたちは私たちにチラリと目を向けた。


「オリヴィエさん、頑張っているかね」


「あ、はい!」


「期待しているよ。君の力で、この魔法省をよりよくしていってくれ」


 朗らかに微笑み、通路の奥へ姿を消した。

 隣の彼には一切告げずに。


「……」


 時々思う。

 魔法省の上層部の人たちは、私に甘い。


「……あなたには目も合わせないのですね、ノーマン。

 私の上司だというのに失礼じゃないですか?」


 私よりも仕事ができるのに。


「そんなものだろう」


「そんなものって……」


「ここで仕事をするとはそういうことだ」


 ノーマンは足を速めた。


「魔法省は昔気質、上下関係があるのは仕方ないことだ。加えて、俺は最年少で研究室のひとつのリーダーとなった。よく思わない者がいても不思議ではない」


 淡々と、当たり前のように答える。


 本当は、どう思ってるのか。

 いつも冷静なノーマンの考えていることは、顔色だけでは読み取れない。


「着いたぞ。この扉の先が地下へと続く階段に通じているが……」


 ノーマンは扉を開け、そのまま正面に手をかざした。


「思った通りだ。何重にも防壁魔法陣がかけられている。これは一筋縄ではいかないな……」


「どうやって解除するの?」


「最初からひとつずつ解くしかない。時間はかかるが、これが一番確実な方法だろう」


 ノーマンは入ってきた扉を閉め、目の前に広がる透明な魔法陣を見つめる。彼が指先を動かすと、ビスケットが欠けるみたいに魔法陣が崩れていく。

 だがそれは微々たるもの。

 こんなことを繰り返していては、用済みの実験動物とやらは処理場にでも連れて行かれてしまう。


 見ていることしかできない自分がもどかしく、私は唇を噛んだ。


「あーなんかイライラする。もっと一気にできないんですか?」


「言っただろう。これが最善の策だ。魔法陣は毛糸が絡まるように複雑に張り巡されている。下手に切ったりしたら二度と元に戻せない」


「それはそうですけど……」


 この先は国家機密である重要書類を隠しておくところ。誰にも知られてはいけない場所。

 だが、中の生物は?


 ふと、囚われている生物のことが浮かんだ。

 隠蔽したいのは魔法省側であり、囚われている生物は隠れたいと思っているのだろうか。

 動物なら、自由になりたいと思っているのでは?

 たとえ予後が少ないとしても。


「ノーマン、私たちに保護膜を張ってください」


「保護膜だって?」


 私はコクンと頷く。


「ミスが多い私は、頑張りを褒めてはもらえません。結果が全てですから、仕方ないと分かってます。でも、私でさえ居場所をもらえてるんです。出来損ないだからって、処分されるのは可哀想じゃないですか」


 両手を魔法陣の真ん中に置いた。右手から魔法陣の回路が身体を伝わり、左手まで流れる。ピリピリした弱い痛みが肌を刺す。


「破壊します」


「は?」


 パァン!! と触れたところから葉脈状にヒビが入り、魔法陣はたちまち粉々に砕けた。光の粒子が舞い、ソーダ水のような爽やかで甘い香りが漂った。


「やっぱり私の破壊魔法は最高ね……」


 これしかできないけど、使い道もあるものね。


「うっとりしてる場合か。すぐに上層部が気づいて追いかけて来るぞ」


「そのときはそのとき」


 私はノーマンを奥へと押しやった。

 最上部の防御膜バリアは砕けたものの、さらにドーム型の防御壁が展開してあった。

 失敗作なのに随分と念入りな警戒だ。


「これも壊しますね」


「あ、おい……」


 ピシピシとヒビ割れが走り、ノーマンが言い終わるより先に半球状の防御壁は崩壊した。


「中の生物がどこにいるのか分からないんだ。もう少し慎重にだな……」


 防御壁がなくなり、中の様子があらわになった。

 視線を移したノーマンは、ふとまばたきをやめた。


「……人間?」

 

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