S型冒険者ドリー
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本編
S級冒険者ドリーが率いるパーティーは、多くの人々に頼られていた。
彼らはいつものように都市防衛の依頼を受け、辺境の都市に赴いた。
そして、いつものように魔物の群れから人々を守り抜き、賞賛の言葉を浴びた。
「今回も華麗に切り抜けたな」
ドリーは魔物の返り血を拭いつつ、そう言って笑った。
幼馴染のリリーは少し不満げに「貴方はちょっと突出しすぎ」とたしなめた。
「いつもの事だろ? オレが先陣を切って、リリー達が援護する。完璧な連携だ!」
「いつもの事だけど、無茶しすぎって言ってるのよ」
「死んだら死んだで、教会で蘇生してもらえばいいさ」
「もうっ……」
ドリーは幼馴染みの小言をいつものように聞き流し、支給品のミートブロックを齧り、「さあ、首都に帰るぞ!」と宣言した。
ドリーたちは<都市間転移門>を使い、一瞬で首都へと帰還した。彼らは都市防衛依頼の報告をするため、首都の教会へと向かい始めた。
「いつもの事だが……この手の依頼を教会が仕切るのは変だよな」
ドリーは疑問を口にした。
「こういう話って、普通は国の役人がするもんじゃないか?」
リリーは小首を傾げつつ、「国を守っているのは、実質教会だからでしょ」と答えた。
「転移や蘇生の奇跡に限らず、あらゆる奇跡は<シオン教会>が管理している。教会の奇跡がないと国が立ちゆかない以上、都市防衛に教会が関わるのは当たり前でしょ?」
「うーん……。そういうもんかね? <大崩壊>前は違ったと聞くけど……」
「国よりも教会の方が信頼できるでしょ。私達が死んだ時、蘇生してくれるのは教会よ? 生活や都市防衛に必要不可欠な転移門を管理しているのも教会。私達が暮らしていた孤児院を運営しているのも教会。転移酔いで忘れたの?」
「忘れてないさ。ただ、『当たり前』が本当に『当たり前』なのかな……と思ってさぁ」
「はあ……? まったく、最近、色街に入り浸ってるから変な考えがわくのよ」
「だからそれは……!
「はいはい。そういう事にしておいてあげましょう」
そんな会話を交わしながら、彼らは教会の門をくぐった。
都市防衛成功の報告をしようとした彼らだったが、教会の人間に呼ばれ、地下へ案内されることになった。今回の都市防衛に関し、重要な話があるとのことだったが――。
「うッ……?!」
「リリー?」
地下道を歩いていると、リリーの苦悶の声が響いた。
振り返ったドリーの視界に飛び込んできたのは、剣に貫かれたリリーの姿だった。
「リリー!!」
ドリー達を襲ってきたのは教会の人間だった。
最初にリリーが刺殺され、他の仲間達も次々と殺されていった。実力者揃いだったものの、信頼していた人間に不意打ちされてしまっては実力を発揮できなかった。
ただ、ドリーは何とか生き残った。
「くそっ……!! なんでだ!! オレ達が何かしたか!?」
ドリーは負傷しつつ、なんとかその場を切り抜けた。
無言で襲いかかってくる教会騎士を打ち倒し、地下を逃げ続けた。
教会地下は迷宮のように入り組んでいた。ドリーは仲間を殺された悔しさを噛み締めながらも、「まだ蘇生の奇跡がある」と呟いた。
この世界には「蘇生術」が存在する。
身体の一部が残っていれば「蘇生」が可能なのだ。ドリー達はいざという時に備え、互いに血を預け合っていた。それを使えば、リリー達を助けられる。ドリーはそう考えていたが――。
「けど、蘇生してもらえるのか……!?」
ドリー達を襲ってきたのは、明らかにシオン教会の人間だった。
彼らは敵になった。リリー達を助けてもらえるか怪しい状況となった。
一度首都から逃げようにも、都市間の移動に使う都市間転移門も教会が管理している。転移で逃げることすら難しい。そもそも、ここから1人で逃げ切れるかも怪しい。
がむしゃらに逃げるドリーは、行く先からも誰かが来ることに気づいた。
「挟み撃ちか……!?」
来た道を戻っても教会の追手がいる。
ドリーは正面突破を試みる事にしたが――。
「「誰だお前!!?」」
ドリーは叫んだ。
同時に、前方から来た人間も同じ言葉を叫んだ。
2人は酷く動揺したものの、直ぐに互いが追われていることに気づいた。
どちらも教会の追手に追われているのだ。
2人は追われている者同士、咄嗟に手を組んだ。教会騎士達を倒し、何とかこの場を切り抜けた。教会の戦力はまだまだいるが、ひとまず追っ手を撒けたが――。
「「お前は誰だ?」」
地下の一角に逃げ込んだ2人は、警戒を解かないまま声を掛け合った。
「お前何で、俺と同じ顔をしている」
「そりゃこっちのセリフだ……!」
2人の顔は双子のようにそっくりだった。
ドリーに双子などいない。生き別れの兄弟もいない。
お互いに自己紹介すると、2人は揃って「自分はドリーだ」と言った。
「ドリーは俺だ! お前、オレのフリをする魔物か?」
「こっちのセリフだ。けど、ここでオレ達が殺し合っても不毛……だよな?」
「イラつくが同意見だ。お互い、教会騎士に追われているみたいだからな……」
「マジで何なんだ、この状況……!」
「なんでこんな事に……。リリー達を助けないといけないのに」
「リリー達なら、殺されちまった」
「知ってるよ、それぐらい……!」
2人は自分が追われている理由が理解できなかった。
話しているうちに、自分達が置かれている状況もそっくりだと気づいた。
急に教会の人間に襲われた。
襲ってきた理由は不明。問いかけても問答無用で斬りかかってきた。
「お前がオレのフリして、人でも殺したか?」
「そりゃこっちのセリフだよ……!」
一致するのは直前の状況だけではない。
追われ始める前のこと――魔物を倒して都市間転移門で帰ってきたことや、そのさらに前も同じ事をしていたのがわかってきた。幼少期の記憶ですら一致していた。
「お前はオレで、オレはお前って事だ」
「意味がわからな――。待て、誰か来た」
「戦闘準備」
「言われるまでもねえ」
2人で頭を悩ませていると、争う音が近づいてきた。
すると、またしても「
「誰だお前ら!!?」
「話は後だ。3人で切り抜けるぞ!」
彼らは再び手を組み、追手を倒した。
ただ、今度はさらに多くの追っ手がやってきた。
3人は「訳がわからん!」と叫びつつ、さらに逃走を続けた。
「何でオレが3人もいるんだ!?」
「知らん! とにかく逃げるぞ! さすがにあの数はマズい!」
「どこに逃げる!? 教会騎士全員を敵に回して勝てるのか!?」
「無理だろ」
「ああ、クソ……! 色々最悪だが、謎が解けたかも!」
3人のうちの1人が眉間に皺を寄せつつ呟き、「勝ち目があるかもしれん」と言って他の2人を誘導し始めた。
国でも指折りの冒険者が3人集ったことで、ある程度は教会騎士とやり合うことができた。
ただ、数を頼りに攻め立てられるとさすがに体力的に厳しくなっていく。それでもまだ戦えるうちに、3人はある場所に辿り着いた。
「確かこの辺りに……。ああ、多分これだ!!」
「ここって……<都市間転移門>の制御室か!?」
「転移で逃げるのか!」
「違う。戦うんだよ!!」
形勢は一気に逆転した。
転移門から現れた1000人ものドリーが、戦況を一瞬にして覆したのだ。
状況に混乱したドリー同士で同士討ちする場面もあったが、それでも彼らは手を取り合い、教会騎士の群れを倒した。何とか勝利を掴んだ。
転移門を使うことを思いついたドリーは、「このまま教皇を問い詰めに行こう」と言い出した。
「教皇なら、全ての答えを知っているはずだ」
「「「「「どういう事か説明してくれ!!」」」」」
「「「「「何でオレがいっぱいいるんだ!?」」」」」
「その答えを聞きに行くんだよ!! とりあえず協力してくれ!」
国でも指折りの冒険者が1000人近くもいれば、並大抵の戦力では抗えない。
彼らは教会騎士を退けつつ、一気に教皇の所まで侵攻してみせた。
その道中、転移門を使う事を思いついたドリーは、転移門から呼び出したドリーたちに「どこまで覚えているか」と尋ねた。聞いた相手は全員、魔物を倒して首都に帰ろうとしたところまで、全く同じ記憶を持っていた。
「つまり、アレは転移門なんかじゃない」
彼は教皇を問い詰めた。
真相を半ば理解した状態で――。
「都市間転移門の正体は、人間を複製する装置だな?」
1000人近くのドリーに囲まれた教皇は、青ざめながら頷いた。
昔、この世界は迷宮探索業で栄えていた。
迷宮は魔物が跋扈する危険な場所だったが、金銀財宝が眠る魅力的な場所でもあった。多くの人々を惹きつける場所だった。
人々はこぞって迷宮探索に挑んだ。多くの人間が魔物に喰われて命を落としたが、財宝を持ち帰った成功者達の話は人々を再び迷宮へと駆り立てた。
迷宮の主が財宝を餌に人々を集め、その血肉を食らい、力を蓄えているのを知らないまま、人々は財宝欲しさに命を捧げ続けた。
血肉と魂を食らって力を取り戻した迷宮の主は、ある日突然迷宮から這い出てきた。
狼の群れを率いた迷宮の主は、呆然とする人々を食らい、世界を荒らし回った。この事件は<大崩壊>と呼ばれるようになった。
腹を満たした迷宮の主は満足し、他の世界へと去っていった。
しかし、世界には魔物達が残された。辛うじて生き残った人々は、地上を闊歩する魔物達に命を脅かされ、滅亡への道を転がり落ちていた。
「そんな時、教主様が現れたのだ」
教主と呼ばれ、シオン教の開祖となった人物は教えによって人々の心を救った。
さらに魔物に抗うための機構を作り上げ、魔物達から世界の一部を取り戻すことに成功した。未だ全てを取り戻せたわけではないが、人々は魔物に抵抗する力を手に入れた。
その機構の1つが都市間転移門だった。
「都市間転移門は、人々を守るために生まれた。力を持つ戦士達が……冒険者達が、一瞬で都市間を移動することで、不足している防衛力を強化するために……」
「何が転移門だ」
ドリーは吐き捨てるように言葉を続けた。
「実際に行われているのは『転移』ではなく、『複製』だろ?」
「あ、あぁ……。そうだ。その通りだ」
転移技術はまやかしだった。
その正体は複製技術だった。
都市Aから都市Bへ移動したい。そんな時は都市Aにいる人間を装置で写し取る。
身体や装備、さらには記憶まで写し取る。
そのデータをそっくりそのまま都市Bで出力する。
それによって「一瞬で都市間転移を行った」ように見せかけていたのだ。
何もかも同じ人物を出力しており、本人たちも「転移している」と思い込んでいたため、すぐに問題が表面化せずに済んだ。
真実を知らなければ、それは「転移技術」だったのだ。
「教主様は都市間転移門を始めとし、様々な技術を人類にもたらした。おかげで我々は滅びず、魔物の脅威に抗えているのだ」
「なるほどね。でも、大事なことを言ってないな?」
ドリーは教皇に刃を向け、問いを投げかけた。
「転移前のオレ達は、どうなった?」
「…………」
「言え!! 殺されたいのか!?」
「け……消した」
コピー元の人間は殺処分。
そうしなければ「転移」のカラクリがバレてしまう。
同一人物が何人も存在していると、民衆は大混乱に陥る。
転移を利用した人々は、今まで何度も処分されてきたのだ。
「あ、あぁ、だが心配しないでくれ! 元の身体もちゃんと有効活用してる!!」
「そういう問題じゃねえ!!」
「よくもオレ達を騙したな!?」
「オレ達が狙われたのは、問題を隠すためか!」
本来、同じ人間は「1体」しか存在してはならない。
そうしなければ本人が混乱し、社会全体も乱れる。
システムは完璧だったはず。いや、完璧でなければならない。
しかし、転移門技術にエラーが発生し、複数の「ドリー」達を作ってしまった。依頼をこなして帰ってきたドリー達のパーティーを間違って何人も作ってしまった。
都市間転移門技術を管理している教会側は、それに気づいて慌ててドリー達を殺そうとした。こっそり殺して、あとでもう一度「新しいドリー達」を作ればいいと考えて――。
「何でこんな事に……」
「転移……というか、複製技術が壊れたのか?」
「教主様が……異世界に渡ったきり、帰ってこないのだ! それきり、誰も都市間転移門の整備が出来なくなって……! 門の修理など、あの御方以外に誰も――」
「間違って『オレ』を何人も作っちまった、と」
「あぁ、お前達までは問題は起きず――」
「嘘つけ。オレ達の前にもいたんだろ」
「…………」
「教会騎士は、前から火消しをしてたんじゃないのか? オレ達を狙ってきた時、全く迷いがなかった。手慣れてるみたいだったぞ」
教皇はさらに顔色を悪くし、黙り込んだ。ドリーの1人が倒した教会騎士の兜を剥ぎ取った。どの兜を外しても、出てくる顔はそっくりだった。
「お前、問題を揉み消すためにも『転移門技術』を使ったな?」
「し……仕方なかったのだ。これが公になると、国が滅びる。魔物達に勝てなくなる!!」
「最初から、お前らだけ使ってれば良かったんだ!!」
「そういえば教会のお偉いさんは転移門使わず、護衛つけて都市間の移動してたなぁ。オレも護衛依頼受けた事あるぞ」
「外道! 嘘つき!!」
「ち、ちがっ……! 私も被害者なのだ! 全ては、教主・メフィストフェレスが――」
「死ねえッ!!」
「おい待て、殺すな――!」
怒り狂ったドリーの1人が、教皇を刺し殺した。
そこから堰を切ったように、他のドリーたちも刃を振るった。まだ冷静な方のドリーは「聞かなきゃいけない事がまだあったのに……」と呟き、天を仰いだ。
「あと、オレも一発殴りたかった……」
「気にするな。蘇生すれば何度でも殺せる」
「オレ達ならシオン教会に勝てる! 蘇生装置もこの勢いで占領しにいくぞ!!」
「リリー達を……オレの仲間を蘇生しないと!」
「違う。オレの仲間だ!!」
「オレ同士で争うな!」
「本物のオレって誰なんだ? 誰がオレなんだ?」
「と、とにかく、蘇生装置を押さえに行こう! 話はそれからだ!」
彼らは敵を倒しつつ、教会の蘇生装置を押さえに走った。
教皇すら殺せた彼らにとって、それは容易いことだった。
「ここだ! 蘇生装置はここだ!」
「まずは仲間の蘇生だ! まともな味方を増やそう」
「「「「「おう!」」」」」
ドリー達の意見は一致した。優先すべき命は皆同じだった。
騒ぐドリーたちの中で、1人のドリーが呟いた。
「この装置、さっきのと同じじゃね?」
<Swampman型冒険者ドリー おわり>
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