第17話
「みんなお疲れでやんすね。特に聖獣は眠そうでやんす。どうしたでやんすか?」
ネズミの魔獣が揃って邪悪な笑みを浮かべた。
「そ、そんな、もう、魔力が残っていないわ」
エリスは魔力切れだ。
「プリムラ、戦えますの?」
「長くは持ちません」
「わたくしもですわ」
プリムラもノワールもスタミナが残っていない。
そしてプリムラは回復魔法を、使い切っているんだろう。
兵を見てみる。
近衛は命だけは助かったが魔獣によって死にかけた。
まともには戦えないだろう。
兵士も皆疲れている。
それもあるが恐怖で疲弊している。
座っていたラムザがゆっくりと立ち上がった。
そしてネズミの魔獣の前に立ち剣を構える。
その剣は、疲れか、恐怖か、そのどちらもだろう、震えていた。
「僕は、クエスに、強くなると約束したんだ。皆は逃げて欲しい」
「無茶だ! 殺されに行くようなものだ!」
王が叫ぶ。
「震えているでやんす」
「ああ、怖いさ」
6体のネズミの魔獣がラムザを取り囲んだ。
「なぶり殺しにされるだけでやんす!」
6体のネズミの魔獣がラムザを一斉に攻撃した。
後ろから槍を投げられ背中を刺された。
「がああ!」
「このままなぶり殺しでやんす!」
周りのみんなが助ける為に駆け寄る。
「おっと! 邪魔はいけないでやんす!」
ネズミの魔獣が助けを妨害する。
「怖いでやんすよねえ? 逃げたいでやんすよねえ? 人間は弱い生き物でやんす! 小便を漏らしながら逃げ出すでやんす! そうすれば助けるか、後ろから刺し殺すか選んであげるでやんすよおおおおお!」
「ぐあああああ!」
ラムザが攻撃を受ける。
何かを忘れていて思い出しせそうな感覚があった。
「はあ、はあ、はあ、怖いよ、逃げ出したいよ。でも僕は皆を守る! 逃げたりしない! あの時そう決めたんだ!」
ラムザの言葉を聞いたその瞬間。
クエスの想いが、
記憶が流れ込んできた。
◇
クエスは気づけばそこにいた。
でもなぜ気づけばそこにいたのか、そんな事は気にしてもいなかった。
小さな街に住む男の子、ラムザ・ライルとは気が合った。
パンを貰って、一緒に遊んで、ラムザの頭に乗るようになった。
そしていつもラムザと一緒にいるのが当たり前になっていた。
ラムザは父と街道を歩いていた。
隣町に用があるらしい。
でもクエスは何の用事か覚えていない。
そんな事は何も気にしていなかった。
いつもラムザと一緒にいるのが当たり前、
ただそれだけだった。
街道にたくさんの盗賊が現れた。
冒険者の父が剣を抜いて言った。
「逃げろ!」
「で、でも!」
「お前がいると邪魔だ! 本気で戦えない!」
ラムザは必死で街に走った。
そして街のみんなに泣きながら盗賊の事を知らせた。
その日の夜。
父の冒険者仲間が家に来た。
「ラムザ……すまねえ! これしか取り返せなかった!」
父の形見の剣。
ラムザはそこで父の死を知った。
ラムザは皆の前では泣かなかった。
でも、家に帰り、クエスを抱きしめてベッドで泣いた。
そして次の日にラムザがクエスを抱いて言った。
「クエス、僕、あの時、盗賊が来た時、怖かったんだ」
「……」
「父さんなら、大丈夫だと思っていた。でも、僕が自分で動かなきゃいけなかったんだ」
「……」
「でも、今の僕には力が無い」
「……」
「……もう、逃げないように、逃げなくてもいいくらい、強くなれるかな?」
「きゅう(大丈夫)」
クエスはコクリと頷いた。
「約束するよ、僕は、強く、つよくうう、なるがらあああ!」
ラムザが号泣する。
そのラムザに、クエスはそっと寄り添った。
その日からラムザは変わった。
クエスはその時決めた。
『僕がずっと一緒にいて助けるよ』
ラムザは冒険者に剣術を習いに行った。
毎日毎日習いに行った。
ラムザの父は冒険者でみんながその仲間。
街の冒険者は喜んで協力した。
冒険者の顔を見て分かった。
ラムザの父に無理をさせたのか、それとも助けられなかったせいか、負い目を感じているようだった。
でもクエスはそんな事、気にしてもいなかった。
ただラムザを助ける、その事だけを考えていた。
街の冒険者、その全員がラムザに教えられるすべてを教えた。
「剣はこう振るんだ!」
「はい!」
「違う、腕だけで振るな、全身の力を剣に伝えるようにこう」
「はい!」
「脚はこう踏み込め、もっとタイミングを合わせろ。子供の頃に変な癖は出来るだけ直せ! レベルアップしても後から苦労する!」
「はい!」
ラムザは毎日狂ったように剣を習った。
回復魔法、防御魔法、攻撃魔法、覚えられる事は何でも教えて貰い吸収していった。
疲れるといつもクエスがそばにいた。
クエスはずっとラムザを癒し続けた。
損得勘定は何も無く、ただラムザを助けたかった。
助けられるのが嬉しかった。
そうか、クエス、お前はそんなに前からずっとラムザを助け続けてきたんだな。
気づかれる事のないほどの微量な治癒力アップ。
それをずっと続けてきたんだ。
遊んでいただけじゃなかった。
ラムザの頭の上で満足そうに寝ているのはいつも疲れていたからだ。
いつも魔力を使ってラムザを助けようとしていたんだ。
ラムザは助けられる人なら誰でも助けた。
報酬が出なくても助けた。
毎日疲れるまで動き続けた。
ラムザがモンスターを倒した後クエスを手に持って撫でる。
「クエス、お疲れ様」
ゲームでモンスターを倒すとよく聞くセリフ。
ただの赤ちゃんプレーではなかった。
クエスが自分を癒し続けている、
ラムザは知っていたんだ。
ラムザが子供の頃に父を亡くしてるのはゲームで知っていた。
でも、今までなぜこんなに人を助け続けるのか考えてもいなかった。
ラムザは助けられなかった父の代わりにみんなを助け続けている。
でも、どんなにみんなを助けても父を助ける事なんてできない。
それは一生消える事の無い呪いだ。
ラムザは、後悔する事で強くなった。
ラムザは一生消えないトラウマ、その呪いで強くなった。
ゲームではみんながラムザを褒めて讃える。
でもラムザは天才ではなかったんだ。
ただ、子供の頃から何でもやってきた。
ラムザは早く大人になるしかなかったんだ。
狂ったように人を助け続けて努力を続けてきた。
もう誰も失わない為に。
怖くて逃げ出さなくてもいいように。
ラムザの攻撃モーションの早さ、チートのような万能の力。
ラムザはレベルアップをする前から力を積み重ね続けてきた。
それが分かった。
記憶が流れ込んできた後、暗闇に包まれた。
目の前には光り輝くクエスが俺に前足を差し出す。
「俺と一緒になりたいのか?」
「きゅう(そうだよ。一緒にラムザを助けよう)」
俺はお前のようにきれいな存在じゃない。
善意もあるけど嘘をつくし嫉妬だってする。
俺は転生してからラムザに、
嫉妬していた。
俺が皆を助けてもその未来にあるのは俺ではなく、ラムザとヒロインの誰かが結ばれるハッピーエンド。
俺はそれが嫌だった。
ラムザがエリスに近づくだけで気に入らない。
俺はそういう人間だ。
善と悪を持ったただの人間。
いや、欲望の強い人間だ。
俺は今までラムザを助けていると思っていた。
でも、転生前のクエスと比べたら俺は何もしていないように思えた。
きれいなお前の心に触れると自分の黒さが引き立って見える。
本当は前からクエスの声が聞こえていた。
でも、心の奥底まで触れ合う事が出来なかったんだ。
自分の黒さと、弱さと向き合いたくなかった。
「クエス、俺は嫉妬するし企む人間だ、それでも一緒になっていいのか?」
「きゅきゅう? (うん、僕と同じでラムザを助けたいよね?)」
「ああ、今、その想いだけはクエスと一緒だ」
俺はクエスに手を伸ばした。
俺とクエス、2つの想いが混ざり合って1つになる。
現実に引き戻される。
震えて剣を構えるラムザが攻撃に耐えている。
ネズミの魔獣が取り囲んでラムザをなぶり殺しにしようとしていた。
周りのみんなは助けようと動いてはいるが絶望感に支配されている。
前に出た者から攻撃を受けるゲーム、ネズミの魔獣は意図的にその状況を作っているのだ。
やめろ。
ラムザをなぶり殺しにするな!
動け、今すぐに!!
俺はエリスの胸元から飛び出してプリムラの元に走った。
「きゅきゅう(出口の門を兵士と一緒に塞いでくれ)」
「でも、ラムザが!」
「きゅきゅう!(今だけでいい! 俺を信じてくれ!)」
「分かった」
「きゅうきゅう! (白き叡智なる手!)」
白き叡智なる手を地面に弾いて素早く飛ぶ。
ラムザの頭に着地した。
そしてラムザが剣を振る邪魔にならないように背中に素早く移動した。
「はあ、はあ! クエス! 危ないよ!」
「きゅきゅう! (うるせえ! 黙って助けられろ!)」
クエスと俺のスキルが融合している。
その力をラムザに送りこむ。
ラムザが白く輝いた。
傷を癒し、魔力を癒し、疲れを癒す。
「何と神々し光だ!」
王が驚愕する。
ラムザがどんどん回復していく。
そして同時にラムザを強化している。
クエスと融合して魔法をどう使えばいいかが分かる。
今までの俺はラムザを癒せていなかった。
そう感じるほどに魔法の力が上がっている。
何年も続けてきた補助の力、それがクエスの本当の力だ。
「これなら、まだ! まだ戦える!」
ラムザが剣を振りかぶった。
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