第24話:勇者誕生Ⅲ
師団長の手料理事件から数日。
あれは、俺の心と胃袋に一生モノの爪痕を残した。
あの後、俺は帰る時にメイドや執事たちから「良く生きておいでで……」と涙ぐみながら喜ばれた。
お前ら、俺を見捨てたことは忘れないぞ!
それと、お宅のお嬢様には一生料理させるんじゃねぇ!
さて、俺はというと、今日も通常業務――のはずだった。
早朝から訓練し、その後は書類仕事。
時々【虚構の怪物】やら【英雄】と言われて、目立ちに目立ちまくっていた。
誰だよ、虚構の怪物って異名を付けたやつ!
それに、俺は英雄じゃねぇ! なんで元ラスボスが敵国だった国で英雄になってんだよ!
計画が狂いに狂っている。修正は……
無理、だな。いや、まだ間に合うはず!
「アルクス大尉。師団長がお呼びです」
そんな平和な昼下がりに、地獄の使者みたいな声が響いた。
振り返ると、ティナ軍曹がいつもの無表情で立っていた。
「……行かないとダメ?」
「はい。かなり急いでいましたよ」
急いで?
また何か問題でも起きたのだろうか?
「はあ、仕方がない」
俺は団長室へと向かった。
ノックをすると中から「入れ」と声が返ってきた。
「失礼します。師団長、お呼びでしょうか?」
俺が入室すると、師団長――ラティア=ヴァルグレイスは、机の上に腕を組んで肘をつきながら、何やら深刻そうな顔をしていた。
「来たか、アルクス」
俺の顔を見るなり、にやっと笑ったその顔に、俺はもうイヤな予感しか抱けなかった。
「……なんでしょうか。もしお食事のお誘いなら、手作り以外ならご相伴に預かりますよ?」
「ほう? 私の手料理は不味かったと?」
ギロッと睨まれ、ビクッと肩を震わす。
「い、いえ。と、トテモオイシカッタ、デスヨ?」
「ふん。ならまた振舞ってやる」
遠慮しておきます。
「で、本題に入るぞ。――勇者が誕生した」
……は?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
俺の頭の中に、効果音付きで「パァン!」と何かが弾け飛んだような感覚が走る。
「え、ゆ、勇者……? まさか、あの聖剣が選ぶってやつの……?」
「そうだ。聖剣が応えた。勇者は、今日、正式に王に謁見し、勇者として認定された。国内に発表するのも時間の問題だろう」
そうか。ついに本編が始まったんだな。
つまりは、主人公はあの村の惨劇を乗り越えたことになる。正直、関わりたくなかったが、惨劇を知っているなら見過ごすことはできない。
だから俺は師団長に「スタンピードがあったし、巡回を強化した方がいいのでは?」と進言したのだ。それが通り、早く勇者の発見に繋がったのだろう。
しかし、俺の背筋に冷たいものが走る。
この世界の本来のストーリー、ゲーム原作の物語が、今、動き出したのだ。
主人公。あの田舎村の真面目でお人好しな少年あるいは少女が、聖剣に選ばれ、勇者となったというのか。
ああ、やばい。これはやばい。すべてが加速するぞ。イベントが、戦争が、魔王が。
これは、絶対に正体がバレてはいけない。
何としてでも、隠し通さなければ!
「で、アルクス。お前、王城に行くぞ」
「……はい?」
「陛下が、貴様を名指しで指名なされた」
「な、なんで⁉ 俺、何もしてませんよ⁉ たぶん! いや、最近はむしろ地味に過ごしてたほうだし!」
「誰が【虚構の怪物】を地味と言うか、馬鹿者。お前はすでに、軍部で噂が広がってる。もう有名人だ」
くそ、目立つってこういうことかよ! あのときは仕方なかったんだって!
「い、いや、でも俺、人前は苦手なんですよ。王族とか、そういう高貴な人間の前に出ると緊張で足が震えて――」
「嘘つけ、お前この前の演習で部下百人の前で指揮を執ったじゃないか」
「い、胃腸の調子が……」
「言い訳は結構。さっさと準備するんだね。馬車はもう出る。逃げても無駄だよ、私が引きずってでも連れていくからね」
――いやだぁぁぁぁぁぁあ! 俺、まだ心の準備がぁぁぁぁああ!
必死に椅子の脚にしがみついた俺の襟を、師団長は片手で軽々と掴んだ。
……ああ、終わった。
計画なんて、とっくに瓦解してたけど、今度こそ完全に詰んだ。
俺はずるずると引きずられながら、心の底で叫んだ。
俺は、泣く泣く馬車に押し込まれ、王都の中心部、王城へと連行された。
師団長は、俺の必死の抵抗など微塵も意に介さず、道中ずっとにこにこと実に楽しそうだった。
おかしいだろ、普通逆だろ……。
やがて、王城の荘厳な門が視界に入る。
衛兵たちは俺を見るなり、軽く身構えるような態度を見せた。なんかもう、慣れてきたけど、なんで俺が来るだけで空気がピリつくんだよ……。
門を抜け、案内されるままに謁見の間へと向かう。
天井の高い石造りの大広間。王族専用の赤絨毯が床を貫き、中央には王の座が鎮座していた。
そして、その玉座の前。
少女が立っていた。
年の頃は十六、金髪碧眼、凛とした雰囲気。
だが、その瞳の奥には、覚悟と決意が宿っていた。
右手には、光を帯びた剣――聖剣が握られている。
……ああ、確定だ。あれが、勇者――主人公だ。
俺と彼女の目が合った。
一瞬、時間が止まったような錯覚を覚える。
まっすぐに見つめ返してくるその瞳に、なぜか胸の奥がざわついた。
「アルクス=ヴァルト大尉。謁見を許す」
重厚な声が空間に響いた。
王座に座る壮年の男――エルヴァーリア王国現国王、レオディアス。
俺は膝をついて頭を垂れる。王族に対する礼儀は、ノイアス帝国で叩き込まれていたからな。
沈黙が流れる。
うん? なんで黙ってるの?
すると、隣に同じように膝を突く師団長がボソッと俺に呟いた。
「アルクス。君はどこで、そのような、惚れ惚れするような完璧な所作を覚えたんだい?」
えっと、つまり?
「もしかして、この沈黙って俺のせい、ですか?」
「そうしかないだろう」
呆れる師団長の声。
「……面を上げよ」
その言葉に従い顔を上げると、王がじっと俺を見つめていた。
「ふむ……お主、どこかで会ったことは?」
――ッ!
心臓が跳ねた。
思い出すな! 頼むから思い出すな!
そう、この男とは、一度だけ顔を合わせたことがある。俺がまだアーク・ノイアスとして帝国の王宮にいた頃。外交式典の席で、ほんの一瞬だけだが、視線が交差した。
お願いだから、今の俺がその時のノイアス帝国の皇子だなんて気づかないでくれ!
「……気のせいではないですか?」
「そうか? 貴殿は平民出身だったな」
「その通りでございます」
「にしては、顔が整い過ぎているような……」
国王が怪訝そうに眉を顰める。
「……ありがたいお言葉ですが、庶民の中にも稀に奇跡が起きるようでして」
「奇跡、とな?」
「はい。村では『井戸の水を飲むたびに顔が良くなる』と評判でしたので、毎朝三杯は欠かさずに」
「ははっ、それは井戸の水ではなく、神の気まぐれだったかもしれんな」
――頼む、そのまま冗談で済ませてくれ。
「では、次の祝宴にはその井戸の水を持参するがよい。わしの顔にも奇跡を分けてくれんか?」
「畏れ多くも、陛下は既に威厳と風格をお持ちですから、奇跡など不要かと」
「ほう、口も達者だな。やはりどこかで――」
やめろ、記憶の引き出しを開けるんじゃねぇっ!
国王は顎をさすりながらジーッと俺の顔を見つめる。
「ふむ。気のせいか」
ふぅ……危うくバレて拷問部屋送りになるところだった。
変装の魔道具を付けておいて正解だった。
「話が逸れたな。……貴様には、特別な任を命ずる」
――は?
「この少女、リリア。聖剣に選ばれし者。すなわち、勇者である。アルクス大尉、貴殿にはこの勇者の導師として、彼女を鍛えてもらいたい」
俺は静かに呼吸を整え。
――ふざけるんじゃねぇぇぇぇぇぇえ!
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