015

 暗い闇の中に一人、椅子に座りながら狐面の男がカメラの奥を見つめていた。カメラの上にあった赤い光が無くなったことで、ようやく見つめるのをやめた。


「どうやら、最後までうまくいかなかったようですね」


 フードで顔を隠した人物が、今の今まで楽しそうに演説をしていた狐面の男に話しかける。


「えぇ、鼠が走り回って、導火線を噛み切ってしまったようですね。まったく、お楽しみはこれからだったと言うのに」

「ですが、私にはどこか楽しそうに見えますが?」


 狐面の男は椅子から立ち上がり、ネクタイを少し緩めてから、フードで顔を隠した人物の方へ歩いて近寄る。


「もちろん、あんな光景を見るのは久しぶりです。それに成果は得られたようですしね」


 フードの人物の横を過ぎ去って、演説する前に立っていた窓まで歩いてゆき、下を見下ろす。そこには三つの黒煙を立ちあげている復興都市の大交差点が見えていた。


「そういえば、あなたの方はうまくいったようですね」


 一度振り向いて、フードを被っている人物に訊ねる。 


「はい、任務はこなしました。次の任務に向かいます」


 フードの人物は短く答えて、黙ってしまう。まるで問答するためだけの機械のように。


「よろしいです。それでこそアサシンですね」


 男はまた下を見て、一度身震いをして、頬を釣り上げ、うっとりとした表情になる。


「エクセレント! これですよ! これが私の望んだ日常! それにAを持つものを一人葬れた! これで私、アイアンニートも名が上がりますよ。あなたも、私と同じならばこの気持ちは理解できるでしょう?」

「はい、アイアンニート様の胸中はひしひしと伝わります」

「そうでしょう、そうでしょう。では共に見ましょう、この日常を」

「はい」


 男が不敵に交差点を見下しながら笑う中、フードを被った人物は三つ目の黒煙が立ち上る場所に立ちつくしている、少年か少女か分からない人物を見つめていた。


 その少年少女か分からないのは今回のターゲットだった人物。その人物に興味を引かれていた。


 二人が下を向いている時だ、ふいにこの部屋全体の温度がぐっと下がったような気がした。


「な、なんだ、この寒さ」


 アイアンニートは急な寒さに高揚感の身ぶるいとはまた違った身震いをする。アイアンニートはこれを知っている。悪寒と言うやつだ。


 何かが見つめている。視線を感じる。憎むような視線だ。今この状況をすごく憎んでいて、アイアンニートがここにいることを知っている人物が憎悪の視線を向けている。


 フードを被った人物も同じく悪寒に震えていた。しかし部屋を見渡すアイアンニートとの違いがあった。ずっと下を向いている。さっきまで見ていた交差点から目を離せなくなっているようにも見えた。


 アイアンニートはそれがこの現象の答えに近づくと思い、視線の先を追った。そこには今まで感じたことのない妬みの塊がこちらを見つめていた。


「一体・・・何なんだあれは」


 アイアンニートは求めていない恐怖を感じたのだった。




 ふと、僕の中の何かがふつふつと湧きあがって来ていた。この感情は知っている、一度ならず何度も感じたことがある。人間でなくても感情を持つのならば誰もが一度は発したことがある感情。


 怒りだ。


 あの狐面の男。あいつの中にいる侵略者に対しての怒り。その怒りが理性、いや僕ごと飲みこもうとしている。このままじゃまた僕が僕じゃなくなりそうだ。駄目だ、怒りに飲まれてしまっては駄目だ。あの時教訓を得たはずだ。力に飲まれるなと。


 アンリに教わった。


 でもそのアンリはもういない。いないんだ。


 ふいに視線を感じた。


 僕はゆっくり、視線を感じた方を向くと、二人の人物がビルの何十階か当たりの部屋から見下ろしていた。その片方はこの怒りをぶつける相手であった。


 そいつはフードを被った方割れと何やら喋りながら笑っていた。そうあの映像の時と同じように笑っていたんだ。この状況を楽しんでいる。


 アンリを殺して、人を傷つけて楽しんでいる。


 そいつを目に映らせて、感情に飲まれずにいられるか? それは僕の理念に反する。あいつらを殺したい、どうやって殺そうか、殴るだけじゃ足りないな。蹴ってもたりない。捻り千切っても足りない。貫いても足りない。砕いても足りない。絞めても足りない。撃っても足りない。焼いても足りない。毒でも足りない。木っ端微塵にしても足りないであろう。


 僕は、僕の欲求を満たすまで、奴らを殺しまくる。停止装置を破壊され、止まらない暴走列車のように、一体、また一体と。


 それはアースクラッシュ時の僕だろう。今の僕は違うあの時アンリとの約束だ、人間として屠る。落ち着けと。冷静になれと。怒れる感情的な僕を、理性的でアンリの遺志を継いだ僕が抑え込む。


 肩で息をしながら、この衝動を目力にし、奴らを睨みつけた。それと同時に写真を撮ってやった。


 記憶と記録媒体に残る奴らの顔は恐怖を感じたような顔であった。

 

 そこから何分経ったか知らないが、救急車が来て僕を強制的に病院へと連れて行くまで、アンリがビルの間から姿を現すことは無かった。

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