電車の揺れ方で人生の意味が

西住悠玖

とある学生の妄想

例えばこの電車が横転して、沢山の死者がで時に、果たして僕は生き残れるだろうか。


脱線と転覆がイコールで無い事は知っている。それは知識として、進んで学んだ結果なのだ。

車輪がレールから外れたとしても、必ずしも横転するとは限らない。ただ足元のバラストを撒き散らして、その場に停止するだけかも知れない。


怪我人くらいは出るだろう。打撲や打身、あるいは捻挫。悪くすれば骨折くらいは出るだろうと、そんな事を考えてみては、開いているだけの参考書を読み飛ばす。


脱線事故の事を考えながら、片手間で受験勉強をしているなんて知られたら、同じ大学を受ける人たちに睨まれるだろうか。

余裕綽々かと、疎まれるだろうか。


実際、余裕はあった。

磐石のA判定。教師も講師も僕の成績に太鼓判を押し、両親はもはや受かった事を前提に将来の話を、嬉しそうに話している。


「手のかからない子」「優等生」「マジメかよ」


それが僕の評価、評定、評判だ。


別に嫌では無い。

それは素晴らしい事だと、確かに自覚しているが。



車掌のアナウンスが次の停車駅を告げる。

乗り換えの多いターミナル駅。今の時間であれば、降りる人は多くとも乗り込む人は少ないだろう。



横転した時クッションが減るな。

いや、窒息死のリスクは下がるかな?



そんな馬鹿げた杞憂を頭の上に募らせては、参考書のページを無造作に進めた。

僕の降車駅はまだだいぶ先だ。



しかし僕のこの杞憂を、心から嗤える人はどれほどいるのだろうか。

それまでの常識が覆る瞬間なんて、まだ人生を折り返してもいない僕ですら、何度も何度も経験している。

昨日まで価値のあったものが、明日いきなりゴミクズ同然にまで暴落するなんて、この世界では当たり前だというのに。

そしてその予兆は、事が起こってから知れ渡ると言うのにも関わらず、だ。



やや乱暴な制動感とともに、電車は止まるべき駅に停車する。

ややオーバーラン気味の電車は、バックするほどでも無いと判断されたのか、素知らぬ顔でそのドアを開いた。

乗客がぞろぞろと吐き出され、案の定電車に残ったのは少数であった。僕の予想よりもだいぶ少なかったが。

電車はまるで息継ぎをするように僅かな時間口を開き、あっという間にその口を閉じてしまった。

人の熱気が充満していた社内に、新鮮な空気が補給される。


概ね予定通りの運行、予定通りの停車、予想通り乗客は少なくなって、定刻よりもほんの少し遅れて電車は出発した。



予定、予想、予知、予兆。

予言は無限に、あり得る事を呟くだけだ。



だから僕がこうやって、脱線転覆事故を予言しても、それは起こった時にだけ予言として認められる。




いいや、実際は違う。


僕は望んでいる。


この電車が横転し、退屈な日常ごとめちゃくちゃにひっくり返されるその瞬間を。



電車がひとつ、大きく揺れた。



当たり前のレールを逸脱して、先人の固めた足場を踏み荒らし、七転八倒駄々をこねる。

そんな生き方をしてみたいと、本当は願っているんじゃ無いのか。



電車は加速する。いつもより速く。いつもより強く。




自分が何をすべきか知っている。

何が正解で、何が最適解も分かっている。

それでも僕は、大きな過ちを望んでいるのでは無いか。

うず高く積み重ねられた100点満点の答案用紙よりも、そこから零れ落ちた100点未満の落ちこぼれ達に、僕は惹かれているのでは無いだろうか。



僕は、僕は、いつかそうなる日を望んでいたのでは無いだろうか。



もしそうなら僕は。

この、長い長いレールから




その時電車が、一際大きく揺れた。





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