027
僕は大ビルにうまく着地すると、一緒に飛ばされたアサシンも丁度僕から五歩手前で着地した。
「あいつ無茶苦茶だな、どう思うよ?」
「大変面白い方」
アサシンは出会った時と同じように、短く答える。うーん、どうもこいつを殺すには幾分気持ちが入らない。実はアイアンニートに操られていて、本人は何もしたくありませんでした。的な展開を僕は期待しているんだけど。
「お前はさ、アイアンニートに何も命令されてないけど、僕と戦うの?」
「戦う? 何を仰っているんです? 私達はここであの二人の戦いを見るのではないでしょうか? どうやらアイアンニート様もそのようですし」
アサシンは下にいる者たちを見下しながら言った。
覚醒した僕は何かと宇宙人の殺気も察しれるようになっている。なので今のアサシンから殺気は感じられない。それが如何に暗殺者でも覚醒後の僕の前では殺気は隠しきれないだろう。
アサシンに見習い素直に大ビルの屋上から交差点に立っている両者の戦いを見物することにした。
ここからなら安全だし、声も聞こえるし、視力も上がって暗闇の中何をやっているのかも検討がつく。
二人は両者お互いに見守ったまま動こうとはしない。そんな沈黙を破ったのがアイアンニートだった。
「あの特異体をうまく逃がしたようですね」
「私は逃げるのも得意じゃが、追いかけ回すのも得意じゃぞ」
「貴女は昔そんな下劣な性格じゃなかった。貴女は破壊だけを好んだ。その姿に魅入った。そして私も貴女に近づく為に美しさを極めた。なのにどうして貴女は、こんなにも落ちぶれてしまったのです?」
どうやらアイアンニートは一時期アンリを慕っていたようだが、アンリが破壊を好んでいたと言うのは興味深い。確かにあいつは最初にあの火の海を見た時に心が躍るなどと体には会ってない狂気の沙汰と言わんばかりの発言をしていたしな。
それもあってか、最初アンリを少し信じられなかった。
「落ちぶれるも何も、私は美しいものが好きだ。花が好きだ。景色が好きだ。読書が好きだ。音色が好きだ。会話が好きだ。踊りが好きだ。生物が好きだ。ふれあうのも好きだ。そしてそれらを創り、育む人間が大好きだ。だからそれらを摘み取り、否定し、殺し、全てを破壊しつくすことだけが何にも美しいとは思えんようになった。私は種の繁栄、進化を傍から見続けることで、長く美しさを見出すことにしたのじゃ。例えそこに破壊から生まれる創造が含まれていたとしても、私はもう何も感じんわ。ま、こんなことを言ってもお主には理解しがたいじゃろうがな」
アンリのねじ曲がらない思い。僕と会った時から寸分変わらず、胸に刻んでいるんだろう。いや寸分変わらずは言いすぎた。会った時と違って、もっと美しさを共感することを重んじているのが共に生活するようになって分かる。
「理解したいとも思いませんね。もう彼方の言葉に耳を貸す必要もないようだ」
アイアンニートはハンドガンの引き金に指を入れて、曲芸のように回し始める。誰に見せつけているのでもなく、銃を使う前の儀式なのか、右手で回しながら持ったり、いつの間にか左手に持ち替えていたりして、最終的には格好をつけてハンドガンをこちらに向けた。
「おー、すごいすごい」
アンリは呑気に拍手をする。
「彼方は武器は使わなくていいんですか? 私のハンドガンの前に倒れてしまいますよ?」
「私を倒したいならばシルバーブレッドではなく、こいつを持ってくることじゃの」
アンリは自らの長く白い髪の毛の中に手を入れ、何やら探っているように見える。
「あれ? おかしいの? 確かここら辺に、おっ、あったあった」
間の抜けた言葉を発しながら、髪の毛の中から引き出て来たものは、銀色に染まった鞭であった。
その鞭は持ち手が黒色で鞭の部分が銀色に光っている。ただ光っているのは光の反射とかではなく、実際に発光しているのだ。夜の交差点を照らしだし、アンリの腕が動く度に相手を捉えようとする蛇のように動いている。
「この鞭がアンゴルモア家に代々伝わる鞭じゃ・・・」
「そうなのか?」
僕は屋上からアンリに訊ねる。
「すまん、嘘をついた」
「嘘かよ! 何で思わせぶりなことを今言ったんだよ!」
「興が乗っただけじゃよ。やはりドラキュラと言えば設定はこうじゃろうと思っての、後、こんなのもあるぞ」
そう言ってアンリは胸の谷間の中からジャグリングナイフを一本取り出す。それをトランプカードのマジシャンのように広げると、右手に持っているナイフが五本に増えていた。
そして右手に集中していて気づかなかったが、左手にも五本ナイフを持っていた。
「後一つあるのじゃが、それはお主をオーバーキルしてしまうために出すのはやめておいてやろう」
どうやらアンリの武器はナイフと鞭と後一つ何か隠しているらしい。そもそもその武器でどうハンドガンに対処するのであろうか。
「出し惜しみなくしたほうがいいですよ、私、本気で行きますから」
「出し惜しみしないと、一瞬で片をつけてしまうのじゃ」
「ではやってみなさい!」
アイアンニートは高らかに叫んで、ハンドガンの引き金を引き、四発撃った。その弾をアンリは鞭を一回振って、全て鞭の中に収めてしまい、そのまま勢いを殺して、弾丸は甲高い音と共に地面へと落ちた。
「それだけかの?」
「それだけじゃないですよ!」
不敵に笑うアイアンニートの顔を見て、己の後ろから風を切りながら迫りくる音に反応する。僕はアンリとは違うところを見ていた。地面に落ちた弾丸だ。弾丸は三発しか落ちていないのだ。後一つは、どこへ消えたのか。それがアンリの後ろから迫っている。
アンリの対応策は自分の後方へ、右手に持っているナイフを全部投げて相殺させようという魂胆だ。だが、弾は弾道を変えてナイフとは相殺せずに、目にもとまらぬ速さでナイフの合間を縫ってアンリの目と鼻の先で消えて無くなった。
「な、何をしたんです!」
僕の心の中を代弁してくれるアイアンニート。一瞬のうちの出来事過ぎていくら覚醒している僕でも現状把握が難しい。
「ん? 貴様には見えぬか?」
見えないと言われて、目を凝らしてアンリを凝視してみる。するとアンリの姿が妙にぶれて見える。もっとよく見れば、手に持っている鞭が微動だが動いている。
あれはアンリが目にも止まらぬ速さで鞭を振りまわしいていると見ていいのか。
「それでは、こちらも攻めさせてもらうぞ、と言う前にもう終わっているんじゃがな」
「はえ?」
アイアンニートが自分の体を見た時には両手首、両足首、そして喉に、消した弾を相殺するために投げたナイフが突き刺さっていた。アンリが鞭を回して弾を消したと同時に、投げたナイフを鞭で掴んで目に見えぬ速さで刺していたのを上から見学していた僕は理解していた。
「い、いつの間に」
「それさえ解らなければ、私を倒すなど片腹痛いわ」
鞭を高速で回すのをやめて丸くまとめる。
直後、アイアンニートは倒れる。決着が早一分も経たずについてしまった。もしもアンリが第三の武器を出していたならば、どうなっていたことやら。
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