カイブツバスター2025

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カイブツバスター2025


 カイブツとおれが目覚めたのはほぼ同時だった。おれの方が数秒早かった。


 寝起きざまに、奴の泣き所に蹴りを一撃。しかしダメージが入った様子はない。なにしろ、おれと奴の体格差は蟻と象以上に開いている。そして。お返しとばかりに放たれた、カイブツのサマーソルトがおれの全身を大きく突き上げた。星々がすぐ近くに見える。辺りには一緒に巻き上げられた瓦礫。建物の残骸。死骸。そして、友の亡骸の顔と目が合った。



 ☆ ☆ ☆



 ゾース級危険領域、ルーイエ。アメリカはマサチューセッツ州近海に突如浮上した古代都市は、毎年カイブツを生み出して世界の破滅を招き続けていた。当然、人類だって無力じゃない。カイブツに対抗する手段を宙から手に入れたのだ。適合手術は過酷だったが、おれを含む数人のエリートが奴らに対抗する資格を手にした。スターウォーリアー。星の戦士。これまで幾度となくカイブツを退けてきた人類の希望。今年もそうなるはずだった。そうはならなかった。


 今年生み出されたカイブツは例年より遥かに大きかった。全長2025m超。ガンダムよりもウルトラマンよりも大きい超々々々々巨大生命体、それが今年のカイブツだった。人類が持つ兵器から古の神々の兵器、あらゆる手段が試されたが、奴を倒し切ることはできなかった。その果てに敢行されたのが星の戦士たちによる自爆特攻、身体に秘めた超新星的パワーの連鎖爆撃でカイブツを道連れにするという神風も真っ青な最終作戦である。結果、おれ一人無様に再生して生き延び、一方で奴を倒し切ることもできなかった。他の連中は犬死だ。


(クソッ……!)


 事態は走馬灯に浸る時間さえも許してくれなかった。緊急信号が脳内に鳴り我に返る。反射的に身体を丸めると、そのすぐ傍を迫り来ていた触手が通り抜けた。だが、これは好機だ。触手は奴の頭まで繋がっている。おれは触手を足場にして、滑り落ちるように奴のもとへと向かった。


(なんとか蘇ったが、スーパーノヴァはもう使えない。使ったところで二の舞だ。どうする……!?)


 ほぼ垂直の触手の坂を駆ける。おれを振り落とさんとするように、他の触手が伸びてくる。蛸の足は8本だというが、奴の触腕の数はもっと多い。それでも速度は遅いし、どうしても命中しそうなら、飛び乗ってその触手から降りればいいだけだ。それよりも問題は――。


「来る……!」


 カイブツの目が赤く染まる。染まりきる前に、おれは衝突も恐れず触手の影に身を潜めた。直後、赤い一閃が稲妻のように迸る。線上にあったあらゆるものは、最初からなかったかのように消滅した。カイブツ自身の頑丈な触手でさえ、あの一撃に当たれば無惨に引き裂かれる。おれの遥か頭上にあると思しい、衛星だの惑星だのといった有象無象も一緒に破壊されていることだろう。いっそ、今の一撃を奴に反射さえできてしまえば容易に倒せただろうにと思ってしまう。


 問題は、あの光線のインターバルだ。これまでの戦いで30秒から60秒おきに放ってくるのを観測している。奴の気まぐれ次第ではもっと早く連射できるのかもしれないが、今は希望的観測に縋るしかない。


(あと30秒以内に、奴の懐に到達する――!)


 脳内でスイッチを入れると、おれの下半身が自動的に変形した。スラスターを幾つも積んだ星の戦士専用変形義足だ。この形状では大地を踏みしめることはできないが、代わりに超高速で飛ぶことができる。やる。下半身の至る所が火を噴き、おれは垂直落下する隕石と化した。


 本能的に危機を察知したのか、カイブツの謎めいた呪文の詠唱陣が空中にいくつも浮かび上がった。あれに当たった奴は見たことがないが、恐らく死ぬより恐ろしい目に遭うのだろう。また、先ほどよりなおも苛烈に触手の波が押し寄せてくる。気分はまるで訓練時代にシミュレーションしたVRシューティングだ。バーニアを吹かし丁寧に躱しながら、おれはなおも速度を上げていく。


(あと10秒、9秒、8――!)


 カイブツの目に仄かな赤い光が灯り始めるのをおれは見逃さなかった。予測より早いかもしれない。最早、速度に影響しない被弾は受け入れるしかなかった。全身を襲う苦痛に耐え、辛うじて詠唱陣を躱しながら落下し続ける。


(7、6、5、4――ッ)


 接敵ギリギリのタイミングで、おれは右腕を変化させる。対カイブツ特化星杭打込武装、スターバンカー。この一撃に耐えられたカイブツはこいつを除いて他にはいない。そして、おれは推測していた。恐るべき一撃を放つ奴の双眸こそ、他ならぬ奴の弱点ではないかと。光線の原理は不明だが、発射される直前になんらかの口が出入口が露出する。その僅かな隙間こそが真にカイブツを倒しうる好機なのだ――!


「3、2……ッ!」


 死の一閃が訪れる寸前。おれの変形右腕がカイブツの右眼を貫き、有り余ったエネルギーがおれの全身を焼いた。だが、光線は放たれなかった。穴の開いた眼球は空気の抜けた風船のようにしぼんでいき、カイブツはまるで電池の切れた玩具のように、呻き声一つ上げることなく崩れ落ちていった。


「やった……のか?」


 余韻に浸る時間はなかった。突然なにかがまとわりつくと、おれはまるでクレーンに吊るされた鉄柱のように容易く持ち上げられてしまった。見やると、それはカイブツの触腕であった。奴はまだ生きていたのだ!


 奴の潰した筈の右眼が、自ら切断した筈の頭の触手が、みるみるうちに回復していく。星の戦士の回復力と違って、カイブツの回復力は底なしなのだろうか。おれが気づかなかっただけで、スーパーノヴァ爆撃は確かなダメージを与えていて、しかしこの回復力によって防がれてしまったのだろうか。


(……待て)


 ふと、疑問が浮かんだ。おれは何も自爆をサボっていたわけではない。むしろ率先して爆発した一番槍だ。そして、自爆のエネルギーと、再生力の根源となる星の力は同じリソースである。要は、自爆してガス欠になったのに、再生できているのはおかしいのだ。なぜおれは再生できている? エネルギーをどう補給した?


 ――その答えは目の前にあった。無尽蔵の生命力の源。あれだ。一番近くで自爆したおかげか、奴のリソースを吸い取って、それを再生力に転嫁できたのだ。奴はそれを学習したからこそ、おれを一度蹴り上げて遠くで光線殺しようとしたのではないか。この仮説が正しければ――。


「まだ、好機だッ!」


 おれは思いつく限り最大サイズに全身を変形させた。纏わりついていた触手がぶち切れ、自由落下でカイブツの眼前に着地する。再生途中のやつは、まだ十全に身体を使えない。


「おまえが生きている限り、おれのエネルギーは無尽蔵だ!」


 スターバンカー。スターナックル。死んだ友や同僚の技を堂々パクり、俺は両手を変形させ続けては、カイブツの顔面を殴り続けた。スラ―ランチャー。スターナパーム。脳のドーパミンが尽きてきたのか、変形に伴う痛みが肩に伸し掛かるようになってきた。


「こうなりゃ我慢比べだな! いくぞカイブツ!」


 人語を介さないカイブツを相手に、おれは血反吐を吐きながら殴り続けた。有り余る再生力が傷を癒すが、痛みだけはどうも消してくれない。殴る。殴る。殴る。一撃加える度に青い血しぶきが上がり、悲鳴のような怪音波が脳を劈く。そして奴が再生する。拉致があかない。


 とうとう、おれの技のレパートリーが尽きた。奴の再生した目が綻んだ。だが、おれは覚悟を決めたのだ。二の舞を舞う覚悟を。


「根比べ、第二ラウンド……!」


 直後、星の輝きがすべてを滅ぼした。自爆だ。奴のエネルギーを使って自爆したのだ。一度の消費量には限度がある。再びおれと奴は再生するだろう。そうしたら、また自爆する。再生と自爆。生と死。それをひたすら繰り返し、立っていた方が勝者だ。


「勝負だ、カイブツ」


 再生中の口を開いて、おれは宣言した。

 



 




 

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