サイカイ

桜月夜

I

「ここなら…バレないかな?」

「きっとバレないよ!」

「しーっ声が大きいよ××」

小さな少女達は、何かを隠す。

顔を見合せて、くすくす笑い合う。


「わたしたちだけの、秘密だね」





ウィーン…


自動ドアが開く。少女は中に足を踏み入れる。

オルゴールのような音楽が鳴る場所。

ここは図書館だ。

彼女にとって図書館は安心出来る居場所である。

ただ本棚の前に立って、背表紙を眺めているだけでも落ち着く。

普段は、母親に連れられて絵本を見に来た子供やテストを控えた学生がちらほら居るだけだ。

だが、今日は少し違った。

文庫本の本棚の前に、見知らぬ少年が立っていた。

長めの前髪に少し吊り目がちな目が覗いている。着ている学ランにも見覚えはなかった。

不思議に思って近づくと、少年はこちらに気づいてこちらを向き、少し目を細めた。そして手元のノートに何かを書くと、こちらに掲げた。


『こんにちは』


少年は声を出すことはなく、紙に文字を書いて見せてきた。話せないのだろうか?そう思った少女は、とりあえずこんにちは、と返した。今日はそれだけだった。



しかし彼は、翌日もその翌日も同じところにいた。何かをしているという訳ではなく、ただ立っているのだ。

今日もまた、目が合った。すると少年は前回と同じようにノートを見せてきた。


『おもいだして』


何を?彼女は沈黙した。

今日もそれだけだった。答えをくれるわけでもなく、彼はただ立っていた。少女が目を逸らし再び向いた時、不思議な影は2つになっていた。髪の短い少女が、いつもの少年の隣に立ってこちらを向いていた。

その光景に釘付けになった少女の前で、彼女は彼が掲げていたノートを捲る。


『ささい けい、いだ じゅん。あなたたちにあいたい』

『おもいだして』


少女は固まる。


幼稚園の時に、女の子は1人の女の子と出会った。家が近く、趣味や好みも似ていてすぐに仲良くなった。


「ね!君なんて言うの?」

「えぇっと……」


女の子は恥ずかしがり屋で、なかなか名前を教えてくれなかった。それでも彼女達には関係なかった。

毎日毎日、遊んだ。おままごとにかくれんぼ、幼稚園の先生にイタズラをするのも、2人にとっては最高の遊びだった。


いつだって一緒にいたはずなのに、何かが足りない。時間のどこかでぽっかり穴が空いて、それから女の子はまた1人になった。


突然、少女の世界に帰ってきた音に耳を疑う。その名前に覚えがある。


「ねぇ、名前、教えてよ」

「……ジュン」

「やっと聞けた!わたしはケイ!」


ササイ ケイは少女の名前。イダ ジュンは彼女の友人だった者の名前。忘れてはいけないと分かりながら遠ざけていた思い出が、気付けば思い出せなくなっていた思い出が、蘇ってきた。


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