2話 ヨロイさん「マリウスさんの工房」

 マリウスさんという人は、かなりガタイのしっかりした男だった。

 やはり職人というのも体力仕事なのだろう。

 高身長に加えて、仕事に必要な筋肉を備えているように見える。


「ちと客間で待っててくれ、茶持って越させるからよ」


 マリウスさんはお弟子さんの一人に、お茶出しの指示を出した他に「少し席外すわ」と彼自身が作業場を離れる旨を伝えた。


 彼は信頼のおける人だということで、俺は外套を脱いでミアさんの横に座った、間にはアムが挟まっている。


「すまねぇな、バタバタしちまっててよ」

「とんでもありません、急に押しかけて来たのは私たちの方です。で、マリウスさん、ご希望の品を持って来ました」

「おお、仕事が早えな」


 喜色を前面に出したマリウスさんにの手元に、エテルナからやって来た素材が渡された。


「ご依頼の共鳴木です。音楽については素人ですが、良い弦楽器が作れるのではないかと」

「どれ拝見……」


 手元の素材、共鳴木をマリウスさんはじっと観察し出した。

 見て、触って、はじいて、様々な方法で良し悪しを確認している。


 ミアさんとしても緊張を含んだ時間なのか、そわそわと少し落ち着きがなさそうに見える。

 静寂が部屋を支配したところで、お弟子さんが静かに扉を開けた。

 師匠の邪魔をしないよう、気配を消してお茶をおいて、そのまま去る。


 しばしの沈黙の後、マリウスさんは納得いったように一つ頷いた。


「うん、最高だ」

「本当ですか」


 ミアさんの声に喜びが混じった。

 努めて冷静に振る舞おうとしているが、やはり一流の職人に仕事が認められるのは嬉しいことなのだろう。


「これならこないだ提示した値段に色をつけさせてもらうよ、20乗せて…全部で140銀冠シルクラウンでどうだい」

「そんなにいいんですか?」


 1割以上の上乗せにミアさんはそのエメラルドグリーンの瞳を丸くした。

 その様子を見たマリウスさんは、イタズラを成功させた子供のような笑顔を浮かべた。


「いいんだよ。エテルナの人らと交流を持つってのは、それだけ価値のあることだ。その上、さっきも言ったが十分以上に仕事も早かったしな」


 20銀冠というのは、決して少なくないお金だと今は分かる。

 エテルナからここまでに費やした、10日間分の旅費とほぼ同等なんだ。

 ミアさんいわく、贅沢ではないが不便ではない個室を借りている、ということだから、宿代としては中ランクといったところだろうか?


「ありがとございます。そういうことでしたら、ありがたく受け取ります」

「おう、そうしてくれや。そういや、ミアちゃんは楽器は取り扱わねぇのかい?」

「マリウスさんの作品を扱えたら商人冥利に尽きますけど…宮廷音楽家御用達の品々は、まだ私には荷が勝ちすぎます」


 そんなランクの人に向けて楽器を作っててるのか、 予想の3倍はすごい職人だったわマリウスさん。

 いや、一等地って言ってたなこの工房、ならむしろ当然の腕前なんだろうな。


「さ、商談は終わりにしてよ、ちょっとそのお二方について教えてくれねぇかい」

「あ、はい。そうですね、隠すことでもないですし」


 そう言って、ミアさんは簡単に俺達の説明を始めた。

 森で出会った経緯、アムの再形成、雇用契約の話などなど…。


「なるほど、そいつぁ難儀だったなぁ、ヨロイさんよ」

《ミアさんに出会えてよかったです》


 本当に、心からそう思う。


 正直、俺は自分自身が怖い。

 鎧は脱げないし、錆びてるし、なんかやけに早く動けるし。

 挙句の果てに、あのバカでかいクマにぶん殴られても一切支障がないんだから、生き物かどうかすら怪しい。


 アムのようなゴーレムなのかもしれないとも思うが、だったらなんで俺は魔法が使えるんだという話になる。

 道中ちらっと聞いた限りでは、ゴーレムが魔法を使うことはないそうだ。


 そんな風に考えれば考えるほど深みにハマりそうな時、俺はミアさんとの出会いを思い出す。

 彼女が俺を護衛として雇ってくれたのだから、まずはそれを大事にすればいいのだ、と。


「しかし記憶喪失か…。なぁ、折角この時期にここに来たんだから、音楽をやってみねぇか?」

《俺が、ですか?》

「おう、なにか好きなメロディを見つけたら、それがなにかのきっかけになるかもしれねぇだろ?」


 そうなのだろうか?

 でも、今のところ俺には趣味の一つもないから、ちょうどいい機会かもしれない。


 そう考えていたところに、マリウスさんがガシガシと頭を掻いて気まずそうに続けた。


「それに、ちょっとこっちの問題に巻き込んじまうんだが、音楽家の友人ダチがちと悩んでてな。もしかしたらヨロイさんやアムくんとの交流が問題解決のヒントになるかと思ったんだよ」


 なるほど、俺と関わって何が役立つのかはわからないが、それがその友人のためになるというのなら、やぶさかではないな。


「どうだい、御三方」

「私としては構わないですけど、ヨロイさんとアムは?」

「やってみたいで!せっかくやし!」

《うん、試してみたい》


俺達の快諾を受けて、マリウスさんが少しホッとしたように一つ息を吐いた。


「ありがとうよ。じゃあ、ちょっと弟子にそいつを呼びに行かせるわ。その間、工房の見学でもしていくかい?」

「いいんですか!?」


ぱあっとミアさんが顔を輝かせた。

オレンジの髪色も相まって、太陽のようだ。


「おう、ここで暇してるよりずっといいだろ?ミアちゃんも、目利きの勉強になるさ」

「はい、勉強させていただきます!」


ということで、俺達は一流職人の仕事場を見学させてもらうこととなった。

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