善良なダンジョン執行者です
理捨李楠
第一章 先行ファンタジー週間
第1話 ダンジョン執行者
世界が止まる瞬間を見た。
残されたのは、まったく動くことのない見慣れた街並み。
そして、部屋のベランダで、ただぼーっと街を眺めていた自分だけ。
「え、ええ……? いったいどうしちゃったの……?」
虚しい叫びと共に、おかしな現象は続く。
半透明なガラス板のようなものが、空中にいきなり現れた。
見たことも聞いたこともない事態の連続に、もはや頭がおかしくなりそうだ。
一体どうしてしまったんだ、世界……。
『――こんにちは、佐々木ユウリ』
いきなり女性の声が聞こえてきて、ユウリはビクッと肩を震わせた。
『摩訶不思議な現象に驚いていることかと思います。説明したいことがたくさんありますので、どうか落ち着いて聞いてください』
「わ、分かりました」
なんとか声に出して返事をすると、女性からはホッとしたような様子が伝わってくる。
『落ち着いてくれていて助かります。私は運が良かったかもしれません。これも日頃の行いの成果ですね』
「えっと……」
『おっと、これは失礼しました。何せ初めての試みでして、こちらもまだ勝手が分かっていないのです』
その声に合わせるように、ガラス板は滑らかな動作で上下する。
『もうすでにお気づきかと思いますが、今は周囲の時間を止めて、ユウリ自身の心に直接語り掛けています』
「こ、心に?」
『そうです。ちなみにそれはガラス板ではなく、『端末』と呼ばれる管理用ツールです。操作権限はユウリに譲渡してありますので、あとで一緒に確認してみましょう』
しれっと心まで読みながら、女性はそう言った。
ユウリは終始、怖いけど思うほど怖くない、そんな不思議な感覚を味わっていた。
まだ実感が薄くて、正直何がなんだか分からない。
「……わたしを、どうするつもりなの?」
『あまり怖がらないでください。といっても難しいかもしれませんが、少なくともこれは、ユウリの生活に悪影響を及ぼす類のものではありません』
「いや、まるで他は危ないみたいな言い方じゃん……」
『……順を追って説明します。まずはここ、アースランドとは違う世界が滅びたところから――』
「あれ、今のとこちょっと……」
――長々とした、非常にスケールの大きな話を、三十分くらいかけて最後まで聞いた。
ユウリにもよく分からないことだが、内容を思い出そうとすればきちんと思い出せて、しかも聞いてもいない詳細まで理解できた。
『――要点をまとめると、崩壊した世界であるイルジオンが抱えていたあらゆるリソースを、こちらの世界に丸ごと移してしまおうという一大プロジェクト――『融合』が神々の決定により開始されました。今はその準備段階にあります。そして、私たち天使はこの段階から現地の住民に協力を仰ぎ、計画が少しでもスムーズに進行するよう画策いたしました。その協力者の一人に、ユウリが選ばれたのです』
「え、ええええ……!? す、スケールが大きくて、もうなにがなんだか……と思いきや、謎の力で強制的に頭に情報がぁ……」
『ユウリは表情が豊かで面白いですね。ちなみに、ほかにも数名、この国から協力者として選ばれていますよ。一つの国に最低二人、多くて十人以上いるところもありますね。どの役職にどの程度割り振られるかは現地の天使たちに一任していますので、次の報告会が楽しみです』
「そう、なんですか……ちなみに辞退とかは……?」
『出来ません』
「え?」
『出来ませんので、素直に受け入れてください』
「な、なんてこった……」
頭を抱えるユウリ。
『……あらかじめ、調べはついているのですよ? あなた、こういうの好きなんでしょう?』
「うぐ……まあ、ファンタジーは大好物だけど……」
『なら、心のままに頷いてしまえばよろしいのです。ほら、スキルとか使ってみたくありませんか?』
「あ、悪魔の囁きだぁ……」
隠キャでやや人見知りなユウリは、シンプルに押しに弱かった。
『受け入れてくれてよかったです。もしダメだと言われたらどう説得しようかと考えていたので、引き受けていただけて嬉しいです』
「もしかしたら、お話を聞いた時点ですでに引き返せなかったのかも……」
なんて都合がいい人間なんだ、ユウリ。
『いま現在、『融合』の第一段階開始に向けて準備を進めています。第一段階では、アースランド全土にダンジョンシステムを融合する予定です。『端末』にスキルに守護者にと、まずは薄く広く配置していき、段階を踏むごとに徐々に増やしていこうと思っています。そこでユウリには、三つの選択肢を提案します』
女性からの説明が始まり、自然と背筋が伸びる。
『一つ目は『ダンジョン攻略者』です。発生したダンジョンに潜り、魔物と戦い、そこで獲得した資源を社会に還元する役割ですね。人類を新たなステージに導く先導者であり、人類を魔物の脅威から守る守護者でもあります。なお、ダンジョンは早いものなら、あと一週間ほどで出現する予定です』
「えええ!? 大変なことじゃん!?」
『ご安心を。こちらの準備が整うまで、一般人がダンジョンやそこに出る魔物に干渉してしまうことはありません』
「あ、そう、なんだ……なら、まあ、いいのかな……?」
とりあえず、何も知らない市民がいきなり魔物に襲われることはなさそうだ。
『二つ目は『ダンジョン創造主』です。第二段階以降、アースランドの住民にスキルが行き渡ったあとの事ですが、『ダンジョン創造主』の創り上げたダンジョンが自然発生するダンジョンと共に出現するようになります。また、ダンジョン創造にかかる時間は、創るダンジョンの規模に応じて変化します』
「パッと聞いた限りだと、面白そうかも」
『ただし、長期間ダンジョンに付きっきりになります』
「全然違った、年中仕事漬けになりそうなやつだった」
『そして三つ目ですが、『ダンジョン執行者』です。こちらはダンジョンが起因するあらゆる出来事に対して、我々天使の依頼を受けて柔軟に対応する役割ですね』
言葉は至ってシンプルなものだけれど、その内容は多岐に渡るもののように感じられる。
特に「天使の依頼を受けて」のところに引っかかりを覚えた。
「うーん、これは地雷じゃないかな……?」
『なお、中位以下の天使には、『ダンジョン執行者』を任命する権限がありません』
「……え?」
しかし、現実は無情なものらしい。
『ついでに言えば、上位天使たちにも同じく任命権はありません。そもそも、存在すら知らないでしょう』
「あれ、なんだかちょっと雲行きが……」
『ユウリ、私は貴女に『ダンジョン執行者』をお勧めします』
「……一応、理由を聞いてもいいですか?」
『当然、それが一番面白そうだからです』
「えぇ……」
『面白そうだから、です』
こうしてユウリは、ダンジョン執行者になったのだった。
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