レベル3:小説意外のクリエイト活動

 何をやっても読まれない。

 伸びない。

 そうこうして10年以上。

 そんな小説書きですが、小説を書く学生時代は動画投稿やゲーム製作をしていました。

 昔はニコニコ動画が途中で会員登録になってYouTubeよりめんどくさい時があってだな……


 そんな話はどうでもよくて、これは気分転換的な話ですが、小説が読まれないってなった時にふと思うのが別に小説だけが創作だけではないかなと根本の話を思ったりします。

 元が小説家志望の人間ではないからかなと思いますが。

 例えば、絵を描いたり、漫画を描いたり、動画撮影したり、動画投稿や配信したり、プログラミングしたり、ゲーム作ったり、料理作ったり……

 創作活動の種類としては沢山あるので、そこら辺に自分の才能があるかもしれないんじゃないかなと思っても良いと思います。


 小説家を諦めろって訳じゃないですよ?

 例えば小説の数字が伸びない時に、得意な動画をYouTubeに投稿したら再生数が伸びた。数字欲が満たされる。

 また、料理を相手に食べさせて承認欲求が満たされた。

 その後消化した承認欲求を小説にする。


 違う才能をアイデアに変換する事が出来るので、クリエイト活動は何でも連動出来る。

 何かが上手くいかない時に、何かが好調である循環を作れればとりあえず、


「ま、こっちでは負けたけど、こっちの分野では上手くいってるし」


 と、別ジャンルでメンタル回避が出来るので、多才で多趣味というのは結構重要だったりする。

 小説が上手くいかない時は違う事をやってみるのもちょっと労力が必要だけどメリットは大きいと思います。




 え? 自分には才能がない?

 なんの才能も無い?

 何にも1位を取ったことが無い?

 無才能?

 うーん……

 なんか勘違いしてるかもしれないけど、競い合って1位を取る事「才能」だって思っている人がいますけど、それは「才能」ではなく「勝利した結果」のことであって、そもそもなんだと私は思いますよ。

 元々日本で生きている人達は競争社会で学び、競い合って勝者と敗者に分ける考えの教え方をされて来たので、「1番強いのが偉い」と思い「それ以外は無価値」だと思いがちなんだと思います。


 きっと、自分が無価値で無才能だと思っている人は今までの人生の中で、何かしら勝負で負けて、自分は無価値で「才能が無いと決めつけてしまった」んだと思います。

 どの分野でも勝負に勝つというのは、運動では「フィジカルとメンタル」もありますが、それも考慮した「作戦」と「運」がもっとも重要なので、たぶんフィジカルを才能だって言っている人は作戦や運の要素に気づいていないのだと思います。


 あらすじにも書きましたよね?

 書籍化した人は「運」が良かったって言っているのを。

 私はその通りだと思います。

 だって本音言うと、世にある書籍化作品の中には私の書いた小説より面白くないくて技術不足フィジカルが低いだなってものも多く存在していますからね。

 昔、コネで書籍化出来るよって呟いた作家が炎上してましたしね。

 これは自画自賛じゃないよ。

 中身が面白いのに書籍化してない作品なんてカクヨムだけではなく、世の中沢山あることは間違いない事実。

 そして人それぞれという言葉では明らかに取り繕え無い質の物が書籍化している事もまた事実。

 結局、世の中の無意識からくる評価は決して技術の高さで付けているものではなく、評価したい人達が多いタイミングだったかという事だ。


 小説が書けること事態が才能。

 だから、才能が無いと決めつけているのは自分なんだと気づいてほしい。

 そして、だいたいの人は多才なんだと気づいてほしい。


 自分の才能に気づくのは他人だけでなく自分でもあるので、自分の出来る事を改めて探し、新しい挑戦をして欲しいですね。

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