『世界は、ギャルが見てくれている。だいたい。』

いぬじま こなん

プロローグ 見てるよ、って言われた気がした

 あの映像を見たとき、不思議と、世界が少しだけ優しく見えた。


 あれは、中学のときだった。

 国語の授業で、「表現って、言葉だけじゃないんだよ」って先生が言って、

 参考に流してくれた自主制作の短編映像があった。


 クレジットもなかったし、どこの学校のものかも説明されなかった。

 たぶん、同年代の誰かが作ったものだったと思う。


 映像には、一人の女の子が映っていた。

 制服姿。黒髪。

 教室の窓辺で、風に髪が揺れている。

 穏やかな海が見える細い坂道を、ゆっくりと歩いている。

 誰かを探しているようでも、何かを思い出しているようでもある。


 夕陽の光が、歩いている少女の髪をやさしくかすめた。

 黒髪の一房が光に染まって、ほんの少しだけ色づいたように見えた。


 セリフはなかった。

 カメラは一定の距離を保っていて、顔もはっきり映らなかった。

 

 でも、構図のひとつひとつに、撮っている側の“まなざし”があった。

 見てるよ、って。

 ちゃんと、見てるよ、って。

 カメラの向こうから、そう言われた気がした。


 なんでか、ずっと忘れられなかった。

(……自分も、いつか、ああいうふうに撮ってみたい)


 それが、自分の原点だったと思う。



 数年後。

 坂の町にある高校の図書室。

 海が見える、小さな図書室。

 そこに──彼女がいた。


 金髪で、ピアスをつけていて、制服のリボンはゆるくて、

 でも、妙に目を引いた。

 静かで、何かを諦めているようで、でも強い。

 あのとき、映像の中で見た“影”に、どこか似ていた。


 名前は、音瀬しずく。


 まだ、何も話していなかった。

 でも、わかる気がした。


 この子は、誰かのことを、ちゃんと見てる。


 言葉を使わなくても、伝えてくれる人なんだって。


 だから、自分も。


 この子を、ちゃんと見たいと思った。



 あのときの影が、

 今、現実の光の中に立っていた。


 ──世界は、ギャルが見てくれている。だいたい。


 その日から、僕の時間は少しずつ動きはじめた。



    ──次は、図書室での、ちょっとだけ不思議な出会い。

  第1話「図書室のしずく」へ、続きます。

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