迷惑探偵と不幸な密室
志草ねな
第1話 事件発生(たぶん)
「待たせたな諸君!この
ああ、始まってしまった。関係者全員強制参加の推理劇場…「間土井晴メント」が。
とある吹雪の日。旅館「
元教師で昨年定年退職した、
同じ保険代理店に勤務する
一人旅行中の女子大学生、
一日中止むことのない吹雪。それぞれの部屋でため息をつく宿泊客達に、女将は声をかけて回っていた。
翌朝。ただ事とは思えない悲鳴が館内に響き渡り、客達は何事かと集まってきた。そこで目にしたのは、廊下で腰を抜かす女将の姿、そして―
布団の上で、血まみれになって横たわる村戸和の変わり果てた姿だった。
誰一人その場から動かない。どうしたらいいのか誰も分からない。時が止まってしまったかのような時間が10秒ほど経過した、その時―
「待たせたな諸君!この間土井晴が、この事件見事解決してみせよう!」
あまりにも生き生きとしたその声は、この状況には不似合いすぎた。だが、この場に集まった者にとっては、この現状をぶち壊す救世主であったこともまた事実だった。
こうして、どこから湧いてきたのかも分からない探偵による推理劇場が幕を開けたのである。
間土井はまず、村戸の部屋の中の様子を見て回った。手前の洗面所やバスルームには目もくれず、まっすぐ寝室へ向かう。
寝室へと繋がる引き戸は開いていて、布団は寝室の入り口に敷かれている。布団の上には、うつ伏せの村戸和、凶器と思しき包丁、それに「とさ」と書かれたメモとボールペン。部屋の隅には村戸の荷物。窓のカギは閉まっている。
「それじゃ女将、状況を説明しろ」
「は、はい…。朝食の時間になっても村戸様がいらっしゃらなかったので、様子を見に部屋に参りまして。チャイムを鳴らしても、お声がけしても返事はなくて。仕方なく鍵を開けたところ、このようなことに…」
つまり、部屋の鍵も窓の鍵も閉まっていた、ということになる。
「次、容疑者3人。名前、被害者との関係、あとアピールポイントとか言え」
3人?胡内、天際、中川、女将の4人は顔を見合わせる。容疑者は4人、いや他の従業員もいるからもっと多いのでは?
「女将と他の従業員は鍵あるから簡単に部屋に入れるだろ。そんな奴は容疑者から除外」
謎の理由だったが、誰も反論しない。
「胡内恵二です。村戸さんの中学校の時の担任でした。アピールポイントは…特にありません」
胡内は噓をついた。村戸とは少し前まで面識など無かったというのに。
「天際梨奈です。村戸さんのことは知りません。アピールポイントもありません」
「中川譲です。村戸さんのことは知りません。アピールポイントもありません」
「なんかアピールしておけっての。面接だったら全員不合格だぞ」間土井は不満そうに言うと、振り返って村戸を見た。真っ赤に染まった村戸の背中。そこに何か違和感があるような…
その時、天際がそっと間土井の背中に手を伸ばし、慌てて引っ込めた。間土井は気づいていない。
「あ、あのっ!あれ、あれじゃないですか!ほら、ダイイングメッセージ!」
もう我慢できない、と中川が叫んだ。間土井が振り向く。中川は布団の上の「とさ」と書かれたメモを指さした。
とさ…土佐、といえば高知県だ。こうち県…
「そんな訳ねぇだろ」間土井がツッコむ。
「いいか?今にも死にそうな人間がやることっていったら、助けを求めるとか、とにかく傷口を抑えるとか、生きようとすることなんだよ。助からないこと前提にメッセージ残して、おまけに犯人が戻ってきて隠蔽しないように、暗号にするような余裕もって死ぬ奴いねえよ」
意外と真っ当だった。
偽ダイイングメッセージを書いた人物は、静かに傷ついていた。たった今、この事件における最重要ポイントが、無意味なものにされてしまったためである。
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