第5話 ここから
『この日のおにいが本当にかっこよかった』
『何言ってるんだ……』
『だって、ようやく【ひとりじゃない】って思えたんだもん』
――コツン。
いつも通り授業中も誰かがゴミを当ててくる。
先生は見て見ぬふり。
どこまで我慢すればいいのかな。
*
体育はいつも通り誰もペアになろうとしてくれない。
いつも先生と。
こんな私でも一応は笑ってやってくれるから感謝はしてる。
でも、この先生は必要ないのに触ってくるから苦手。
*
……放課後。
ここが一番嫌かも。
今日はすぐにサッと帰ろう……あ。
ダメか。
「かーえーでーちゃぁん♡」
「彼女から連絡あって昨日の続きさせてくれるんだって?」
「また、仲間呼んだから行こうぜー」
――また、あの気持ち悪い音と痛みが始まる。
『もう一人で抱えなくていい』
あ。
そうだった。
ごめんね、おにい。
悪いことばかり考えちゃうからどんどん変えられなくなるんだよね。
「ほーら、また倉庫にいくぞー」
……。
「あ?」
「こっちだって言ってんだろ」
いたい……。
でも……。
「――だ」
「あ?」
「……やだ」
「今更なに言ってんだよ」
「こっち来いよ」
「やだって言ってるの!」
怖くて何も見えない……。
でも、もう終わりたいの。
――ドン。
「いってぇ!!!」
「え?」
「大丈夫ですか?」
「これ、指折れてね……?」
「マジ?」
「あいつがやったんだ」
「先輩を押してたの見た」
え……?
な、なにが……。
ち、ちが……。
そんなつもりじゃなくて……。
「おい、お前ら何騒いでんだ!!!」
せ、先生……。
「小鳥遊さんが暴れています」
「急に押したんです」
み、みんな……?なに言って……。
私が連れていかれそうなのを見てたくせに……。
「見損なったぞ、小鳥遊!」
「お前がそんな奴だったなんて!」
――ギリッ。
私がそんなことするなんて微塵も思ってないくせに。
*
楓はそろそろかな?
校門前だとやっぱ目立つから早く来てほしいな。
――ピーポーピーポー。
救急車か……え?
学校の前で止まった……?
楓……じゃないよな……?
「ねぇ、あれやばくない?」
ん?
学校の子か。
何か知って――。
「まさか小鳥遊さんがね……」
「かわいそうだとは思ってたけどあんなことするなんてね」
――小鳥遊……。
楓のこと……だよな……?
「まさか突き飛ばすなんてね」
「……ちょっと、そこの君たち」
「え……誰……?」
「新しい先生……とか……?」
「今言ってた楓……小鳥遊って人が何をしたのか教えてくれる?」
「え、えっと――」
*
――くそ!
嫌な予感だけは命中するなよ!
職員室はどこだ!
……ここか!
「失礼します!」
「小鳥遊楓の義兄です!」
「楓はどこですか!!!」
「ん?」
「あれ、まだ連絡前なのに」
「過保護なんですねぇ」
――ん?
今、この人何を……。
「小鳥遊さんなら今校長室ですよ」
「普段から誰とも交流せず静かだから何かやらかすとは思ってました」
「あなたがそういう風に育てたんですか?」
待て待て……。
先生……なんだよな……?
「なんです?」
「あなたも人と喋るのは苦手なんですか?」
「あなたの妹が他人を怪我させたというのに何も言えないんですか?」
こいつ……。
「あの、大変失礼なのですがひとつよろしいでしょうか?」
落ち着け。
冷静にだ。
「なんですか?」
「まだ、こちらとしても何が起こったかは知りません」
「たまたま学校の前で騒ぎがあったのを聞いただけですから」
「ただ……」
「ただ?」
「本人の話もまともに聞いていない」
「自身の主観だけでものを言う」
「――そんなの野次馬と同じじゃないですか?」
「な!」
「やはり兄妹そろってろくでも――」
「じゃあ、お前は楓がいじめを受けているのを知っていたか?」
「一度でもいじめに対応してやったのか?」
「さっき別の子からこの学校のこと聞いたぞ?」
「“先生も誰も助けようとはしてない”ってな!」
落ち着け、俺。
落ち着け……。
「自分たちも標的にされたくないから助けないっていうことも聞いた」
「それはつまりこの学校自体が腐って……」
……冷静になれ。
暴言を言えば印象がさらに悪くなる。
楓のためなんだから。
「すーっ……ふぅ……」
「――変だということになりませんか?」
「――ちっ!」
……どっか行ったか。
ともかく校長室に行かなきゃ。
*
――コンコン。
「どうぞ」
……誰か来た。
校長先生のお客さんかな。
誰でもいいや。
今の私には全てが水の底のようなもの。
どうせ誰が来ても責められるだけ。
この学校に私の言葉を信じる人なんて――。
「失礼します」
……え?
この声……。
「はじめまして」
「小鳥遊 楓の義兄です」
お、おにい……?
どうして……。
「これはこれは」
「連絡もしていないのにお早いお着きで」
「どうぞこちらへ」
連絡をしてないのに……?
じゃあ、なんでここに……。
「率直に確認します」
「うちの妹が何をしたというのでしょうか?」
――っ!
嫌われるのかな……。
「ふふっ」
「余計なことを言わない単刀直入な性格」
「私は“大好き”ですよ」
「――さて、結論を言えば彼女が行ったのは暴力行為です」
「暴力ですか」
「では、“具体的には”どのようなことでしょうか?」
――おにいも私が暴れたと思ってるのかな。
「ふふっ、“掻い摘んで”お答えしますね」
「3年生を突き飛ばし骨折をさせました」
――そうだけど、違う。
やったことは間違いないけど……。
でも、今言っても信じてもらえるの……?
「失礼ですが、俺は“具体的に”と言いました」
「まさかとは思いますが、周りの証言や楓の事情を聞かずに決めていませんよね?」
おにい……。
「ええ、もちろんです」
「連絡もしていないのに来るような“庇護欲が強いお兄さん”のようでしたから」
「そんな優しいお兄さんでもわかりやすく早急に説明をしたまでですよ」
なんだろう……。
ふたりとも丁寧なのに怖い……。
「さて、“具体的に”お答えします」
「生徒たちの話によると」
「小鳥遊さんは【遊びに誘ってきた先輩を急に突き飛ばした】そうです」
違う違う違う!
倉庫に連れ込まれるのがイヤだから振り払おうとしただけなの!
「……そうでしたか」
「このままだとどうなるのでしょうか?」
え……。
おにい……?
私を見捨てる……?
「そうですねぇ」
「被害者の親御様とは話をしていませんので具体的には……」
「一般的には慰謝料と退学――でしょうか?」
イシャリョウ……。
お金ってこと……?
私はなんで抵抗なんてしちゃったの……。
また迷惑を――。
「それで?」
「それはあくまでも“周りの話を鵜吞みにした場合”の話ですよね?」
「あなたは楓の言い分を聞いたんですよね?」
「楓は何と言ったんですか?」
おにい……。
まだ信じてくれてるの……?
「――ひっ……」
校長先生の目が……。
さっきまで笑顔だったのに……。
「ふぅ……」
「――お兄さん」
「守りたいのはよくわかりますよ」
「ですが、多数の生徒から報告が上がっているのです」
「失礼ですが、妹さんが嘘を言っている可能性も十分に考えられます」
「感情論だけで許したり罰したりというのは法治国家としても不適切です」
「あなたは賢いお人だと感じますので言いたいことわかりますよね?」
怖い……。
「えぇ、わかりますよ」
「それで?」
「早く楓は何と言ったのか教えていただけますか?」
おにいは――笑顔のまま?
「――小鳥遊さんは“酷いことをされるから逃げたかった”と言っていましたね」
「ですが、いじめられていたという証拠はどこにもありません」
「その為、総合的に見て小鳥遊さんの突発的な行動であると捉えています」
「本人がいる前ですが、あなたが追及したため不躾な点はご勘弁ください」
……校長先生に嘘はない。
おにいもきっと何も言えないよね……。
――ポンポン。
お、おにい……?
何で私をなでるの……?
「――変なことを言いますね」
「“証拠がない”?」
「仮にいじめを認知していなかったとして――」
「“本当にいじめがなかったのか”を調査もせず決めつけるのですか?」
「先ほど法治国家がどうとか言ってましたよね?」
「法治国家ならなおさら調査するべきですよね?」
「それに俺はここに来るときに数人の子から聞きましたよ」
「“標的にされたくないから助けない”って」
ごめんなさい……!
おにいはずっと私を信じてくれてるんだ。
嬉しい……!
「ほう……!」
「そうきますか……!」
……校長先生がまた笑ってる?
なんだか楽しそう……?
「いやはや……」
「これは失礼しました」
「まずは小鳥遊さん」
「あなたの味方になってあげられずすまなかった」
え?え?
「そしてお兄さん」
「よくぞ正確に私を詰めてくれましたな!」
「私の言葉を使い論破する――」
「守る者としての覚悟と度胸をしかと見させてもらいました」
なにこれ……?
「いじめの件はしっかりと調査させていただきます」
「また、数々の非礼をお詫び申し上げます」
「私の立場上、さすがに多数の報告を無視できないものでしてな」
「小鳥遊さんも繊細な心の持ち主のため深くは教えてもらえない」
「そうなるといよいよ庇うのもできなくなってしまう」
「――お兄さんが来てくれたおかげで私の教育者として道を踏み外さない選択ができそうだ」
えっと……。
つまり……助かったの……?
「ただし、私共でできることはあくまでも調査」
「相手がどのような対応を取るのかはわかりません」
「それに怪我をさせたことも事実」
――やっぱり迷惑……かけちゃうんだ……。
「ただ、もし今いじめられたという証拠のひとつでも出せるというなら……」
「全力で小鳥遊さんを守ることもできなくはないかと思いますよ?」
証拠……。
「証拠……ですか……」
「証拠とはやはり映像などですか……?」
「そうなるとさすがに……」
そ、そうだよね……。
さすがにおにいもそこまで……あ。
「楓?」
「何かあるの?」
恥ずかしいけど……。
「ちょ……!」
「楓、どうして脱ぐんだ!?」
「た、小鳥遊さん!?」
「さすがにそこまでする必要は――ん?」
「これは……」
さすがに人に見られるのは嫌だった。
特におにいには見られたくないのに。
……でも、これが私の覚悟としてみてもらえるなら。
「ひどい……」
「これは……打撲――」
「腹部……胸部……背中まで……見えづらい部分ばかり……」
恥ずかしい……。
もう誰からも女の子として見られないってわかってても……。
おにい……そんな辛そうな顔……。
「……小鳥遊さん」
「しかと確認させていただきました」
「女の子が下着姿を見せるのは辛いでしょう」
「さ、早く服を」
……校長先生は私に背を向けてくれる。
きっと、あれが普通の優しさなんだろうな。
――ポロッ。
うぅ……。
涸れ果てたと思ったのに。
だめなのに……。
――ギュッ……。
あぁぁぁ……。
おにい……。
今そんなことされたら……。
「うぁぁ……ぁぁ……」
「今までちゃんと寄り添えなくて……ごめん……」
第6話へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます