第50話 前哨戦

対決当日の晴天に恵まれた昼下がり。

空は雲一つない青天だったが、一方で王都パリスにある王立歌劇場の周囲は、対決をせめて一目見ようという群衆で埋め尽くされていた。そしてすでにチケットは全席完売しているのだが、それでも立見でも見れないかと劇場スタッフに詰め寄る一面があちらこちらでみられた。


そこに数台の馬車が辿り着き、王立歌劇場の正門前で止まった。

最初の馬車からは、バイオリンが入ったケースを小脇に抱えたリーザとその従者であるカティが降り立った。それをみた観衆からはどよめきが起きる。


「あれが、噂の天才美少女音楽家か」とか「あのケースに見たこともない楽器とやらが入っているのか」とか「我らが宮廷楽師団に勝てると思うなよ」とかが聞こえる。好意的な視線と否定的な視線とが半分ずつだろうか。

それを気にも留めず、リーザはカティを伴い入口に向かう。


正面から見る王立歌劇場の外観は、大理石の柱と精緻な彫刻がそびえる荘厳なファサードで、ステンドグラスの窓が月光に輝く。松明の炎が揺れる入口は、金色の装飾で飾られ、まるで音楽の聖殿への門のようにそびえ立つ。リーザの戦意は否応なしにも高まった。


リーザとカティが入口に向かって歩き始めたあと、後続の馬車群からは宮廷楽師団の面々が降りてきた。3台の馬車に分かれて乗っていた彼らが馬車から降り立つと、途端に群衆からは大歓声が上がる。そしてその中でもルートヴィヒが馬車から降りると、黄色い悲鳴にも似た歓声があたりを支配した。

パリス警察隊のみならず、この日の警備のためにかけつけた青い制服を着た軍人たちが、押し寄せようとする群衆を押し留めた。

宮廷楽師団は、群衆に手を振りながら入口に向かってきている。振り返ってそんな様子をみていたリーザはこう呟いた。


「これは完全にアウェイね。でもどうせなら……」


知らない間に宮廷楽師団は散々パリス市民を煽ってくれたみたいだし、どうせならそれに乗っかるかと思ったリーザは、彼らが入口に来るのを待ちながら、バイオリンのケースを大事に抱えながら、仁王立ちして段の上から彼らを睨みつけた。

それに気付いた宮廷楽師団の一人が、そんなリーザと彼女の意図に気付き、段の下で立ち止まるとそこからリーザを睨み上げる。

他の宮廷楽師団も最初の一人に倣い、次々と立ち止まっては段上のリーザを睨みつけ、王立歌劇場の入り口前で、1対10人でバチバチと睨み合う構図が出来上がった。


……お互いに睨み合う。その眼差しは挑発か警告か。

舞台の前の静かな一手、もう戦いは始まっているとばかりの空気が流れた。


これには観客も大盛り上がりで、この両者の雰囲気を演出ととらえ歓迎する拍手喝采や本気ととらえてしまった宮廷楽師団のファンからの怒号が飛び交った。


リーザはしばらく睨み合っていたが、この状況に満足したのか、ぷいっと首を背けるとカティを伴って、スタスタと王立歌劇場の中に入っていった。


リーザが王立歌劇場の重厚な扉をくぐると、そこには大理石の大階段が蝋燭の光に照らされ、金箔の彫刻と緋色の絨毯が壮麗なホールに輝いていた。

歌劇場内もこちらはチケットを持っているのであろう聴衆がたくさんいたが、リーザに気付くとそれまで騒々しい雰囲気がぴたりと止んだ。そして人並みが割れ、大階段へ導かれるように道ができた。リーザがバイオリンを抱えたまま大階段をあがる。――貴族の視線と反響する足音が、対決の序曲に変える。

大階段を上がると、左の2階のバルコニー通路に向かう。貴族用の装飾された廊下が広がっている。そこから一番奥の扉を通ると、舞台裏に近い控室に通じる通路だ。

そこの控室に入りやっと一息ついた。

なお、宮廷楽師団は反対側右側の控室だ。


「自ら蒔いた種とはいえ、あの雰囲気は疲れたわ。」


「随分とご立派な悪役ヒールでしたね。」


「外にいる人たちは私たちの演奏を見れないんでしょうし、あれくらいの娯楽は提供しないとね。」


リーザは茶目っ気たっぷりに笑うと、カティにお茶を淹れてもらい、高ぶり過ぎた心を少し抑える。

決戦はもうすぐだ。




一方でリーザが王立歌劇場の中に入っていく後ろ姿をしばらく見ていた宮廷楽師団の面々は、一瞬苦笑を浮かべたが、また笑顔で群衆に手を振りまいた。群衆はどっと沸き、あたりは宮廷楽師団への声援一色に染まった。


しかし、彼らは心中でこう思っていた。

「エリーザベトお嬢様は、エンターテイナーとしても一流だ」と。

彼らはリーザに対する警戒心をより一層強めた。6年前ですら、音楽の才能の片鱗は見せつけていたのだ。これは我々の強力なライバルになると、彼らは確信していた。

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