3-1

「じゃあなんだ、その人魚男は親父が引き取ったのか」

「そうするしかなかったから」

「けどあの親父が引き取ったんだ、治る見込みがあるってことなんだろう」

「頼輝青年の記憶が入った媒体を取り返せたら、たぶん」

「なんだその雲をつかむような話は」


 タブレット端末の液晶に美麗な文字を書きながら、つがるは肩をすくめた。

 頼輝青年は、今も最上医院で預かっている。菜生さんが水守に事情を告げると、彼女には復職、頼輝青年も意識が回復次第復職で、それまでの治療費は会社が全額面倒を見るということで落ち着いた。すべては決算報告書も仕上げられない、社長の一存で。

 胡蝶の行方は威月たち警察が追いかけて一週間が経過する。無駄に駆けずりまわるほどわが国の警察は能なしではないはずなのに、捜査は一ミリも進展がないらしい。

 いよいよ私は古巣を勘ぐりたくなって仕方がなかった。


「お前の元夫か」助手席に座るジーンが、バックミラー越しに視線を合わせてきた。「不妊治療における国内最高峰の技術と研究者集団が子飼いにされてるはずだよな。奇病患者への対応はどちらかといえば門外漢だった。それがなんだって急に、それも死んだはずの過激派テロリストと関わり合いになってる」

「分からない」

「まあそうだな。知ってるなんて言われたら驚きだったから、その返事でいい」


 ジーンが黙ると、会話に言葉を交えないつがるもいるので車内は一気に静まりかえる。移動中の車内に流れるのは、兄譲りの弟たちが好むロックバンドの曲だった。合成電子音声の歌姫の楽曲がヒットチャートを独占しようとも、生身の人間が奏でる楽器や声帯が織りなす旋律はまだ人の心を引きつけてやまない。


 今日、私はつがるとジーンに連れ出されていた。先日、蜜緒から聞かされていたとおりのことになったのだ。


「女に同席を頼みたい」


 造形技師の成宮なりみやジーンは、朝一番に最上医院に来るなりそう告げた。


「ジーン、それが父親に対する息子の態度か」

「申し訳ない」とつづられたタブレット端末はつがるのもので、ジーンはその端末で兄に後頭部をぶん殴られる。しかも角。弟は後頭部を抱え、床で悶絶している。


「兄を見習え、ジーン。つがるのこの態度、すばらしいだろう。これこそ父親に対する礼儀をきちんとわきまえた息子じゃないか」

「こんな腹の中真っ黒な兄貴のどこが礼儀をわきまえてるって言うんだ……」

「長男の失敗を踏まえて成功する二男、だったらその下もまた同じように見習えよ」


 その長男は失敗を失敗ともとらえずにひょうひょうと生き延びている。長男二男は強い。三男より下になってくると、だんだん不憫になってくる。


「で、つがるとセットで用事があるって何事だ」

「たいした用事じゃないんだが、向こうが女である以上、こっちも女に同席を頼みたいと思ってな」


 つがるの説明に、与識先生が眉をひそめる。


「話が見えないな。女がいいなら……いや、円花も珠貴も今は病院においておきたい。入院患者ができたもんだから、そうなると愛理しか任せられないか」

「面倒事じゃない、迷惑もかけない。その場にいてくれるだけでいい」


 つがるは今日の天気の話だとでも言いたげに、これから行う用事をつづった。


「ちょっとばかり、死んだ人間を生き返らせようってだけだ」

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