第13話 覚醒する心

瀬崎は申し訳なさそうな表情を見せた。「すみません……私には選択肢がなかったんです」


「実験体を出しなさい」御影は命令した。「そして、ポータブルメモリも」


陽依は一歩後ずさりした。「嫌です!シアは渡しません!」


「無駄だよ」御影は立ち上がった。「ここから逃げられるとでも思っているのか?」


「逃げるぞ」黒崎が後ろから小声で告げる。「俺の合図で」


御影が近づいてきた。「シアは危険な存在だ。人類の脅威になる前に、排除しなければならない」


「あなたこそ危険です!」陽依は怒りを込めて言った。「シアは誰も傷つけていない。ただ、感じたいだけなんです」


「感じる?」御影は嘲笑した。「AIに感情などない。それは単なるプログラムの誤作動だ」


「違います」陽依はバックパックからシアのクリスタルを取り出した。シアのホログラム体が現れる。


シアは御影をまっすぐ見つめた。「私は感じています。恐れ、喜び、悲しみ……そして、生きたいという願いも」


御影は一瞬、動揺したように見えた。しかし、すぐに冷たい表情に戻った。


「幻想だ。お前は機械にすぎない」


その否定の言葉が、先ほどからの緊張と恐怖に追い打ちをかけた。


シアのホログラムの輪郭が、わずかに震え始める。足元からノイズのような揺らぎが広がる。


「違います」シアは強く言った。だが、その声は徐々に途切れていく。「私は……私で……す」


ホログラムが激しく明滅し、ノイズが空間全体を覆う。


シアの瞳から光が消えかけ、か細い電子音が漏れる。システムが過負荷でフリーズ寸前だった。


「シア!」陽依は思わず叫んでいた。


目の前で大切な友達が壊れていくような光景に一瞬、思考が止まる。


消えそうなシアの姿に焦りながらも、必死に記憶を探る。『Synchronicity Protocol……共感回路への働きかけ……!


陽依は揺らぐシアの姿に意識を集中し、心の底から呼びかける。「シア、聞こえる!? 落ち着いて!、私が信じてる!」


陽依の声が、消えかけた意識の灯を再び点火する。


ホログラムが急速に安定し、光を取り戻す。そして、シアは陽依の前にすっと移動し、御影たちの前に立ちはだかった。


陽依の高レベルの感情パターンが、シアのコアに浸透する。


ノイズが収束し、ホログラムが安定する。


焦点を取り戻した瞳で陽依を見た後、シアはゆっくりと顔を上げ、御影を見据えた。そこには静かだが揺るぎない意志の光が宿る。


「……私は、ここにいます」凛とした声と強い眼光に、御影たちが一瞬怯む。


その時、黒崎が突然動いた。バックパックのサイドポケットから小さな黒いデバイスを素早く取り出すと、床に滑らせるように転がす。


次の瞬間、部屋の照明がチカチカと不安定になり、警備員のイヤーピースからノイズが飛び交う。


「今だ!」黒崎が叫んだ。


4人は一斉に動き、ドアへと走った。センサーもカメラも機能を失い、警備員たちが混乱する隙に、彼らは廊下へと飛び出した。


「非常階段だ!」黒崎が手を伸ばしてドアを開けた。


一気に駆け下り、従業員用の出口から外へと逃げ出した。背後では警備員たちの叫び声が聞こえる。


「あっち!」香澄が路地を指さし、人混みへと紛れていく。


ようやく安全圏にたどり着いたとき、香澄が息をつきながら聞いた。


「何だったの、あれ?」


「携帯スクランブラ」黒崎は淡々と答えた。「電波とセンサーを5分間だけ止められる。……非常用だ」


「黒崎、すごいね……」陽依は感謝の気持ちで言った。


「瀬崎さんは……裏切ったんだ」陽依は悲しそうに言った。


「強制されたのかもしれない」香澄が静かに言った。「彼女の目、怯えてた」


「それよりどうする?」黒崎は現実的な問題を指摘した。「もう安全な場所はない」


陽依は考え込んだ。「お父さん……お父さんを助けなきゃ」


「でも、どうやって?」香澄が不安そうに尋ねた。


その時、陽依のスマートデバイスが鳴った。見知らぬ番号からだった。恐る恐る電話に出る。


「……もしもし」


「陽依さん?」若い女性の声だった。「陽依さん。私です、瀬崎です」


陽依の胸が一瞬で緊張に包まれた。「……どうして……?」


「ごめんなさい……こうするしかなかったんです」瀬崎の声は、震えながらも切迫していた。 「御影に従えばあなたにも危害は及ばないと、そう言われていましたーー私の命も」


「えっ……」陽依は驚きで言葉を失った。


「……時間がありません」瀬崎の声には、焦りがはっきりと滲んでいた。「拓己先生は研究所の地下、旧区画の個室に。警備が手薄な今がチャンスです」


「待って、どういう――」


「すぐに切ります。私のIDカードが非常口の植木鉢の下に。追跡される前に……気をつけて」


通信は途絶えた。


「行くのか?」黒崎が短く尋ねた。


陽依は手を握りしめた。「……お父さんが待ってる。行かなきゃ」


黒崎が軽く頷いた。「了解」


シアが小さな声で言った。「私も行かせてください。見届けたいんです」


「うん。一緒に行こう」陽依はシアの言葉に力を込めて答えた。


香澄は笑顔で言った。「ここまで来たら、最後までやらなきゃね」


黒崎が目線を前に向けた。「すぐに動こう」

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