第5話 薬草は採るより買うものです
(“がんばった感”だけが残った結果、財布が偉大だった)
朝の草原は、想像以上に湿っていた。
靴下が。荷物が。あと、メンタルが。
【レイ】「……湿気に精神力を削られるタイプだって、先に言っておいてほしかったな」
寝床は草の陰、屋根なし。寝袋もなければタオルケットもない。
“外泊”というより、ほぼ“野ざらし保存”。
昨夜降った雨は、靴の中に“ぬめり”という新種の生物を育てようとしていた。
文明。戻ってきて。
【レイ】「いや、まだ風邪ひいてないだけマシ……くしゅんっ」
【トト】「自己フラグ、秒で回収してどうするの」
◆
【トト】「じゃ、とりあえず薬草でも探しに行こうか」
【レイ】「おお、唐突に自然療法コース」
【トト】「ほら、これぞ異世界感」
【レイ】「異世界感、もっとこう……キラキラした方じゃなかった?」
【トト】「違うよ、現実は“薬草探しながら体調崩す”の方だよ」
草原にしゃがみ込み、目の前の草をちぎっては匂いを嗅ぐレイ。
その姿は、どう見ても“役に立たない自然ドキュメンタリーの人”。
【レイ】「これ、どう見てもただの草だよな……」
【トト】「うん、それはただの草だね」
【レイ】「これは?」
【トト】「雑草」
【レイ】「これは?」
【トト】「牧草」
【レイ】「全部草やんけ」
【トト】「じゃあ、ちょっと苦いやつとか試してみたら?」
【レイ】「それ完全に“あたらなければ薬草”理論だよね?」
【トト】「まぁ、毒が出たら毒草ってわかるし」
【レイ】「わかった時点で手遅れなのよ……」
◆
1時間後。
レイの成果:草の束(用途不明)
トトの成果:空を眺めてた
【レイ】「ねぇ、もうさ……これ、薬草専門の店で買った方が早くない?」
【トト】「文明に屈した瞬間だね」
【レイ】「誇りより命が大事なんです」
◆
村に到着したのは昼すぎ。
道中で4回くしゃみが出て、1回滑って尻を強打した。
石造りの門の前では、衛兵が「旅人ですか」と訊いてきたので、
【レイ】「はい」
と答えると、
【衛兵】「どうぞ」
と通された。
セキュリティ:気持ち開放的。
レイは市場を探しながら、目立たない場所に小さな看板を見つけた。
《薬草・調合・何でも屋 〜腹痛から恋の悩みまで〜》
「……間口が広すぎるな」
少し不安になりつつも、中に入る。
◆
店の中では、年配の女性がすり鉢をゴリゴリやっていた。
【女性店主】「あら、風邪? 顔が“寝床が土でした”って顔してるわね」
【レイ】「はい、たぶん寝床というより……土そのものでした」
【女性店主】「ならこれ。ゆっくり効くけど、やさしい薬草茶。で、銀貨2枚ね」
【レイ】「え、そんな安くていいんですか……?」
【女性店主】「旅人割よ。弱ってる顔の人は、見た目で割引されるの」
【レイ】「なんか感動より先に敗北感が……」
【女性店主】「あとこれも。飴。口が寂しいとき用ね」
【レイ】「……ありがとうございます。めっちゃわかってる……」
◆
夜。
焚き火のそばで、薬草茶をすするレイ。
マグカップから立ちのぼる湯気が、かすかにミントと土の匂い。
【レイ】「……うまい。あと、癒される……」
【トト】「1時間草むしりして、ようやく文明のありがたみを再認識したわけだ」
【レイ】「これもう、“お金を払ってでも誰かの知恵を借りる”って、大人の生き方なんだな……」
【トト】「うん。異世界だって、情報と技術は対価制」
【レイ】「“便利”って、やっぱ尊いよな……」
◆
今日のまとめ:
時間と体力を無駄にする前に、知恵と金で解決するのが社会人。
異世界でも、“外注”は最強の魔法だった。
【トト】「で、レイ。あの草の束どうするの?」
【レイ】「……干して馬の寝床にでもしておくよ」
次回 → 第6話「王都には二度と行きたくない」
便利なものが全部そろってる場所には、
だいたい“不便な人間関係”もセットでついてきます――
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