第5話 薬草は採るより買うものです

(“がんばった感”だけが残った結果、財布が偉大だった)


朝の草原は、想像以上に湿っていた。

靴下が。荷物が。あと、メンタルが。


【レイ】「……湿気に精神力を削られるタイプだって、先に言っておいてほしかったな」


寝床は草の陰、屋根なし。寝袋もなければタオルケットもない。

“外泊”というより、ほぼ“野ざらし保存”。


昨夜降った雨は、靴の中に“ぬめり”という新種の生物を育てようとしていた。


文明。戻ってきて。


【レイ】「いや、まだ風邪ひいてないだけマシ……くしゅんっ」


【トト】「自己フラグ、秒で回収してどうするの」


 



【トト】「じゃ、とりあえず薬草でも探しに行こうか」


【レイ】「おお、唐突に自然療法コース」


【トト】「ほら、これぞ異世界感」


【レイ】「異世界感、もっとこう……キラキラした方じゃなかった?」


【トト】「違うよ、現実は“薬草探しながら体調崩す”の方だよ」


 


草原にしゃがみ込み、目の前の草をちぎっては匂いを嗅ぐレイ。

その姿は、どう見ても“役に立たない自然ドキュメンタリーの人”。


【レイ】「これ、どう見てもただの草だよな……」


【トト】「うん、それはただの草だね」


【レイ】「これは?」


【トト】「雑草」


【レイ】「これは?」


【トト】「牧草」


【レイ】「全部草やんけ」


 


【トト】「じゃあ、ちょっと苦いやつとか試してみたら?」


【レイ】「それ完全に“あたらなければ薬草”理論だよね?」


【トト】「まぁ、毒が出たら毒草ってわかるし」


【レイ】「わかった時点で手遅れなのよ……」


 



1時間後。

レイの成果:草の束(用途不明)

トトの成果:空を眺めてた


【レイ】「ねぇ、もうさ……これ、薬草専門の店で買った方が早くない?」


【トト】「文明に屈した瞬間だね」


【レイ】「誇りより命が大事なんです」


 



村に到着したのは昼すぎ。

道中で4回くしゃみが出て、1回滑って尻を強打した。


石造りの門の前では、衛兵が「旅人ですか」と訊いてきたので、

【レイ】「はい」

と答えると、

【衛兵】「どうぞ」

と通された。


セキュリティ:気持ち開放的。



レイは市場を探しながら、目立たない場所に小さな看板を見つけた。


《薬草・調合・何でも屋 〜腹痛から恋の悩みまで〜》


「……間口が広すぎるな」


少し不安になりつつも、中に入る。


 



店の中では、年配の女性がすり鉢をゴリゴリやっていた。


【女性店主】「あら、風邪? 顔が“寝床が土でした”って顔してるわね」


【レイ】「はい、たぶん寝床というより……土そのものでした」


【女性店主】「ならこれ。ゆっくり効くけど、やさしい薬草茶。で、銀貨2枚ね」


【レイ】「え、そんな安くていいんですか……?」


【女性店主】「旅人割よ。弱ってる顔の人は、見た目で割引されるの」


【レイ】「なんか感動より先に敗北感が……」


【女性店主】「あとこれも。飴。口が寂しいとき用ね」


【レイ】「……ありがとうございます。めっちゃわかってる……」


 



夜。

焚き火のそばで、薬草茶をすするレイ。

マグカップから立ちのぼる湯気が、かすかにミントと土の匂い。


【レイ】「……うまい。あと、癒される……」


【トト】「1時間草むしりして、ようやく文明のありがたみを再認識したわけだ」


【レイ】「これもう、“お金を払ってでも誰かの知恵を借りる”って、大人の生き方なんだな……」


【トト】「うん。異世界だって、情報と技術は対価制」


【レイ】「“便利”って、やっぱ尊いよな……」


 


今日のまとめ:

時間と体力を無駄にする前に、知恵と金で解決するのが社会人。

異世界でも、“外注”は最強の魔法だった。


【トト】「で、レイ。あの草の束どうするの?」


【レイ】「……干して馬の寝床にでもしておくよ」


次回 → 第6話「王都には二度と行きたくない」

便利なものが全部そろってる場所には、

だいたい“不便な人間関係”もセットでついてきます――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る