蛇と龍 (上編)

@lovejoy3753

第1話


  龍が進化すると鳳凰(ほうおう)になり

    さらに、進化が進むと、

       『麒麟(きりん)』になる



  誰かから、そんな事を聞いた事がある。


 

   あの時、まだ、ゆき子は、若かった。


当時、携帯やスマホもない、昭和の時代を無我夢中で生きていたのだ。



地元の大学を卒業し、担任教授の紹介で、とある老舗旅館に就職した。


 とくに、やりたい仕事ではなかったが、教授と縁があり事務員として配属されたのだ。


親は、地元に居ろと反対したが、親の敷いたレールには乗りたくはなかったのだ。


だから、『寮』がある所を選んだのだ。


親の言うとうり動かないと、何も資金を出して貰えない。


親元に居ないと、部屋を借りるお金も出して貰えない以上、

1人暮らしをするには、まずは、

『寮つき』の仕事場を探し、親元を離れる事しか、考えつなかなった。



  こうしろ! あぁしろ!


と、うるさく言ってくる親とはいち早く、離れたかったのだ。


四六時中、見張られているようで窮屈だった。



   立花ゆき子の初めての一人暮らし



老舗旅館に勤められる特典は、源泉かけ流しのヒノキ風呂に入れる事だった。



この温泉の泉質は、かなりの評判で、全国各地から湯治療を目的にやってくる人も多かった。



老舗旅館の仕事は、事務職とはいえ、フロントとも兼任で、やがては、喫茶部門や、布団敷きにまで駆り出される有様。



若いんだから、何でも経験しなさい!



との、上からの御達しで、デスクワークを

してる時間より、アチラコチラを動き周り、枚挙にいとまがない。



自分でも、今、何をしてるのか?途中で、わからなくなるほど忙しい状態が続いていた。


そんな時の癒しと言えば、やはり、温泉のはずだったが、

その温泉にすら入る時間がないほど、忙しかった。



何時になっても、帰宅できず、次から次にやってくる、お客様の応対で、ゆき子は身体も精神も疲弊していた。




やっと、とれたある日の休日。



ゆき子は街に繰り出した。



身体をゆっくり休めたい気持ちもあったが、連日の仕事漬けにより、街にふらりと出て、気分転換したくなったのだ。



ブラブラと、商店街を歩いているゆき子に、街頭インタビューといって、ある男が声をかけてきた。



『あなたは、今の人生に満足していますか?』



いきなりの質問だったが、連日、忙殺されているような毎日にうんざりしていた為


『いいえ!』と、力強く答えてしまったのだ。


  『今、何に興味がありますか?』


    男は、真剣な目をしていた


    その男の名は 狩田しげる 


   ゆき子より2つ歳下の20歳だった。


痩せ型でひょろひょろっとした、神経質そうな男だった。



『興味ですかぁ?  服も欲しいし、、

あっ! もっと、楽な仕事につきたいな、、』


いきなりの街頭インタビューに、ゆき子は、そんな風に答えていた。



『僕、生きる事が楽しくなる活動をしてるんです。 30分位なんですが、是非、見に来て下さい!』



まだ、若いゆき子は、な〜んにも、疑いもせず、その男について行った。


子供っぽい風貌から、男というより、まだ、あどけない少年に見えた。




その活動拠点とは、あるマンションの一角で行われていた。


部屋に入ると、数人の女性が心良く迎えてくれた。


その中でも50年配の女性が、お茶とお菓子を運んでくれ、アンケート用紙を書くよう勧められた。



それには、今の、悩み事、

将来、どんな人生にしたいのか?

趣味、改善したい事など、細かく調査項目があり


それら全てを埋め、ゆき子が提出すると、


それを一読した年配女性は、穏やかな口調で言った。



『あなたの幸せは、約束されました。

     ココに来れて良かったね〜

ココに到達出来たんだから、あなた、徳が高いのね。  ご先祖様のお導きね、、、 』



そう行って、さらに奥にある個室に連れて行かれた。

そこには、何台も、ビデオが置かれてあり、カーテンで間仕切りがしてあった。



ビデオは、各々がイヤホンで聞くようになっている。



徳が高いって、どーゆーこと?


徳の高さって、何を基準に決めるの?


何故? ご先祖様が喜んでるなんて、解るの?


いったい、、、何なんだろう、、、?


疑問だらけのまま、

ゆき子は興味津々で、そのビデオを観た。




 衝撃だった!



その、ビデオの内容は、旧約聖書を分かりやすく紐解いてくれているものだった。


ゆき子が行った学校は、カトリックだったが、このビデオの内容のほうが、今まで習った学校の授業よりも、はるかに、分かりやすかった。



     神様が、もういいよ。


     と、許可を出す前に、


アダムとイブが若くしてセックスをしてしまった。

それが、『原罪』だと、こんにちまで、伝えられている。



   宇宙創世記まで遡るビデオの内容を、

     是非! 見てみたい!




ココに置かれてあるビデオを全て見終わるまでには、かなり、時間を要することになるだろう。


    それでも! 足しげく通いたい!

      そう、思うほど、

    なかなか、面白い内容だった。


ゆき子は、楽しみが出来たな〜と、単純に喜んだ。  

  

 

    少なくとも、、、その時は、、、、、。



なかなか、仕事がハードで、休みもとれる状態ではなかったが、

その旨を伝えると、来れる日に来たので構わないとの事だったので、ゆき子は次回も訪れる約束をした。



参加費用の事もいっさい言われることもなかった。

だから、無料の、ボランティア団体かと思ったのだ。




ココに歩いてくる道中、狩田しげるが、この活動をするキッカケを話してくれた。



『僕も、最初は、街頭で声をかけられたんですよ!

その時、僕、腹が減っていて、活動を見にきたら

おにぎりを食わせてくれるって言うから、ついていったんです。』



     これには、笑えた。



   美味しい人参をぶら下げられた、

 その、『先』 には、何があるんだろう?



若いゆき子も、この、狩田しげるも、そんな事は、さほど深くは考えなかったのだ。



ここで、勉強をしていくと、

全ての迷いが吹っ切れて、幸福感を感じる人生が開かれるし、先祖も救われる。と、周りが熱くなっているのを目の当たりにすると、

一抹の『あやしげ感』は感じたが、とにかくビデオの内容が面白く、

カトリックの学校で、今までゆき子が習った授業に比べて、はるかに、こちらのほうが、分かりやすく頭に入ってきたし、楽しいと感じた。



あらゆる宗教観を知ることは、ゆき子にとって興味をそそられるものだったからだ。



ココに居るまわりの女性達は、ココで活動していくと、幸福になるのだと、念を押すように、しきりに言うから、その、しつこさに、なんとな〜くだが、嫌気がさした部分もあった。

だが、その時は、初日のせいもあり、軽くスルーして、ゆき子は家に帰った。



  次回


例のマンションに

約束の時間どうりにゆき子は訪れた。


  あの、面白いビデオの続きが見れる!

そう思うと、かなり、テンション上がり楽しみだったのだ。



ピンポーンと、ドア先でインターホンを押して待っていると、険しい顔の40代位の女性が、ぶっきらぼうな顔をして出て来た。


以前の和やかな雰囲気とは大違いだった。


睨みつけるような、こわーい眼差しの、その女にビビリながらも、ゆき子は、


『以前、ビデオ視聴の予約をしていた立花と申します』と、挨拶をした。


女は、ニコリともせず、

『コートを脱いで、ココに掛けて下さい』と、


キツイ口調で言い放ち、さっさと奥に引っ込んだ。


言われるまま、コートを玄関口に掛けて、暫くゆき子は、その場に突っ立っていた。


   その間、7、8分くらいだろうか?


    遅いな〜

    何してるんだろう?


狩田しげるの姿も見当たらない。


今日は、先程の険しい顔の女が、ゆき子の担当になるのだろうか?



不愉快さを感じながら

ぼーっと、つっ立ってるゆき子の前に、再度その

女が現れた。

そして、またもや、ぶっきらぼうな口調で


    『そこに座って!』といった。


以前のように、お茶が、出てくるわけでもなく、何枚かの書類を、持ってきた。


『気持ちでいいから、お金をお出しなさい!』


突然の、金銭要求に、ゆき子は、言葉が出ない!

    


   『は〜っ?』


   気まずい沈黙が4、5秒続いた。


女は、相変わらず険しい目でゆき子を睨みつけている。


ゆき子は、やっとの思いで、口を開いた。


『あの、、、

以前、お金の事は、いっさい問われなかったし、お金を用意する事とか、なーんにも聞いておりません。

だから、用意もしていません!』


    すると、女は、言った。


『気持ちだけ! と私、 言ったでしょ?

何をする時でも、まず、出す! 与える! 事が徳をつませて貰うことになるんです。』



ゆき子は、その女のキツイ応対と、

そういうことは、最初に言って欲しかったのに、今更、いきなり金銭要求されても困る!

という思いから、

だんだん腹が立ってきた。



『それじゃあ、私、帰ります!

金銭の事なんて、何も聞いてなかったので!』


と、女に言い放ち、そそくさと玄関口に歩いて行ってコートをとろうとした瞬間



   えーっ!?



さっきまで玄関先に掛けたコートが消えている!



  アレっ!?

  よく見たら、脱いた靴も無い!


  どこにも無い!


コートや、靴を玄関先で捜し回っているゆき子に対し、


さらに女が言った。


『あなたっ! 

幸せになりたくて、ココに来たんでしょ?

勉強するつもりはないの?』



それを聞いたゆき子は、感情的になり、声荒く、その女に言い返した。


『何なんですかっ!? 私物を隠すような所に

来たのが間違ってましたっ! 返して下さい!

私、もうココには、来ませんからっ!』



カッとなったゆき子を見て、女は、無言のまま、奥の部屋に引っ込んだ。



  そして、暫く誰も出て来なかった。


  どうしようか?



このまま、靴下のまま外に出て行って、警察に訴えてやろうかっ!?


でも、コートまで隠されている。


コートなしでは、真冬の外は、寒い。


薄手のセーターのまま、外に出ても風邪をひく。


それに、あのコートは、お気に入りだったのだ。


高額の物を親にねだって、やっと買って貰った、ゆき子の大切な物だった。


そんな事をぐるぐると頭で考えながら、玄関先でウロウロしていると、


今度は、穏やかそーな、別の中年女性が現れた。


『まあ、お座んなさい、、、あら、お茶も出てないのね?


 ちょっとぉ〜っ?

 誰か居るぅ〜?


 チョコレートあったよねー!

 誰かーっ? 持って来てぇーっ! 』


大きい声で、奥の部屋向かって、よびかけながら、優しい眼差しで、ゆき子を椅子に座るよう誘導し

ニッコリと微笑んだ。


いきり立っていたゆき子は、この、おっとりした中年女性の応対に、少しホッとしたが、、、


   『あの! 私、もう帰ります!

   コートと靴を出して下さいっ!』


  と訴えると、



『ごめんねえ〜、、、

ココはね、色んな人が来るのよ、、、


人の応対に慣れてない人が、人の応対することもあるし


何をするのも、

どんな人と接するかも、


全てが学びなの、、、


そう思って生きてると、人生は、とーっても、楽しいわよおーっ』


       ゆ〜っくり~


       なおかつ


       おーっとりー


優し〜く話すこの女性を前にすると、まるで、神の化身か? と思える程、穏やかな気持ちになってくるのが、不思議だった。



      柳田節子(55歳)


名前のみしか書かれてない簡素な名刺を受けとりながら、

この人、いくつくらいかなー?と思ってるゆき子に、今年55歳になるんだと、年齢をご自分で仰った。



やがて、またまた、別の女性がチョコレートと紅茶を運んで来た。


      『ありがとう。

   さっ、 あなたも、お上がんなさい 』


ニコッと優しい笑顔で、柳田は、ゆき子にお茶を勧めてくれたが、

コレに手を出すと、なんか、厄介なことになりはしないか?


靴まで、隠されているんだよ?


しかも! シーンとしているように見えて、ココには、一体、何人の女が、潜んでいるんだ?


次々と別の女性達が現れてくる、、、


ビデオの続きは、気になるが、コートや靴まで隠されるという行為に、さすがに、違和感を抑えられない。



紅茶やお菓子には、全く手を出さず、仏頂面で固まっているゆき子に柳田節子は、色々と話かけてきた。



『私もね、、、?

ココに来た当初は、お金いくら取られるんだろう?なんて、不安だらけだったのよ


でもね、、、

今は、とーっても豊かなの。

心が、安定してくればあなたも、きっと、そのうち解る日がくる。


ここに居たら、皆さんどんどん、豊かになるし、

どんどん、キレイになっていくから、

楽しいわよーっ!


あなたも、気が済むまで、ココで学んでごらんなさい?』




そうは言われても、ゆき子には、どういう団体なのか訳わからない。


    勇気を出して聞いてみた。



『あの! ここはどういう団体で、なんの活動を主にされているのか、具体的に教えて頂けませんか?』



 柳田節子は、その質問には、答えなかった。



『まず、ビデオを最後まで見たら、解るわよ?

ココの素晴らしさがね?』と、穏やかに笑っていた。



ビデオの続きを見たくてたまらないのは、やまやまだか、自分の質問に答えてくれないもどかしさや

先程の、靴やコートを隠された応対への腹立たしさで、


この場に居たい気持ちは、全く消えた!


『何故、靴やコートを隠してるんですか?

ビデオは、確かに面白いけど、最初は、金銭的なことも、何も言わずに

今日になって、気持ちで良いからお金を支払えなんて言われても、、、私、非常に不愉快です。

私!もう帰りたいです!』



  再度、ゆき子は、感情を吐き出した。


悔しさで涙が溢れそうになるのをこらえるのに精一杯だった。



ここでも、柳田節子の笑顔は、一瞬たりとも絶えないのが不思議だった。



柳田節子は、優しい笑みを四六時中浮かべながら


   『そう思うのも、無理はないよねぇ〜

  でも、

  天は、あなたを試されているんですよ。

  ここはね?

   来るべき人しか来れないのよ?』と、


柳田は、ゆき子を否定することなく、淡々と話を続けるのだった。



      (ウソつけーっ!)


そう、言いたい気持ちをゆき子は、必死に抑えた。



   (天に試されてるだって~?)


(苅田しげるだって、結局、握り飯に釣られて来た訳だし、

この私の事だって、今、まさに、言いくるめようとしているではないか!)


この、心の中の感情を、柳田節子に、どう伝えたらよいか?

ゆき子は考えあぐねていた。



  その時だった!


柳田節子は、狩田しげるの話をもちだしてきた。



『狩田君もね〜、最初は、安給料のバイトでは、支払えないからといって、抵抗してたのよ。

でも、この場で学んでいくうちに自分は、必ず布教活動の先駆者になる! なんて、言い出してくれてね〜。

人間は、感動に触れると、心までが変わっていくものなんです〜。

今じゃ、私達の立派な右腕よ!』




      『天』 だと〜?

     『布教活動』だと〜?


これは、まさに、何らかの宗教団体なのか?

しかも、誰も、真実を明かそうとしない。


      何も答えず、

先ずは全てのビデオを見終えてからだと言う。


そんなに、素晴らしい事なら、なぜ、最初に正々堂々と言えないのか?


一番知りたい金額をダイレクトに聞いてみた。


『気持ち!気持ちって、一体いくらなんですか?』



    柳田は穏やかに答えた。


   『あなたは、どう思う?』


『お金の事は、何も聞かされてなかったし、ハッキリ解らない物に支払う気など、はありません! 

とにかく、私の服や、靴、返して下さい!』



一瞬の笑顔も出ない、こめかみに青筋立てて怒るゆき子に対して柳田節子は


『大丈夫よ、ちょっと待ってね』と、


優しい〜く、笑顔で、そう、いい残してカーテンの奥に消えた。


 と、思ったら、、、


 5分も経たぬ内に出て来て、


『いいわっ。

せっかく、いらしてくれたんだし、あなたには、今日だけ特別に無料で、ビデオを、見せてあげましょう。

ただ、

ビデオを見終わったあと、感動したなら、

ちょっとだけ、あなたの気持ちを差し出してくれたら、天は、とても、お喜びになりますよ。

あなたの、見えない気持ちを物質に変える物がお金ですからね』

と、穏やかな笑顔で言った。

 


   とんだ、取引に巻き込まれた!



靴やコートを返せと伝えた所で、この連中は、すぐには返してはくれないんだな。


このビデオを見終わったら、とっとと、こんな所、抜け出そう!


もし、お金を置いていけ!というのであれば、

      そうだな、、、?


   お茶代、ビデオ拝見料込みで

 3000円から5000円位が妥当だろうか?

      それでも高い位だ。


最初にハッキリ言ってくれなかった、悪どいやり方を考えれば、お金など支払いたくはないが、


人質みたいに、靴とコートを隠されたままだ。


   騙された感、満載で悔しいが、

これ以上、すったもんだに巻きこまれたくはない。


     お金で済むことなら、


ここは、ビデオを、見たあと、さっさと気持ち料金を支払い、こんな、いかがわしい場所とは縁を切るほうが、賢いやり方ではないだろうか?



 何せ、ゆき子 一人 対 グループだ。


 ここは、戦うより負けるが勝ちか?



難しい顔をして悶々と考えてるゆき子に、

柳田節子が、

『どーぞ』と、ビデオ室に案内してくれた。




   やはり、ビデオは、面白かった。



先程の不愉快さが吹き飛ぶような宗教観に、本心、ゆき子は感激したのだった。


ゆき子が通ったカトリックの母校では、シスター達が黒衣をなびかせながら、

朝に晩に、パイプオルガンに合わせて、礼拝をしていた。


 勿論、生徒たちも一緒に祈りを掲げる。


それくらい、『祈り』は、大切な行事で、日常生活に深く浸透していた。



ゆき子は、宗教を否定する気持ちは、全くない。


むしろ、肯定派だが、

こちらの強引なやり方に対して、怖くなり、ビデオの内容は、奥深いと思ったが、早く、この場所を退散したくなったのだった。



今日のビデオを見終わり、個室から出てきたゆき子の前に、すぐ、現れたのは、

狩田しげるだった。


でも、いっときも早く、この場を立ち去りたかったのだ。


どんなに、感激するビデオを見せてくれたとは言え、靴やコートを隠し、まるで監禁でもするようなやり方は、卑劣じゃないか!


さらに、あとから、金銭要求だなんて!


最初に一言あれば、随分、気持ちも違うのに!



宇宙理論を解りやすく紐解いた、ビデオという、

美味しそうな人参で、釣られた自分にも非があるが


ゆき子は、『ここには、もう、2度と来ない!』

そう、心に決めた。


そんなゆき子の心中を知ってか? 否か?


狩田しげるは、

のんきそうに、自然な口調で声をかけてきた。


『どうでしたぁ〜? ビデオ?面白いでしょ〜?』


        

いや、

これは、自然ではなく、皆で、グルになり、一芝居うってるのかも知れない。


こうやって、楽しいビデオやお菓子を出し、幹部の人や新人を交えた雑談をして、勧誘しているのかもしれない。



疑心暗鬼になっているゆき子は、そこで、さらなる

決定打を見てしまった。



ここで、布教活動している別の女が、どーみても、浮浪者(乞食)にしか見えない男を連れて来たのだ。



その男は、今にも死にそうなくらい痩せこけ、肌の色は、まるで土でも塗り込んたような赤銅色をしていた。



男が部屋に入ったとたん、プ〜ンと、汗と、生ゴミが混じったような、何ともいえない悪臭が漂ってきた。


女は、その男を座らせると、おにぎり二個とお茶を運んで来た。

すると、男は

その握り飯を、皿にまで食らいつきそうな勢いで、ガツガツと口の中に入れ込み、いっきにお茶も飲み干した。



   男は、鋭い目つきをしている。


あっけにとらえられ、ポカーンと男の様子を見ているゆき子には目もくれず、

  テーブルに載っている皿を見つめ

  『まだ、食いたーい!』と、叫んだ。


その立ち居振る舞いには、品位のかけらも感じられなかった。


ゆき子は、その男の姿を見て、一連のことを悟れた気がした。


この男の風貌からして、とても、支払い能力があるとは思えない。


只々、ケモノのようにガツガツしている、こんな人まで、この場所に集める魂胆とは?


  いったい、何があるんだろうか?


  選挙の票でも、集める気なのか?



 とにかくヤバイ!


 変な所に入り込んでしまった、、、

 早く抜け出さなければ、、、


険しい顔で固まるゆき子に対して

狩田しげるは、のんきそうに再度、声をかけてくる。


『どうでしたか!? ビデオ。 楽しかったでしょう?』


『ええ、靴やコート、早く返して?』と、やや、荒い口調で、ゆき子は言い返し、


『どーしてもお金を支払わないと、返さないつもりね? いくら? 』

と、狩田に強く言った。



『ビデオを見て感激したなら、せめて気持ちを支払うのは、オトナの対応だと思いますよ?』


との狩田しげるの言いぐさに、ゆき子は呆れた。


『お金の問題より、私はこのやり方が、気に入らない!』


  ゆき子は、狩田を睨みつけて言った。


すると、狩田は、一冊の本をゆき子に差し出してきた。


 『コレ、あなたへのプレゼントです。カバーは、僕の手縫いだよ?

 一針ひとはり愛情込めて作ったからね』



   開けてみたら、それは聖書だった。


旧約聖書と新約聖書が一冊にまとめてある分厚い本の上に、狩田が手作りしたという刺繍つきのカバーをかけてある。


そのカバーは、ご丁寧にゆき子のイニシャルを縫い付けてあった。


『狩田君、ありがたいけどコレ、貰えないよ。

私、今日で、もう最後にするから』


狩田は、少し驚いていた様子だったが、すぐ穏やかな表情になり、


  『気持ちの変化は誰にでもあるからねー

 僕は、、、

 僕はずっと、あなたを信じて待ってるからね』  



 ゆき子は、『ハイ、コレ、気持ち!』

と言って、3000円を狩田の前に差し出した。


こうしなければ、脱出出来ないと思ったからだ。


いくら狩田から、手のこもったプレゼントをして貰っても、ちっとも、喜べなかった。


 【引き換え】を要求されるまでの、やり方がスマートじゃないと思ったからだ。


   目的と手段をはきちがえてる!


ず〜っと、晴れないモヤモヤ感が続いたままだが、

このゆき子の心中を、狩田しげるを初め、ここに居るメンバーにぶつけた所で、通じないばかりか、

禅問答のようになるのは、目に見えている。



自分の怒りを竿に収めるのが大変だったが、

ゆき子は、狩田からのプレゼントの本を受け取らず、そのまま返し、

無言で席をたち、玄関先に歩いて行った。


すると、

玄関口にはナント! ゆき子のコートと、靴がきちんと揃えてあるではないか!



  ココは、グルなんだな、、、全員が、、、。



騙されたような不愉快な気持ちが、さらに充満していたが、面白いビデオを見れたわけだしココは!仕方がない!


負けるが勝ちだ!



 

  そんな気持ちで 玄関のドアを開けて、帰ろうとした瞬間、


『この本だけは、持っていて下さい!

今は分からなくても、きっと、これから、あなたの為になります。』


そう言って狩田しげるは、ゆき子の手に強引に、先程の本を持たせた。


『僕らは、こんな想いで生きているんです!』


   そう言って、本を『裏』にした。


先程見た、本の『表側』には、ゆき子のイニシャルが刺繍してあったが、裏側をみると、


       【為に生きる】


   と、大きく刺繍がしてあったのだ。



      『人の為に生きる!

  僕はこの教えを全うしたいと思います。』


そう言って狩田しげるは、ゆき子の目を熱く見た。


押し付けられた本をもったまま、ゆき子は自宅に戻った。


もう、二度と行く事はない。そして、狩田がくれた聖書を読み返すこともしなかった。


『教え』自体は、素晴らしいが、何故、あのような強引なやり方で、人集めをするのかが、腑に落ちず、とてもじゃないが、ついていく気になどなれなかった。



  ゆき子は、キッパリ縁を切った。

  そう思っていた。


      が、、、 しかし、、、


  これで終わりとは、いかなかった。



恐怖は、真綿で首を絞めるような形で、ジワリ、ジワリと、その後もやってきたのだった。




 →→→→→  中編に続く  →→→→→























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