第二の宇宙

荒浪伴越

第二の宇宙

 宇宙は死んでいた。


 星の輝きを知る者はもういない。

 当然だ、もう宇宙のどこにも星は残っていないのだから。

 朝焼けの美しさを知る者はもういない。

 当然だ、もう日は登ることも沈むこともないのだから。

 命の温もりを知る者はもういない。

 当然だ、もうその温もりを感じることができる命すら残っていないのだから、この二人を除いて。


 見渡す限りの暗闇の中、風前の灯火のような弱々しい光が一点。近づいてみると、灰色の岩ばかりの小惑星の上に、何やら錆びれた倉庫やドームのようなものが並んでいる。旧型の小惑星基地だ。恐らく戦前に建設されたものだろう。

 耳を澄ませてみると、中から声が聞こえてくる。

 「先生、最後の部品の接合、完了しました。完成です!」

 基地のドーム内に威勢の良い声が響く。

 「まぁそう急くでない、少年。この装置を起動して初めて私たちの発明は完成するのだ」

 博士は手元の設計図から目を上げると、興奮した様子の助手をなだめた。

 「そうですね、つい先走ってしまいました...」

 大きな脚立の上から降りてくると、助手は少し頭を掻いたが、直ぐに開き直ったように続けた。

 「でも完成に限りなく近いことは事実ですよ。俺達に残されたやるべきことは、あと一つ、こいつを起動させるだけですから」

 そう言って助手は、博士と彼の二人で長年かけて創り上げた装置に歩み寄り、その巨体を見上げた。

 その装置は醜かった。何しろ使われている部品は全て戦艦の残骸や遭難した貨物船の部品などのスペースデブリなのだ。だが同時に、その装置はとても美しかった。この宇宙の他のどこを探してももう見つけることのできない、人間の営みが感じられるのだ。

 「そうだな... では、何を待っている?この大仕事を終わらせようではないか」

 博士が答えると、二人は共に起動ボタンの前へ立った。ボタンはゆっくりと緑色に点滅し、異常のないことを告げている。

 すると不意に博士が口を開いた。

 「君は本当に今日ここでこうすることに、異存はないか?」

 「と言いますと?」

 質問の趣旨が掴めず眉をひそめる助手に、博士は答えた。

 「恐らく今この宇宙に残された命は君と私の二人だけだ。生々しい話だが、私たちはその正しい用い方さえ見つけられれば、この装置が生み出す莫大なエネルギーで不死身の肉体を手に入れることができるだろう。つまり、今の私達には、その気になりさえすれば、この宇宙に永遠の支配者として君臨することもできる、ということだ」

 ハッとした様子で顔を上げた助手に、博士は語り続ける。

 「この装置を起動させるということは、先の大戦のみならず、今まで数え切れない者たちが争い、血を流し、死んでまで手に入れようとしてきた、この支配者の座を自ら手放すことを意味する。それに...」

 そこまで言うと博士は言葉を詰まらせた。

 「この装置を起動させたが最後、私たちは、誰にも惜しまれることなく、この宇宙諸共消え去る」

 そこまで言うと博士は目を閉じ、考え込んだ。そして数刻の沈黙の後に、目を開くと、助手に最後の質問をした。

 「それでも、君は本当にこの装置を起動させることを選ぶか?」

 博士の問いかけに、助手は俯き、考え込んだ。まだ幼さの残る顔に懐かしさと寂しさのようなものが、交互に現れ、消えていった。あとには強い決意だけが残った。

 助手がはっきりと答える。

 「もちろんです。もし今俺達がこの宇宙の支配者なら、今一番宇宙のためになることをするべきです。この命と引き換えにでも」

 助手の答えに博士は目を細めて頷いた。

 「この宇宙は身勝手で貪欲な人間たちの銀河間戦争によって死んでしまった。ミサイルに星を奪われ、銃弾に命を奪われ、終いにはあらゆる温かささえも奪われ、かつての美しさを跡形もなく失ってしまった。ならばこの罪を償うのも人間でなくてはならないのだ」

 博士の目にも決意の光が灯る。その輝きは失われた太陽を全て合わせたかのような威厳に満ちていた。

 「では、始めようか」

 二人は起動ボタンの上に手をかざした。

 「俺、先生と一緒に働けて、光栄でした」

 助手が震え声で呟く。両目に涙が滲む。

 「私も、君に出会えて良かった。あの日あの場所で、まだ子供だった君を拾って正解だった。君なしでは今頃、この墓場同然の宇宙のどこかで、一人寂しく果てていたことだろう。君には心から感謝しているよ」

 そこまで言うと、博士は助手の方に向き直り、最後の別れを告げた。

 「次の世界で、また会おう、少年」

 「はい」

 助手が頷くと、二人は起動ボタンを力一杯押した。

 音にならない轟音とともに、全宇宙が眩い光に包まれ、跡形もなく、消えた。


 この大爆発のことを、私たちはビッグバンと呼んでいる。

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