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幸いにも道中にそのようなことはなかったので、容疑者にされる憂き目は見ることなく済んだ。けれど今は、あの胡蝶を警察が血眼になって探しているので、普段よりもパトカーを見かける頻度は多い。
つがるの部下が車を停めたので、ようやく私たちは外の空気を吸うことが許された。背伸びをして、振り向きざまにそのお宅を見る。
件の事故被害者のお宅はというと、まず門からして圧倒される。門だ。狭小住宅でさえ一軒家が憧れられるこの国において、ここまで敷地を贅沢に使う物件は滅多に見ない。元病院長の妻だった私が住んでいたのだって、せいぜい高級マンションだ。
目の前の建物は、まず平屋である。武家屋敷然とした、黒光りする瓦がきっちり整列しており、私たちを見下ろしている。侵入者を拒んでさえいるように思える。その下にある建物本陣も同様に、戸がぴったりと閉めきられているせいか、外界との接触を受け入れがたい雰囲気だ。庭に広がる花崗岩の砂利は、踏めば必ず音が鳴る泥棒対策じゃなかったか。門から自宅までの道のりには敷石があるけれども、これには外圧センサーが埋めこまれている。踏まれた回数で、来客人数を事前に把握できる優れものだ。
「あの
人工業とは、
合成タンパク質製が人間と呼ばれ、鋼鉄製が人形と呼ばれるのは、その用途の差だ。合成人間の使われ方は主に家庭や介護業界向けのケースで、人工知能の度合いもコミュニケーションに重きをおいている。一方機械人形は、警備用や工業用が主流だ。その個体は人の命を守るためにはわが身も省みない。だから人と交流して情を深めてしまうと、いざ危険な場面に陥った際、人が機械人形をかばってしまう本末転倒な事態を引き起こしかねない。そのためコミュニケーションの度合いは低めに設定し、あくまで人とは違う一歩引いた存在として人形と呼ばれている。
合成人間と機械人形の技術研究・製造販売に特化した、世界有数の企業が安堂人工業だ。
「そういやかかりつけ医はお前のところだったと社長から聞いたぞ」
「元ね、私にとっては」
元々は一族経営の開業医だった香山病院。それが総合病院となり、いかにして地域医療、ひいては国内有数の不妊治療で権威を誇る病院になったか。それは安堂人工業社長一族がこの地域に住んでいたおかげである。今や看護師と介護士の半数以上は合成人間がメインだが、国内初の試作を受け入れたのが香山病院だった。受け入れにあたっては献金も受け取り、病院は規模を拡大していった。不妊治療研究のための助成金も安堂人工業が出してくれたおかげで、病院は企業とともに国内トップへ成長を遂げた。
ウィンウィンの関係の片側を殺した女を、果たして社長は招き入れてくれるだろうか。
「別にお前が夫を殺したくて殺したわけじゃないんだろう」
つがるがタブレット端末に書き込んだ。その背後に、ぞくにいうところの死体袋を抱える男性が立つ。つがるの部下であり運転手である。
「行くぞ。お前の同伴を断られたらオレもジーンもこの先の一切は断るから心配するな」
「なんで」
「決まってるだろ」
何が決まっているのか。兄弟間の意思疎通を一介の受付嬢である私は読みとれない。
外見は似ても似つかない兄が文字を起こし、弟がそれを口にする。
「お前はおれたちの義理の姉だからな」
門の前でたむろしていた私たちを、家から出てきた男性が迎えてくれた。安堂家の家事の一切を取り仕切る執事は、私を見ても、何も言わずに会釈をくれた。事情は耳に入っているはずなのに、そこに個人の好悪は関与させないあたり、さすが出来た執事は違う。
安堂一家の誰かが体調を崩した場合、連絡を受けた病院側から医師を派遣する。連絡から医師の手配、自宅までの同伴などもすべて、当時秘書をしていた私の業務範囲内だった。
つまり安堂一家と私は面識があった。今思うと、私はつがるの部下が抱えている袋の中の存在を知っている。中身のない外見だけとはいえ、ジーンが精巧に創り出した合成人間が誰か、今さらながら知っていたと証言せざるを得ない。
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