3-10
「なんだ、ずいぶんイイ話で幕を閉じたんだな」
「ありがたい限りです」
二人に病院まで送ってもらった。せっかくだからお茶でも飲んでいけばいいのに、二人そろっていきなり頭が痛いお腹が痛いと謎の症状に見舞われた。じゃあ先生に診てもらおうと提案しようか悩んだが、お疲れさまといたわることに決めて別れた。
診察も終了していた与識先生に同行の結果も報告し、一息つく。
「アタシは母親に、体の部品ちょっと間違えたドジな娘って言われて育ったから気にしなかったけど……とにかくお母さんと娘が和解できて、よかったね」
「平行線はいつかくっつきますから」
「分かってるじゃん、愛理。ということは、だ。アンタもいつかうちの長男様と交わるときがくるっていうステキな伏線が待っているんだ」
ああ言えばこう言い返されて、ぐうの音も出ない私は三人に笑われた。
「しかしさすが俺の息子だな。まさか本当に死人を生き返らせるとは思わなかった」
「今回はたまたまみたいな感じって、つがるも言っていました」
生き返りたかった未散さんが魂の状態で部屋に居続け、そこにつがるとジーンが新たな体となる合成人間を持ってきた。父親の要望通りに作られた、女だったらきっとこうだっただろうと想像がつく出来映えに、未散さんも迷うことなく入っていったのだ。
「本当の蘇生をするつもりなら、どこにいるか分からない死人の魂を呼び寄せるところから始めないといけないとつがるも言っていましたから」
「五年前に死んだテロリストの魂じゃ、どこにあるだろうな」
「つがるに言わせれば、五年も前じゃさすがに成仏してこの世にはいないだろうとのことでした。この世をさまよい続けているのは、やはり長くても四十九日までだそうです」
「だが現実問題、お前は目にしている」
それも、体を男にした胡蝶。
未散さんとケースは同じだ。本来持って生まれてくるはずだった性別の体を取り違え、女として生まれた胡蝶は一度死んだ。五年前、過激派テロリストとして殺害されて。
「分からんな。おれの息子が関与していないのは明白だが、代わりにお前の元夫の名前が出たことには疑問しかない」
不妊治療の権威だった香山総合病院の院長だった天明さんも、三年前に死んでいる。
それが五年も前に死んだ過激派テロリストと、どうつながるというのか。
「まさか元夫がテロリストだったとは言わないよな」
「仕事場は同じでしたし、家でも一緒でしたから、その可能性は低いと思いますけど」
「けどなんだ」
「……言葉の綾ですよ」
「いや、そういうやつはたいがい心の内が漏れるんだ。無意識でも、思っていることがあるってことだ。なんかあるのか。言いにくいことなら円花か珠貴に言ってみろ」
席を立とうとする与識先生を押しとどめ、座り直してもらう。珠貴さんが入れてくれたコーヒーの湯気を見つめながら、上昇する白煙につられて顔を上げ、与識先生と目を合わせた。サングラス越しだとどこに黒目をおいているか見えない。けれど、いつでも真摯に向かい合ってくれる人だ。視線は交わっている。この人はすれ違いを許さない。
「不妊治療にある程度の成果を見いだしていましたから。天明さんが次に研究対象として考えていたのは、奇病の治療だったんです」
奇病と一口にいっても、その数は計り知れない。医者が認知していない奇病もあるし、今日もまた新たな奇病が見つかっているかもしれない。
「天明さんは不妊治療に成果をあげている実績から、生殖関係の奇病の治療に研究を進めていけば、何かしら光明が感じられるんじゃないかと考えていました」
「生殖関係ね」
「
「奇病の中でも群を抜いて少数の病気だな。あいにくどれも診察した記憶はない」
「天明さんは日本中からこの罹患者を集めて、研究に着手しようとしていたんです」
矢先の死を、あの人は想像なんかしていなかった。絶対に、死ぬつもりなんてなかった。
死なないと言ってくれたから、私も安心していたのに。
「ああ、生殖関係で一件だけ診察というか、患者を見たことはあったな」
サングラスを外した与識先生は、まぶたを指で押し揉む。
「夫を殺したと泣いていたお前も、奇病持ちだったな。愛理」
「そうですよ。忘れないでください」
「すまん。年を取ると物忘れが激しいんだ」
「まだそんな年齢じゃないでしょう」
「いや、そんな年齢だ。だからはやく孫が見たい。有望株は長男とお前だから、なるだけはやく事を進めてくれ」
「無茶言わないでください。私が奇病だってことご存知なのに」
「俺の息子とは無茶じゃないかもしれないだろう」
ふふふと肩を揺らして、先生は笑う。笑ってくれる。夫を殺した私の奇病を、笑い飛ばしてくれるのはこの一家くらいだ。
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