第36話 リュート演奏会(3)

ホールにいるみんなが拍手をくれている中、パパが拍手をしながら目を潤ませたまま立ち上がると、ふいに笑って言った。


「リーザ、どうせならパパの娘の晴れ舞台を屋敷のみんなに見せたい!もう一曲弾いてもらえないか?」


「えっ。まぁいいけど。」


「執事長!屋敷中のみんなを集めてくるんだ!仕事中だろうと何だろうと構わない。全員連れてきなさい!」


「はっ!」


執事長が返事をして部屋を出ていく。出て行ったそばから、辺りの執事や侍女に声を掛けているのが聞こえる。


パパが急に何を言い出すかと思えば、結構な大事になっちゃったわね。まぁいいわ、ある種のアンコールってことかしらね。


「カティ、お水一杯もらえる?」


「はい、お嬢様。」


でも4曲目のことは考えていなかったのだけれど、何を弾こうかしら。どうせなら明るい曲がいいわよね。んー、あれにしようかな。

カティからコップ一杯のお水を受け取って、選曲を考えながら飲んでいると、カティに声をかけられた。


「お嬢様、すごいですね。とても感動しました。お嬢様が私にリコーダーを教えてくれたときに、『情景を思い浮かべながら、心を込めて演奏しなさい』って言われたのが、まざまざと分かった気がします。」


「そう?ならよかったわ、あなたもそのうちやるのだしね。」


私はカティに微笑んだ。「えっ、本気ですか?」ってカティに引き気味に言われたけど、実は割と本気なのだけど。

その間にも続々と屋敷中の執事や侍女、庭師や料理人たちがホールに入ってくる。あら、衛兵まで……良いのかしら?


「カティ。次は明るい曲でいくから、みんなで手拍子したり踊ってもらったりして楽しんでもらえたらいいと思うわ。よろしくね?」


「はい、お嬢様。」


カティはさっきの話題を変えたかったのか、そう素直に返事をすると最前列の席に戻らず、侍女たちが集まる輪の中に入っていった。


さて、そろそろ全員集まったかな、始めても良いかしらね。

私は椅子に座り、リュートを構えた。



イメージは夕暮れの古い城のテラス。

城の庭にある花壇の花の香りが漂い、遠くの丘の向こうに陽が沈もうとしている。私はそんな城のテラスで石の手すりに寄りかかりながら、リュートをそっと抱えている。


私が弦に触れると軽やかな音が飛び出す。それはまるで、風に揺れる木の葉がテラスに舞い落ちるよう。ホルボーンの「ガリアード第17番」が始まる――その音楽は、まるで恋人たちが別れを惜しみながら最後のダンスを踊るような、軽快で少し切ない響き。

(参考:https://www.youtube.com/watch?v=LoQB5dzbdKs)


最初のメロディはリュートの弦から弾むようにこぼれ出す。音はまるで夕暮れの空に瞬く最初の星のように、キラキラと輝きながらテラスに広がる。私の指が弦を軽く爪弾くたび、跳ねるようなリズムが、まるで貴族が軽やかなステップを踏むように、生き生きと響く。

曲の核となる3拍子のリズムは、恋人たちが手を取り合ってくるくると回るような、楽しげで少し名残惜しい雰囲気を作り出す。

カティが曲に合わせてステップを刻みだした。そして周りの侍女にもそれを促している。


やがて私の旋律に装飾音が加わり、音楽はさらに表情を増す。メロディはまるで別れの言葉を交わす二人が、笑顔と涙を織り交ぜるように軽やかに心に響く。私の指は弦を時にそっとためらうように弾き、音に微かな揺らぎを与える。時折飛び出す高く澄んだ音は、まるで夕陽の最後の光が城や城壁を赤く染めあげるように、切なく響く。低音の弦は城の石畳を巡回の兵が踏むような穏やかなリズムを刻み、メロディを優しく支える。別れの切なさがほのかに漂うが、リュートの温もりのある音はその哀しみを優しく包み込む。

曲が進むにつれ、リズムは軽快さを保ちながら、装飾音が小さな花火のようにパッと弾ける。音楽は、まるで恋人たちが最後のダンスで笑い合い、別れの瞬間を惜しむように、活気と情感が交錯する。

カティに誘われるように侍女たちみんながステップを踏んでいる。

その周りでは肩を組んだ男たちが、曲に合わせて体を左右に揺らしてリズムをとっている。


「ガリアード第17番」の魅力は、跳ねるリズムと切ないメロディが、まるで物語のワンシーンのように心を揺さぶること。リュートの繊細な音はその物語を親密に、まるで近くにいる友に語りかけるように響かせる。ホールの空気は音楽に合わせてそっと動き、ホールに飾られていたバラの香りと調和する。

最後に旋律は徐々に静まり、リュートの最後の音が夕暮れの空に溶けていく。それはまるで恋人たちが手を振って別れるように、穏やかにしかし名残惜しく消える。

私はリュートを抱えたまま目を閉じ、ホールには夕陽の余韻と音楽の記憶だけが漂う。聴く者は、まるで古い恋の物語を垣間見たような、軽やかで切ない気持ちに包まれる。


私はしばらくそのまま曲とホールの余韻を楽しんでいたが、皆から大きな拍手があがったので、立ち上がって一礼をしてその拍手に応えた。

するとより一層大きな拍手が来た。


「ありがとう!」


私はみんなに手を振った。

パパが「私の自慢の娘を見たか!」とばかりに吠えている。パパって親バカではあるけど、それとは別にかなり冷静なんだと思ってたけど、結構アツいところもあるのね。

さて幕の引き方だけど、挨拶して終わりにしてもいいけど、どうせなら……


「パパ、せっかくみんなこうして集まったのだから、最後乾杯して終わりにしない?」


「おお、リーザ。それは良い案だ。執事長、聞いていたな?最後は乾杯で締めくくろうじゃないか。」



「はっ」と短く返答した執事長。ここには執事も侍女も全てが勢揃いしているので、そのまま簡単に指示するだけで意図が伝わった。数分後には全員がグラスを持ち、お酒だったりジュースだったりを注いでいる。


「客人も何名かおられるが、日頃我が伯爵家のために皆ご苦労である。今日は我が娘のたぐいまれなる才能をみな楽しんだと思う。私は伯爵家の先が楽しみで仕方がない。これからも伯爵家のために、皆よろしく頼むぞ。リーザ?」


皆が笑顔で並ぶ光景を見て、胸の奥がふわっと温かくなった。


「はぁい。じゃあ、みんなグラスを掲げて?伯爵家の未来を祝して、乾杯!」


「乾杯!」


何十人もの使用人たちが笑顔でグラスをぶつけ合うさまは壮観だった。

この日のことは先々まで伯爵家では語り継がれた。

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