3-12
質問の意図が読めない。
心人さんの声も、心なしかかすれて聞こえた。気のせいか。真実か。どちらにしろ、私の胸をひどく締めつけてくる。
「実は今、つがると一緒にいるんだ。つがるは安堂未散と初対面だったけど、君は前職の頃から安堂未散とは面識があったそうだから、本人かどうか確認したいなら愛理に聞くべきかと思って」
「本人も何も……あれが未散さんじゃなかったら、誰だって言うの」
「ああ、つがるからも聞いたよ。母と娘が和解した話。今度からはちゃんと、娘として、今さら遅いかもしれないけれど、娘として接していこうと母親が決めたって」
「そうよ。あんなにひどい言い合いをして、未散さんは自殺までしたのに、それでも許し合うことを決められるのなんて、親子じゃなかったらなんなの。ねえ、何があったの」
沈黙が数秒続くと、与識先生がぼそりとつぶやいた。
「通話料に加えて先月俺が購入した新車代請求するぞ。お前、俺の許可なく乗りまわしただろ」
「俺たちにはなんて末恐ろしい父親がいるんだろうな、つがる!」
叫ぶ心人さんは、つがるから何か慰めの言葉を受け取っているのだろう。何やら小声で話す心人さんが、決意したように息を吸い、そして。
「死んだ」
「え?」
「安堂未散が死んだ」
死ぬ? 合成人間って、死ぬんだっけ。
生きているのに頭がうまく働かない私に代わり、先生が身を乗り出す。
「合成人間が壊れた場合、制作した会社や造形技師が修復するはずだな」
「ああそうだ。だから安堂未散だった合成人間は今、ジーンが預かってる」
ここはジーンの家だ、と心人さんが告げた瞬間、目の前に銀色のきらめきが飛んできた。車のキー、片手でキャッチ。珠貴さんが投げてくれた、先生が先月購入した新車の鍵だ。
「雁首そろえて待ってろ、どら息子ども。愛理、行くぞ」
端末を力強くたたいて通話を終了させる。与識先生の端末を私が持って、玄関へ進むその人を追いかける。
「円花、珠貴、留守は頼んだぞ」
二人と別れ、私は与識先生と一緒にレクサスへ乗り込んだ。
一路、ジーンの自宅へ向かう。技師としてジーンは工房の入っているビルを持っている。一階が機械人形工房で、二階が合成人間製作所、三階が住居スペースとなっているそのビルは、実は病院から車で五分もかからない距離にある。路肩に駐車すると、与識先生は私がエンジンを切るよりも先に降りる。急いで後を追いかけた。一階の工房奥にあるエレベーターを使い、三階まで一気に登る。扉が開くとすぐ玄関で、私は与識先生の前にさっそうと割って入り、扉を開いた。
「玄関くらい自動にしろ!」
「無茶言うなよ、ここは店じゃないんだから……」
やれやれとジーンが出てくるのは、玄関の脇にある階段だった。二階と通じる専用通路だ。汗を垂らした顔には疲労が色濃く、困惑を隠しきれていない。
「とりあえず入ってくれ、中で話そう」
「安堂未散が死んだってのは本当か」
「それもどういうことか、つがるの兄貴が説明してくれると思う」
「兄を頼るな」
「兄弟を頼らなきゃ、おれたちは生きていけない」
ふんとそっぽを向いた与識先生は、足音を響かせながらジーンの家へ入っていく。暖色の明かりが優しげな廊下を進むと、広いリビングが視界に飛び込んでくる。そこで待機していた心人さんとつがるは、ジーン手製の家庭用合成人間から給仕を受けていた。……グラマラスな金髪美女である。
「心人、本妻がキレるってめちゃくちゃ怖いらしいぞ」
「愛理が本妻だったらいくらキレられてもいいんだけど」
グラマラス美女は心人さんに投げキスで別れを惜しみ、キッチンカウンターへと戻っていった。そこに立つマスターらしき男性もグラマラス美女も合成人間で、ジーンが自分の身のまわりのことをさせるために造り出した合成人間だ。怠惰を極める男は、家事全般をすべて彼らに任せている。
ジーンは心人さんの隣に座る。兄弟三人と向かい合った私と与識先生もソファにかける。マスターはタイミングを読んでコーヒーを持ってきてくれた。制作者が父第一であることは、造られた合成人間も熟知している。配る順番も徹底されていた。
ソファの上で膝を折り曲げ、小さくなっているつがる。ジーンは家庭用合成人間からタオルを受け取って、汗を拭い終えた。弟たちを見てから、心人さんが口火を切った。
「安堂未散が父親の両親、彼女にとっての祖父母を殺した上で活動を停止したんだ」
「祖父母を殺した動機はあれか」
未散さんにとっての姉二人を殺した真犯人。因習に縛られた古い時代の人間たちは、孫の性別が女であるという理由だけでその幼い命を奪い続けた。ようやく生まれてきた未散さんの体が男であることに安心した祖父母たちから、未散さんのお母さんはなんとしてでも心が女である未散さんを守ろうとしていた。
それが親子の間に軋轢を生み、未散さんは自ら命を絶った。やり直せる機会を与えられた二人は、これからもう一度、今度こそ親子として生きていこうと決めたはずだ。その姿を、私はつがるとジーンと一緒に見ていた。
ところが、心人さんは首を振って否定してきた。
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