11話 ミア「お手軽さの意味」
公会堂で啖呵を切った翌日、私はゴードンさんの皮革工房を訪ねていた。
というのも、昨日の会議が解散した後に、他ならぬゴードンさんに呼び止められ――。
「お嬢さん、明日朝イチで俺の工房を訪ねてくれや」
――と申し出があったからなの。
(なんの御用かしら?)
職人らしく、要件を伝えるだけ伝えたらさっさと立ち去ってしまったので、どんな要件なのか知らずにここまで来たの。
扉をノックして出てきたお弟子さんに、来訪の理由を伝える。
少し待つと、麻の服に使い込まれたレザーエプロンを纏ったゴードンさんが出迎えてくれた。
「おう、わりぃなわざわざ。まあ、入ってくれや」
「あ、はい。失礼します」
招いてくれた工房の中は、ところどころに制作中の革が吊り下げられていて、壁には道具仕事の包丁などがかけられていた。
工房中央の作業台にも、今まさにお弟子さんが革を敷いていて、芸術品への昇華が始まる予感を感じさせるわね。
「朝っぱらからすまねぇな、こうして呼び出したのはお前さんに紹介したい奴がいるからなんだよ」
ゴードンさんの声は、昨日よりもだいぶ柔らかい。
彼が「おい」とさっき革を広げていたお弟子さんに声をかけると、その人がこちらへやってきた。
「はい、お呼びですか師匠」
「トビア、このお嬢さんが昨日話した人だ。お前は、今日から祭りまでの間、このお嬢さんと一緒に仕事をしろ」
私を呼び出した理由はそれだったのか、まさかそこまでのことをしてくれるなんて。
「こいつはまだひよっこだが、ひよっこの割には筋がいい。そして若ぇ分、新しいことに挑戦する柔軟性もある、使ってやってくれ」
「トビアと言います。よろしくお願いします、ミアさん」
ペコリ、とトビアさんが頭を下げた。
もう既に、先方で話はまとまっているらしい。
もちろん、私としても拒む理由はない。人手なら大歓迎だわ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします、トビアさん」
トビアさんは20前半といった年頃だろうか。
赤褐色の短髪で、人当たりのいい雰囲気を纏っている。
(うん、接客を任せてもいいかも)
あくまで第一印象のみの判断だけど、こういう直感はバカにならないのよね。
「ゴードンさん、本当にありがとうございます。絶対に成果を出します」
「礼なんざいらねぇ。あんたの言う通り、成果を出さなきゃそれまでの話だ」
「はい、承知していますわ」
厳しい言葉だけど、何よりの激励だわ。
必ず、やり遂げてみせる。
トビアさんを連れ立って、私は再び公会堂の会議室を訪れていた。
部屋の中には既に何人かが居て、その誰もが若手から中堅といった人々ね。
「おはようございます、皆さん。改めて、今日からよろしくお願い致します」
私の挨拶に、皆さんが口々に返答してくれた。
昨日の会議で、各工房の親方たちが紹介してくれた若手職人、それがこの部屋に集まってくれた彼らなの。
大祭までおよそ一ヶ月半、彼らはその間にこのプロジェクトの中核となってくれることでしょう。
「おはようございます、ミアさん。ベストを尽くして、最高の商品を作りあげましょう」
彼らを代表して、マリウスさんの高弟であるルシアンさんが決意表明の挨拶をしてくれた。
私も強く頷き、早速本題に入った。
「では時間も限られていますので、この1週間で開発する商品のアイデアについて共有いたします」
昨日、ヨロイさん達との会話で思いついたアイデア、子ども用の楽器のセット。
それを、可能な限り廉価で提供する。
今まで楽器には手が届かなかった子にも、届かせることができるほどに。
「楽器の内容は縦笛、マリンバ、ハープ、これらのミニタイプを作成し、バラ売りとセット売り、そして付加価値をつけたプレミアムセットで売り出します」
チョークを持ち、書板にそれぞれの楽器と売り方を記入して、そして値段についても書き込んでいく。
「単価はそれぞれ60
「ハープをその値段で……ですか?」
驚いたように職人の1人が目を見開いた。
それもしょうがないわね、今挙げた3つの中では最も高価で、廉価とは程遠いのだもの。
「はい。確かに、このハープ単体では私の試算でもほとんど利益は見込めません」
昨夜、概算だけで弾き出したハープの売上と原価はほぼトントンか、実際には多少の赤字を産むかもしれないわ。
「それでも、私はこのミニ楽器の商品群にハープは不可欠だと考えております」
「理由を聞いても?」
ルシアンさんが直截にたずねてきた。
彼のこういう性格はみんなに説明する時にとてもありがたいわね。
「まず商品内容のバランスですね、ハープを入れることで吹奏、打楽器、弦楽器が一つずつ揃います」
本当は鍵盤楽器も入れたいところだけれど、いくらなんでも無理があると思って断念したのよね。
「そして、この値段でハープを売ることその物の意義が重大なんです」
私の言葉に、多くの人が首を傾げた。
おそらくは理解したであろうトビアさんに、質問振ってみる。
「トビアさん、今の私の言葉の意味、わかりますか?」
いきなりそんなことを問われるとは思ってもいなかったのか、一瞬彼の肩が跳ねた。
ふふふ、私の講義中に暇はさせないわよ。
「え、ええと……俺の感覚なんですけど、俺たちみたいな貧乏人でも、ハープを触れるようになる……とか?」
大正解よ。
思わず満面の笑みで彼の回答に花丸をつける。
「はい、その通りなんです。高級品であるハープを、たとえ簡易にした物であっても、多くの人に届けられる。この事は儲けより余程大きな意味を持ちます」
60銅冠は。頑張ればギリギリ、本当にギリギリになってしまうけれど、貧困層でも手が届く金額。
そういった人たちにも、ハープの音色を届け、日々の楽しみを与えることができる。
「なるほど、施餓鬼の音楽版といったものでしょうか」
彼なりに噛み砕いたルシウスさんの表現は的確だわ。
「はい、ですが勿論私たちが金銭的な負担を請け負うつもりはありません。実質的な稼ぎ頭である縦笛と、堅調なコストバランスを保つマリンバに稼いで貰います」
元より、職人達の労働改革を目指した計画で、彼らの首を締め付けるような真似は言語道断。
しっかり利益率の高い商品で負担を回収し、儲けも上げる。
顧客にも、作り手にも、そして引いては材料の仕入れ先にも、それぞれ利益を上げる、これが私の理想ね。
「理解しました。ではセット売りと、プレミアム商品の内容について聞いても?」
「セットについては、まず3商品をまとめて買ってくれる方への割引の意味合いが強いですね
バラ売り商品を3つ買える財力のある人が、単品購入を選ばせないよう、お得感を感じさせて買わせる。
若干悪辣な言い様になるけれど、まあこれがセット売りの目的よね。
「バラ売りは麻袋に入れての受け渡しを考えていますが、こちらは木箱に入れてお渡しする予定です、これもまたセット商品への購買欲煽るかと思います」
「なるほど、確かに保管もしやすそうですね。では、プレミアムセットというのは?」
「そうですね……質問を返してしまいますが、皆さんはこの楽器セットに、どんな付加価値をつけたら倍の値段で売れると思いますか?」
私の質問返しに、みんなは一様に「うーん……」黙り込んだ。
考えているフリではないわね、ちゃんと真剣に考え込んでくれているわ。
少し待つと、彼らの中の1人が恐る恐ると手を挙げた。
その人を手差しで指定し、「どうぞ」と回答を促す。
「見た目を豪勢にする……ですかね?」
「はい、その通りです! 富裕層向けに、少数のセットを革張りの箱と、多少デザインに凝った楽器で売り出します」
お金を持つと、人はデザインにも凝りだすわ。
高級感のある見た目と、セット売りの楽器とは違う拘りに見える楽器たち、それらを普通のセットと見比べた時に、彼らは高級な方に手が伸びるわ。
しかも、限定商品ともなれば、今買わなきゃという心理も働く。
……のようなことを書板で解説したら、職人方が若干引いた目で私を見てきた。
「こ、怖いっすね、商売の世界……」
彼らの意見を総括したトビアさんに。私は笑顔で返した。
「大丈夫です。この一ヶ月半で、皆さんも私と同じ視座を持たせますので」
みんなの笑顔が引き攣った。
あれ、おかしいわね? もっとこうワーッと盛り上がるかと思ったのに。
不思議ねぇ……。
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