2話 女商人「あなたの名前は」

 エテルナ大森林の外れ、遺跡平原と呼ばれるかつての文明の跡地が遠くに覗ける場所まで、私は足を伸ばしていた。


 別にトレジャーハンターではないので、あそこに行くつもりはサラサラない。

 けれど商いで立ち寄った村で気になる噂を聞いたので、安全地帯のギリギリまで来ていた。


「定期的に妙な音が鳴ってたって話だけど、聞こえてこないわね」


 噂によると、この数日のあいだ一定の周期で甲高い音が遺跡平原のほうから聞こえてきたらしい。

 今がたまたま聞けないタイミングという可能性もあるけど、どうしたものかしら。


「うーん、何か商売の種でもないかと思って来てみたけど……」


 そうそう都合のいい話もあるわけないわね、と見切りをつけて村へ戻ることにした。

 あまりこういう人気のない場所にずっと居るというのも危ないし。


「そうそう、こうやって野良のゴーレムに出会っちゃうわけで」


 森に入った瞬間、木陰にそいつがいた。

 こういう時に立ち尽くすのが一番危険だから、全速力で逃げ出す。


 荷物はほとんど無いから、トップスピードは出せる。

 問題はこの場所、森がモリモリしてるせいで、足元が覚束ないったらないわ。


「こういう時は…っと!」


 スリットから太ももに巻き付けている鞭を取り出すと、手頃な木の枝へ巻き付けて振り子の要領で飛び上がった。


「下がダメなら上ってね!」


 樹上からゴーレムを観察する。

 ボロボロの土がなんとか形を保ってるように見えた。

 あれは私が生まれるずっと前から問題になっている野良ゴーレム。

 制御の効かなくなったゴーレムが、人の手に負えなくなってしまったみたい。


 一体くらいならどうにでもなるけど、もたもたしてる内に他のゴーレムが寄ってきたら困るわね……。

 まあ、逃げるのが最善ね。


「よいしょっと」


 鞭を使って木々の間を飛び回っていく。

 この万力の鞭バイス・ウィップは便利な優れモノだけど、扱いには気をつけなきゃいけない。

 繊細な力加減が求められるときに、強く引きすぎちゃうと軽く粉砕しちゃうのよね。


「あっ」


 そうそう、ちょうど今みたいにバキッと行っちゃうわけ。

 ――って冷静に考えてる場合じゃないって!


「きゃあああああ!!!」


 こんなアホらしいことで怪我をしたくない。

 急いで魔法力を練って、着地する寸前で暴風を地面に吹きつけた。


「いたた……なんとか大怪我は避けたってところね。あら?」


 距離を離していたことで油断をしていたのかもしれない。

 土煙が腫れる前に動き出そうとした所で、ズシンと大きな足音が目の前で響いた。


「これは…マズったかしら」


 ドジを踏んだことで自分を責めたくなるけど、今はまずこの状況を打破しなくちゃ。

 ゴーレムが拳を振りかぶった、そこに鞭を巻き付けようとしたところで、一つの影が私とゴーレムの間に割り込んできた。


 それは全身に錆びた鎧を纏った人で、いとも容易く巨大な拳を受け止めた。

 そのままゴーレムをなぎ倒すと、なんと破壊することなく鎮めてしまった。


(どういう魔法かしら、暴走したゴーレムを大人しくさせるなんて)


 普通、ああなってしまったゴーレムは破壊するしかない。

 けれど事実としてあのゴーレムはもう暴れるつもりはないように見える。

 いえ、そんなことを考える前にやることがあるわね。


「ありがとうございましたっ!」


 事態を治めてくれた彼に深々とお礼をする。

「感謝は迅速に、報復はじっくりと」我が家に伝わる家訓である。


 しかしどうにも彼の様子がおかしい。

 なんとなく、何かを言いたいけど言えないように見えるわ。


「大丈夫ですか?」


 私が問いかけると彼は首を横に振った、大丈夫ではないのだろう。

 なにか事情があるのかもしれない。

 なにか助けになってあげたいところだけど、向こうが困っていることがわからないことにはどうしようもない。


 そう考えていたら、彼が手頃な枝を拾って地面に絵を描き始めた。


「寝ていて、起きたら、何にもわからなくなった?……記憶喪失かしら」


 うんうんと肯定する彼を見ながら、彼とどれほど関わるべきかを考える。

 助けてくれた恩と、ゴーレムを圧倒する力、そして記憶喪失と謎に満ちた容貌。

 一つ一つの要因を秤に掛けながら、私はある一つの決断を下した。


「あの、私こう見えても商人なんです」


 だからね、と一呼吸置いて彼に一つの提案を持ちかける。


「もし良かったらですけど……護衛として私に雇われてみません?」


 彼は渡りに船とばかりにブンブンと大きく首を縦に動かした。

 良かったわ、打算も含めてだけれどやっぱり見捨てたくはないし。


「ありがとう、じゃあ詳しい契約内容を話しますね」


 あとで雇用契約書もしたためるべきだけど、とりあえず口頭で説明を始める。


「貴方にお願いしたいのは主に私の護衛。貴方の実力からして報酬は月に50銀冠シルクラウンでどうでしょう」


 そこまで説明したところで、物価の基準もこの人は知らないのでは?と気付いた。

 案の定、報酬についてよく分からないようで、頭に疑問符が浮かんでいるのが目に見えた。


「ええと、そうね……手短に説明すると、月収50銀冠シルクラウンだと、ある程度裕福な暮らしはできます」


 細かい物価については追々説明しましょう。

 と彼に告げて、改めて契約の意思を訪ねた。

 彼はやはり一も二もなく、契約を承諾してくれた。


「ありがとう。では改めて、私の名前はミア・ゴトウィート。今後ともよろしくお願いしますね。ええと……なにか貴方の名前を仮にでもつけたほうがいいわね」


 おそらく彼は名前すらも覚えていないだろう。

 それに、喋れない以上はそれを伝える手段もなさそうだ。

 絵で状況を伝えてきたところを考えると、字も書けないと考えたほうがいい。


「じゃあ、ヨロイさん。あなたの名前は、ヨロイさんよ」


 ヨロイさん、と呼ばれた彼は頭部を明るく発光させた。

 喜んでいる、と捉えていいのかしら?本当に不思議な人(?)ね。


 でもきっとこの出会いは、これからの私の旅路に福音をもたらすだろう。

 私はなんの根拠もなくそう思ったのでした。

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