第28話

 北を目指す道中、兵士は消耗していった。

 約60人から50人に兵が減って1人1人のやる事が増えた。

 街の宿屋に泊まれず野営のみ。

 外は王都より寒く雪で地面が白く染まっている。


 俺はマインの回復をしつつ、兵士の肩に乗りみんなを回復させる。

 マインの見回りとモンスター狩りが終わる。

 いつものようにマインが眠る。

 俺もエリスの胸元に入ると睡魔が襲ってくる。



 夢を、見ていた。

 エリスの住んでいた城にルナが立つ。

 生れたままの姿でルナが媚薬風呂に入る。

 ルナの瞳には光が無い。

 そして風呂を出ると邪神が言った。


「実に良い体だね、淫紋を刻んであげるよ」

「はい」


 邪神がルナのへそ下に手を当てる。

 するとうっすらと淫紋が浮かび上がった。


「淫紋が完成するまで女にすることが出来ない。必ず処女は守るんだよ」

「はい、邪神様」


 淫紋がなじむまでに処女を失うと定着が悪くなる。

 ルナは毎日邪神に言われた通りに過ごした。

 媚薬風呂に入り、決められた食事を摂り、決められた時間にベッドに入る。

 

 ルナは祈るように両手を合わせて邪神に言った。


「邪神様、私を救ってくださるのですよね?」


 その瞬間、ルナの目に少しだけ光が宿った。


「救ってあげるよ。後3日ほど、淫紋が完成して僕によって女になる。その後に魂を差し出せば救ってあげよう」

「ああ、邪神様、どうか私を救ってください」


 ルナが涙を流した。




「きゅきゅう! (後3日だと!)」


 エリスの胸元で起きるとノワールとプリムラが俺を見た。


「あん! 急にビクッと起きたわね」

「クエスは時折トランス状態に入りますわね」


「クエス様、後3日とは?」

「きゅきゅう(後3日で邪神の適合者の淫紋が完成する)」


「後3日で邪神の適合者の淫紋が完成しますと言っています」

「いけません、いけませんわ、適合者が女になる事で邪神は力を増しますわ! 歩を早める必要がありますわね」


「クエス、他に気づいた事はある?」

「きゅきゅう(ルナが居たのはエリスの城だった)」

「ルナが居たのはエリスの城でした。と言っています」


「城が、邪神に占拠されていますわ、厄介ですわね」


 急いでルナの実家である北の辺境へと向かった。



 2日が経ちエリスが住んでいた町の入り口付近にはキャンプ用のテントがあった。

 ラムザが手を振りながら近づいてくる。


「みんな、元気そうだね」


 ラムザは笑顔だったが少し痩せていた。

 そして装備が傷んでいて周りにいた兵士も疲れているようだった。


「きゅきゅう(ラムザ、ボロボロじゃないか)」


 俺はエリスの胸からジャンプする。

 ラムザの頭に飛び乗った。


「きゅきゅう(回復するぜ)」

「ん? 僕も会えて嬉しいよ」

「きゅきゅう(違う、まあいいや)」

「すぐに炊き出しを始めますわ。お話は食べながら」


 ノワールがやつれた兵士を見てたくさんの食事を用意した。



 ◇



【邪神視点】


 脚だけが獣の形をした信者が頭を下げる。


「街の入り口付近にいた敵に王都の援軍が合流しました」


 後1日でルナを女にする事が出来た。

 淫紋がなじむまで処女で無ければ定着が遅れる。

 何と間の悪い事か。


 今まで子供に紛れて街に溶け込んできた。

 全てうまく行くはずだった。

 ルナとエリス、両方を手に入れることが出来るはずだった。

 だが我の動きが察知されている?


 うまくいくはずだった策がことごとく失敗してきた。

 聖獣の勘か?

 王都で聖獣の夢は予言と言われている。


 どこまで読まれている?

 少なくともこの街を支配するまでは順調だった。

 もし聖獣に予言で何でも見抜く力があれば我は滅ぼされていたはずだがそうはなっていない。


 動きが不可解だが、最近になってから聖獣が力を増したのか?

 この街と城を手に入れる為に信者に加護を与え魔獣を復活させた。

 その代償として我は力を失っている。

 我の陣営と向こう、強いのはどっちだ?


 牛の魔獣は弱体するまで追いつめられた。

 ネズミの魔獣は肉体を滅ぼされた。

 ドルイドはあっさり殺された。


 我の陣営が負ける可能性がある。

 そして邪神教の存在が隠しきれなくなっている。

 ちょろちょろと街を嗅ぎまわる人間どもめ。

 隠れて力を取り戻した後一気に全滅させる予定だったがそこに聖獣が合流した。


 状況が変わったか。

 駒を前に出す。


 少しでも我が肉体を失う可能性があれば駒をおとりにして逃げる。

 そして隠れて機を伺う。

 せっかく復活した体だ。

 ここで失うわけにはいかん。


「邪神様、入浴が終わりました」


 ルナが媚薬風呂から上がる。


「我は」

「我?」

「いや、言い間違えてしまった。少し邪魔が入ってね、街の入り口に王都の兵士が集まっているんだ」


「王都の兵士、ですか」

「うん、それで、少し後ろから援護をしてきて欲しい」

「私が、ですか?」


「直接戦う必要は無いよ。ただ、味方がやられたらを使って逃げて来ればいい、それだけでいいんだ」

「分かりました。邪神様、もう少しで私を救ってくださるのですよね?」


 すがるような目でルナが言った。


「そうだね。約束しよう」

「安心しました。では、行ってきます」


 口角を釣り上げてルナを見送った。


「牛、馬、出てこい」


 牛の魔獣と馬の魔獣が姿を現す。


 馬の魔獣は首から下が人間、首から上が馬の魔獣だ。

 2体の魔獣が邪神の前で跪く。


「子供の真似事は疲れる。早く力を取り戻したいものだ。今の我はお前らよりも弱い」

「エリスを手に入れられず、申し訳ございません」

「ふん、その通りだ。牛、お前がだらしないのがすべての原因だ」


 馬の魔獣がバカにするように言った。


「俺で無理ならお前にも無理だった」

「ほざくなら結果を出してから言うのだな」

「それは貴様の事か?」

「なんだと!」

「今は黙れ」


「「……申し訳ありません」」


「牛、次の戦い、勝てると思うか?」

「……いえ、難しいでしょう」

「お前は死にかけて戻って来たな」


「はい、申し訳、ありません」

「我は怒っているわけではない。むしろ警戒する相手が分かった。その点だけは褒めている。馬、お前はどう思う?」


「牛には無理でも、私なら余裕で倒せます」

「だそうだ、牛、どう思う?」

「馬は奴らと戦ったことがありません。バカなこいつには今の状況すら分からないのでしょう」


「何だと! 逃げ帰ってきた分際で!」

「戦ってみれば分かる。あの聖獣の恐ろしさが貴様には分からんのだ! お前は実力で俺に劣り頭も悪い。それすら分からんか!」

「牛、馬、黙れ」


「「申し訳ありません」」


「分かっていると思うが、一番大事なことは我の肉体だ。ルナを失っても、牛か馬、両方の肉体を失ってでも我だけは守れ」

「「心得ております」」


「決めた、2人隠れて戦いを見学して来い」

「行ってまいります」

「……はい」


「馬、隠れて見ているだけでは気に入らんか?」

「いえ、ご命令のままに、行ってまいります」


 ルナの後ろから牛の魔獣と馬の魔獣が追いかける。

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