ボートに乗ったカップルは、

駆動トモミ

ボートに乗ったカップルは、

街はずれにある、とある公園にやってきた。


この公園は、広くて緑が多い。遊具もたくさんある。

大きな池にはボート乗り場もあって家族やカップルで賑わっている。

みんな癒しを求めてやってくるみたい。


私も小さい頃からここで遊んでいる。

大人になった今でも散歩コースにしてるんだ。


でもね、この公園にはひとつ怖い話がある。


この池のボートに乗ったカップルは、おひとりさまになっちゃうんだ。

ふたりを引き離しちゃうんだって。

根も葉もない噂だっていわれてるけど、でもきっと本当だよ。


あなただけに私の体験談を教えてあげる。


あれは夏の日の夜だった。


真夜中この公園に、彼と遊びに来た。


そのときお付き合いしていた彼とは、交際半年。友達の付き添いで参加した飲み会の席で、お付き合いを申し込まれた。ぜんぜんタイプじゃないのに、断り切れなくて、何となく付き合うことになっちゃった。時々強引でワガママなところがあるけれど、そんなに悪い人じゃなさそうだったし、いろんなとこに連れて行ってくれる人だった。


真夜中だから、もうボート乗り場はしまっている時間だったのだけれど、すこしヤンチャだった彼は、とめてあるボートに勝手に乗り込み、ロープをといた。

「ほら、のりな」

彼は笑顔で手を差し伸べる。私はその手を掴み、引っ張ってもらうようにしてボートに乗った。

「勝手に使って大丈夫?私、怖い」

「大丈夫だよ。この時間、誰も来ない」

彼は、静かにゆっくりボートを漕いだ。そして池の中心にくると、オールを置いた。


池の周りには灯りがあるが、池の中心はその光が届かないので暗い。

カモが時折、控えめにぐわぐわぁと鳴いている。


鳴き声に気をとられていると、彼が不意に、私の肩に手を置いて、キスをした。


突然のことにびっくりして、私は身を捩ったが、彼の指は私の肩をしっかり掴んだままだ。


彼の指が食い込んで痛い。


熱く、しつこいくらいのくちづけ。


優しさのかけらもない。


いつもと雰囲気が違う。


こわい。



そう思った時だった。


バシャァッ! 


彼の背後で、大きい音がし、水が跳ねた。


彼の髪に、私の顔に、飛沫がかかった。

流石の彼もびっくりして、私から体を離し、音のした方向を見る。

「びっくりした!なんだ?」

「コイがはねた」

「この池、コイがいるのか」

「池は深いし、水が濁っていて、昼間もあまり池の底は見えないけど、この池ができた時に放したコイが棲んでいるらしいよ」

「へぇ」

「噂ではね、すごく大きいコイらしくてね、昼間には出てこないの。夜中にだけ水面近くまで上がってきて、餌を探すんだって」

「ふぅーん」

「私が小学生の時からある噂でね、本当かどうかはわからないけど、そのコイに出会うと何かが起きるんだって!」

「へぇ」

「結構大きそうだったよね!さっきのはもしかしたらそのコイかも?」

「そうかもな」

私の話に全く興味がないといった雰囲気の適当な相槌。


いつもそう……彼は私の話にあまり興味を持たなかった。

私は、彼のことを知りたい。彼の反応をみたい。せっかく恋人になったんだもの。たのしくお喋りしたいのに……恋愛ってそういうものじゃないのかな?私が夢見がちなだけ?そっけない彼の態度がひどく気に障る。


でもうすうすわかっていた。

彼はそんな私の気持ちに気づくようなタイプじゃないんだ。


話が途切れた瞬間、突然私に覆い被さってきた。

「続きしようぜ」

「なに考えてるの、こんなところで」

私は激しく抵抗した。

だが、チカラの差が明白だ。

足をばたつかせる。

ボートが揺れる。

「いいじゃん。こういうところで試すのも。スリルがあって」

「やめてよ!こんなのイヤ!」

彼は私に馬乗りになり、私の動きを封じた。そして次の瞬間、


バシッ


頭に振動を感じた。

頬に強い痛みが走る。

頬が熱い。

うっすら口の中で血の味がする。


彼は、目を丸くするわたしを見下ろしニコニコしていた。


「いいじゃん?」


これまでの付き合いの中でみたことのない、冷酷な笑顔だった。


身の危険を感じた。


ああ、知らなかった。

これが本当の姿なのか。


ただ、動きを封じられた私はもうどうすることもできなかった。彼は、私のブラウスに手をかけ、チカラで前をこじ開ける。弾けたボタンがカラカラとボートの底に音を立てて落ちた。


限界だ。


覚悟を決めた、時だった。




バシャアアアア!



池の水面から黒い大きな物体が現れて、ボートの横から、私たちめがけて飛んできた。


そして、黒い物体は、そのクチで彼の頭を咥えた。

彼の身体が黒い物体とともにふわっと宙に浮く。



バシャアアアア!


黒い物体は彼とともに池に戻って行った。


大量の飛沫を浴び、私はびしょ濡れになった。

ひとりボートに取り残された。

呆然と、波紋のひろがる池を眺めていた。



その後ちゃんと無事に家には帰ったのだが、途中の記憶は、ない。



全て夢だと思いたかったけど

唇が、切れて腫れていた。

手の感触も、残っている。




彼の消息は知らない。




あれは、本当にコイだったのかな。


あれは、コイじゃなかったのかもしれない。



あなたが悪いんだからね。

コイの話、ちゃんと聴いてくれたらよかったのに。

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ボートに乗ったカップルは、 駆動トモミ @Kudo-Tomomi

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