『世界は、ギャルが見てくれている。だいたい。』
いぬじま こなん
プロローグ 見てるよ、って言われた気がした
あの映像を見たとき、不思議と、世界が少しだけ優しく見えた。
あれは、中学のときだった。
国語の授業で、「表現って、言葉だけじゃないんだよ」って先生が言って、
参考に流してくれた自主制作の短編映像があった。
クレジットもなかったし、どこの学校のものかも説明されなかった。
たぶん、同年代の誰かが作ったものだったと思う。
映像には、一人の女の子が映っていた。
制服姿。黒髪。
教室の窓辺で、風に髪が揺れている。
穏やかな海が見える細い坂道を、ゆっくりと歩いている。
誰かを探しているようでも、何かを思い出しているようでもある。
夕陽の光が、歩いている少女の髪をやさしくかすめた。
黒髪の一房が光に染まって、ほんの少しだけ色づいたように見えた。
セリフはなかった。
カメラは一定の距離を保っていて、顔もはっきり映らなかった。
でも、構図のひとつひとつに、撮っている側の“まなざし”があった。
見てるよ、って。
ちゃんと、見てるよ、って。
カメラの向こうから、そう言われた気がした。
なんでか、ずっと忘れられなかった。
(……自分も、いつか、ああいうふうに撮ってみたい)
それが、自分の原点だったと思う。
◇
数年後。
坂の町にある高校の図書室。
海が見える、小さな図書室。
そこに──彼女がいた。
金髪で、ピアスをつけていて、制服のリボンはゆるくて、
でも、妙に目を引いた。
静かで、何かを諦めているようで、でも強い。
あのとき、映像の中で見た“影”に、どこか似ていた。
名前は、音瀬しずく。
まだ、何も話していなかった。
でも、わかる気がした。
この子は、誰かのことを、ちゃんと見てる。
言葉を使わなくても、伝えてくれる人なんだって。
だから、自分も。
この子を、ちゃんと見たいと思った。
◇
あのときの影が、
今、現実の光の中に立っていた。
──世界は、ギャルが見てくれている。だいたい。
その日から、僕の時間は少しずつ動きはじめた。
──次は、図書室での、ちょっとだけ不思議な出会い。
第1話「図書室のしずく」へ、続きます。
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