第9話 材木商人

さて、農業改革にも手を付けたわ。そっちは時間がかかるから、しばらくは結果待ちね。


でもね、農業改革中だってバイオリンの事を忘れた事は一日として無かったわ。

だから次はいよいよバイオリンの再現…といきたいけど、弦楽器自体が存在しないこの世界でいきなりバイオリンはハードルが高過ぎると思ったのよね。


なので、ハープとか色々な候補を考えたんだけど、まずバイオリンよりは難易度が低いリュートの再現をする事にしたわ。一番無駄なく再現の役に立つと思ったの。

それにしたって弦楽器が無いこの世界では苦戦すると思うけどね。

バイオリンの再現の第一歩と思うともう待ちきれないわ。まず早速…


―――バーン!


「パパいる!?木工職人を紹介してほし…」


パパの執務室に勢い勇んで入ってみると、来客中だったみたい。

パパはこめかみを押さえながら


「こら、エリーザベト。いつも先触れを出しなさいといっているだろう。貴族の一員たる者としての自覚を持ちなさい!」


「お父様、ごめんなさい。」


そしてお父様のお客様にも頭を下げる。


「お客様にも大変失礼いたしました。」


「はっはっは、構いませんよ。伯爵、聡明そうな元気で美しいお嬢さんじゃありませんか。確か、ヴァルトバッハ村の御領主となったはずですよね。ご挨拶をさせていただいてもよろしいですか?」


パパが頷くと


「ノルトハーフェンの商人、クラウス・マイヤーと申します。お嬢様フロイライン、以後お見知りおきを。」


クラウスは右手を胸にあてて、軽くお辞儀をしてくれた。それに対して私は微笑みながら返した。


「ご丁寧な挨拶に感謝します。私はエリーザベト・フォン・ヴァルデック。お察しのとおりお父様の末の娘ですわ。ところでノルトハーフェンと言ったわよね?北方の木材には強いのかしら?」


「これこれリーザ。父を差し置いていきなり商談を始めるでない。」


「ははは、伯爵。まぁいいではありませんか。お嬢様フロイライン、北方の木材でしたら、このあたりでは私の右に出る者はいないと自負しております。どのような木材にご興味がおありですか?」


「スプルースとメイプルかしら。スプルースは音を響かせる薄い板に、メイプルは側面の頑丈な板に使うの。この辺りでも手に入らない事はないと思うのだけど、高品質の物を必要としているわ。」


「なるほど。それならば雪森地方ノルドウェイ産のスプルースなら軽くて響きが澄み、翠谷地方ヴェーデル産のメイプルは強靭です。すぐに揃えてみせますよ。」


「ありがとう、助かるわ。」


「楽器?エリーザベトよ、何の話なのだ?」


「そう。それでお父様にお願いがあるの。楽器を作ろうと思っているのだけれど、お父様に木工職人を紹介して欲しいと思っているのよ。」


「ふむ…この前の縦笛の演奏は確かに見事であったが、お前専用の縦笛が欲しいならば楽器職人に作らせれば良いのではないか?」


「違うの。ええと、上手く話せないんだけど、縦笛でもない打楽器でもない全く新しい楽器。まだ誰も見た事も無い新しい楽器を作りたいの。」


「ふむ…お客人の前で話す事では無いかもしれないが、まぁ巻き込まれたと思ってそこにいてくれ。『ははっ』エリーザベトよ、楽器作りに夢中になってヴァルトバッハ村が疎かになったりはしないよな?そこは大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。村を豊かにして見せるとお約束いたします。」


「ふむ。確かに先日献上されたチーズは見事だった。あの鮮度のチーズが食べられるならばヴァルトバッハのみならず、ここヴァルデックにも恩恵があるだろう。ただ、同時に村でよく分からない事を、エリーザベトがやらせているという報告も受けている。あのチーズという成果をこの短期間で出していたので、そこまで心配もしていなかったが、まだ誰も見た事が無い楽器を作るつもりだと言われると、少し心配になってしまうのも理解して欲しい。」


「はい、お父様。」


「だからお前が使いこんだりするとは露ほども思っていないが、同時に伯爵として領主を監理する義務がある。これからは毎月、村の収支報告書の提出を義務付ける事にする。楽器開発に関しても同様だ。進捗とかかった費用を報告しなさい。」


「はい…。」


パパは反対なのかなぁ、パパにバイオリンの開発をストップされちゃうかも。

父の沈黙がとても長く感じ、私はバイオリンの前途に急に暗雲が立ち込めたような気がした。


「そんなにがっかりした顔をするな。その代わりに木工職人を紹介してやるのだから。それに楽器に関してもある程度の成果が出ればこの父が援助してやる。」


「本当ですか!?」


え?良いの?パパはまるっきり反対っていうわけじゃないの?


「ああ。ただしもう一つだけ、絶対に譲れない条件がある。」


とお父様は今日一番の真剣な表情で私にそう告げた。


「…その条件とは?」


なんだろう?大丈夫かな?私は少しびくびくしながら恐る恐る聞いた。

すると途端にパパは真剣な表情を緩めてこう言った。


「その楽器が出来たのならば、私に一番に聞かせなさい。それが一番大事な条件だ。いいね?」


それを聞くと、私は自然と顔がほころんでいくのが分かった。


「パパ、ありがとう!楽しみにしてて!」


私は嬉しくなって思わずパパに抱き着いてしまった。


「これこれ、客人の前ではしたない。」


「てへ。お父様、ごめんなさい。」


お父様は溜め息を一つつくと、木工職人の場所と紹介状を書いてくれた。


「じゃあ、行ってきます!クラウスさんもこれからよろしくお願いしますね。」


私は挨拶もそこそこに我慢できないとばかりにパパの執務室を飛び出した。

さぁ木工職人、絶対に作ってもらいますからね。覚悟しなさい!

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