第27話 装備を買う

 クェト少年と別れた後、俺は計画に使えそうな道具を探しに魔法望遠鏡を買った店、特殊用品店ヒンジに向かった。

 あの店は高いが今の俺にはトルピード総統閣下が下さった無限の小切手強い財布がある。


「こんにちは、アランド様」

「あぁ俺だ」


 店に入ると工房の扉から店主のポルテン技師が出てきてカウンターの横に立った。

 どうやら俺が来ることは知っていたようだ。

 帽子を脱いでトルピード閣下から貰った小切手を差し出すとポルテンは俺を奥の部屋へ案内した。

 ついていくと小洒落たテーブルが真ん中にある小洒落た棚に囲まれた部屋に着いた。


「本日はいかが致しましょう」

「俺が今欲しいのは、ちょっとしたパーティーで使える小道具。何でもいい、おすすめを全部」

「パーティーではどのようにお過ごしになられますか?」

「そうだな、具体的に言うと。盗んで壊して暴れまわる」

「暴れまわる……」

「冗談だ、庭でのマナーは知ってる」


 俺は机に地図を広げて道を屋敷までなぞった。


「かしこまりました」

「アペリティフから、最高級のやつを頼む」

「ふんん、最高級……」


 ポルテンはそう呟いて眼鏡をかけると俺を頭から爪先までじっくりと見た。

 そして小さな引き出しを一つ開けて、

 

「アペリティフは食前酒。食事の始まりを告げるもの。魔法道具に例えるとするとやはり、この指輪でしょう」


 最初にテーブルに並んだのは魚の目玉みたいな黄色の宝石がハマった銀の指輪だった。

 

「食事には食欲が不可欠なように、魔法道具には魔力が不可欠。この指輪は道具の味を最大限に引き出します」

「コレが……」


 俺は早速、指輪をはめてみた。

 コイツは多分フレディが欲しがってた足りない魔法を補える石。

 コレがあれば俺も魔法が使えるはずだ。


「天使の木の洞から稀に取れる瞳の琥珀と呼ばれるもので、最上級の魔法結晶の一つ。保有魔法量は第一級魔術師に匹敵します」

「悪くない……もう一つある?」

「もう一つ……」


 何でも2つあるに越したことはない。

 頼んでみるとポルテンはもう一つ引き出しから取り出して並べた。


「準備がいいな」

「もちろんです」

「次は……なんだったか」

「アミューズは一口の料理。シェフが手掛ける最初の品です」


 次に並べられたのはベルトの付いた黒い皮の手袋だった。

 

「この品に多くのシェフは最高の技術を、詰め込む。期待を高めるのです」

「何が詰まってるんだ?」

「私は最高峰の基礎を詰め込みました。魔術師はあらゆる行動を、術強化する。彼らは我々が歩き、また走るように、自在に物体の強度、運動エネルギー、質量にまで干渉できるのです」

「こいつは、つまり魔法使いの手?」

「その通り、このグローブを指輪で起動すれば、石を握りつぶし、その手に持つ皮の盾を鋼鉄とすることができる」

「……エリッシュも、石を、握りつぶせるのか?」

「日々訓練し毎秒放出量を強化できれば造作もないでしょう」

「そう、よかった」


 俺はポルテンの指示通り指輪をはめた手とは反対の右手に手袋をはめた。それから渡されたフォークを指に挟んで握ってみた。フォークがメリケンサックみたいに曲がった。

 そのフォークを左手で持ってみると少し暖かく、曲げようとして、もともとこういう形だったみたいに固まっていた。


「このように使うことも」


 手袋を返すとポルテンは両手にはめて左手の指を全部右手に向ける。それからゆっくりと左手を俺の方に伸ばすと右手の手袋は右手を離れ、手袋だけで俺の方にやってきた。遠くの相手とも握手できそうだ。

 さっそく俺もやってみると距離の調節が難しい以外は案外と簡単に扱えた。遠くのものを持ってもちゃんと感触がある。壁に飾られた重そうな剣も軽々と持てた。


「魔法ってのは奇跡みたいなもんだと思ってたが、テクノロジーなんだな」

「魔術はもはや特権階級の手を離れた。神秘の領域は確実に縮まっています。これは百年前の戦争がもたらした明確な利益の一つと言えるでしょう」

「戦争も悪くない」

「次はいよいよアントレです」


 ポルテンはそう言って次の小さな引き出しを開けようとした。俺はその手をそっと止めた。


「どうかいたしましたか?」

「いい雰囲気だったし、お上品にいこうと思ったんだけどな。もう待ちきれない」

「というと?」


 俺は一番大きな棚の扉とむ紫のベールに覆われた机をそれぞれ交互に指さした。


「ここにメインディッシュが、入ってるんだろ?」

「仰せのとおりに」


 ゆっくりと扉が開かれ、ポテが縁に退くと中が見えた。

 そこには長いのから短いのまでいろんな剣、3種類のクロスボウ、そして4インチから8インチまでのリボルバーと33インチとこぶりで妙にバレルが太いレバーアクションライフルが美しく並べられていた。

 

「あぁぁ!」


 ポルテンは客がどの商品に興味があるのか、そんな事はお見通しのようで、俺が手をすり合わせていると棚からライフル取り出して差し出した。

 手に取って少し触るとスグに官給品とは違う最高級だとわかった。

 重量は3キロ以下と軽く、完璧に計算されたバランスはまるで体の一部のように照準できる。

 動作は小指で出来るほどなめらかでガタツキとは無縁、それでいて止まるところではしっかり止まる。

 レバーアクションの機構はさっき拾ったライフルと変わらないにも関わらず感触は何もかもが別物だった。

 異様に太い銃身は気になるが。


「こちらはウィンナーズドルフ工廠こうしょうの最新モデル、来年度から砲兵着弾観測隊の一部に配備予定のライフルに、先日いただいた消音器のアイデアを組み合わせたものです」

 

 俺が一通り触り終えるとポルテンは説明した。サイレンサーか、銃身は気にならなくなった。


「テイスティングしても?」

「是非。ですが、まずはこちらを」


 ポルテンは机からベールをはがした。

 そこにあったのは四丁のオートセミオートピストルだった。二つは俺が貸したM1911A1、残り二つはそれのコピーだった。


「こちらは拝借した拳銃のカスタムコピーと、こちらは着脱式消音器になります」

「たった2日で?ちゃんと寝てるか?」


 カスタムコピーを手に取ってみる。見た目が変わってるのはサイレンサー用に銃身が伸びたところくらいだが。この銃は中古なのか。かなり手になじむ。新品の銃みたいな引っ掛かりを感じない。

 だがスライドを外してみても使用感はない。新品だ。まさかそれを再現したのか。


「パーフェクトだ……」

「光栄です」

 

 俺が貸した拳銃も見てみると片方はかなり使い込まれた跡があった。両方ともほとんど新品だったはずなので、これを作るために撃ちまくったようだ。

 

「行こう」

「どうぞこちらへ」


 そう頼むとポルテンは俺を隣の部屋へと案内した。

 当然そこは射撃場なわけだが、レーンは90メートル以上で地下にあるとは思えない広さ、ブースのトレイは高級ホテルのカウンターみたいにピカピカで仕切りもない。

 ターゲットはアーサー王みたいなフルプレートアーマー人形だ。


「たまんねぇな、ゆっくり楽しみたかった」

「次回からは有料になりますが、特別に割り引きましょう」


 俺はこんな射撃場は初めてだった。

 

「こちらが弾丸になります」


 差し出された箱には二種類の弾が入っていた。片方は45口径の拳銃弾、もう片方は多分さっきのレバーアクションライフルの弾だろう。センターファイア式の弾薬で一発抜き取って手に置くと弾頭だけで17グラムくらいありそうと、かなり重かった。このあたりでは珍しい先の尖ったスピッツァーで薬莢も短く臭いも黒色火薬じゃない、こういう弾には見覚えがる。


「亜音速弾か。そうだろ?」

「仰る通りです」

「さっそく試してみよう」


 俺がそう言ってレバーアクションに二発込めるとポルテンは指を鳴らし、鎧が独りでに歩き出した。


「奴隷とか、入ってない?」

「ご冗談を、ただの人形ですよ」

「それじゃ遠慮なく」


 レバーを動かして弾を薬室に送り込みトリガーに指をかける。それからそっと押し込むとガツンと衝撃だけが肩に来た。胴に弾が当たると火花がちょっと散ってキュイッという薄い装甲が撃ち抜かれる音が帰ってきた。銃声は俺が使ったどんな銃よりも静かで、オートじゃないから機械音もない。


「初速は300ってとこか。恐ろしい銃だ」

「大重量のタングステン複合弾頭は銀製に比べ高価ではありますが許容魔法量が大く魔法的に重い、金製弾には物理装甲に対する貫通力で勝ります」

「魔弾は初めてだ」

「お気に召しましたか?」

「あぁ、でも貫通しちゃストッピングパワーが足りない」


 鎧の人形は撃ち抜かれても平然と歩いている。この弾は人に使うぶんにはいいが、アレが出てくると都合が悪い。


「派手なヤツ、アレにはそういうのがいる」

「ふんん、派手なヤツ……違法ですからねぇ」


 ポルテンはそう言いつつ俺から目をそらした。その視線の先には化粧箱が一つ、カウンターに置いてあった。開けてみると中には45口径の拳銃弾が30発ほど詰まっていた。


「フフッ、まったく」


 そこから一発つまんで見せるとポルテンは「どうぞ」とは言わなかったが口に当てた手を少し開き、俺を止めなかった。

 スライドを引いて薬室に一発直接、両手でしっかり構えて撃ってみると効果はテキメンだった。

 弾が当たると光のない衝撃波の球が爆ぜ人形はバラバラに飛び散った。床に転がった胴は巨大な鉄球につぶされたみたいに丸く凹んでいる。これはアジ化鉛じゃないな。


「期待以上だ」


 ポルテンも非常に満足そうに微笑んだ。

 俺はその銃弾を持っていたマガジンに込めて、そのマガジンをポルテンに赤く塗ってもらった。

 俺は元の部屋に戻って注文を続けた。

 

「デザートの前に、口直しがしたい。俺が思いつきもしないような、なんかそういうのないか?」

「フロマージュ……こちらなどいかがでしょう」


 次は金の金具の付いたチョーカーだ。


「使用者同士の精神を一時的に入れ替えることの出来る特殊な医療装置で、医者が患者の感覚を直接把握できることにより従来よりも正確な診察が可能になるはずでした」

「で、どうなった?」

「医師の負担にならぬよう低く設定した価格のため国中で大ヒット、主に犯罪と淫らな行為に使用され、販売中止、自主回収」

「だろうな」

「こちらは軍事目的に使用できるよう改良したモデルになります。通信可能距離を拡大させることにより一人の指揮官が複数の戦場を直接指揮する、あるいは現地民を用いてより安全に敵情を探るなど、活用方法は様々です」


 試してみると目の前にハンサムな男が現れた。簡単に言うとポルテンが俺になって俺はポルテンになった。

 これは面白い、指先までしっかり感覚もある。歳のせいか身体も重く感じた。

 何にしてもお互いに相手の身体を使えるってのは上手くやれば色々有利にできそうだ。


「それじゃあデザートを頂こうか」


 俺はチョーカーを外して身体をもとに戻しテーブルに手をついた。


「デザートは食事の締めくくり、最後に舌に触れるシェフの技術です。とびきりのものでなくてはなりません」


 そう言うとポルテンは自信を口元に浮かべた後、一度部屋を出て隣からリボンで飾られた箱を持ってきて机に置いた。  


「準備がいいな」

「お客様の期待には、できうる限り応える。これが当店の方針です」

「プレゼントは好きだ。紐をほどくってのがワクワクする。まぁ一度もほどいたことないけどな」

「ご期待通りではないでしょう、しかし私は必要だと判断しました」

「どういうことだ?」

「こちらはフレディ・フェアフィールド様からです」

「あ?」

「クリスマスプレゼントに、と。そう仰っておりました」

「……マジかよ」


 いつの間に。30年も前のことだぞ。

 リボンをほどき、包み紙を破れないように剥がすと手書きのクリスマスカードが入っていた。


”メリークリスマス。サンタより”

「俺の枕元にでも置くつもりだったのか?」


 そういえば、あの日。12月19日から数えると明日はクリスマスイブか。となると今日は1944年12月23日の土曜日、あいつから見るとたった4日だ。


「ありがとな」


 俺はポルテンにそう言ってから箱を開けた。

 フレディからのクリスマスプレゼントはシンプルなナイフだった。

 鹿の焼き印がある皮の鞘はベルトに取り付けられるように金具がある。7インチのブレードはシンプルなダガーで厚さは0.2、フルタングを挟む美しいアイアンウッドのグリップに鏡のように磨かれたヒルト。

 

「テイスティングしても?」

「もちろんです」


 舐めてみると鉄は鉄だがステンレスでも炭素鋼でもない、これまでに味わったことのない味だった。切れ味は言うまでもない。下手に舐めればわかりやすい鉄の味がするだろう。


「デリシャス」

「説明はお聞きになられますか?」

「聞く」


 俺が机にナイフを置くとポルテンはそれを指さしながら始めた。


「一般的にマルチツールナイフは多機能とは言うものの、その機能は限定的。更にどれも専用の道具に劣ります。なぜなら、それぞれに専用のブレードが必要で、機能を増やせば増やすほどかさばり、それらが使用時に邪魔になるからです」

「まぁそうだな……マルチツールなのか?」

「えぇ……そこで私はこう考えました。一枚のブレードに全てを詰め込めばいいと」

「そうか?」

「想像してみてください。私は戦闘の専門家ではありませんが。例えば、このように銃を構えたまま……」

「まま?」

「背中が痒くなったとします。そのような場合でも、このマルチツールナイフを使えばブレードを入れ替えること無く先端を孫の手に変化させることが出来るため、構えを解くこと無く痒みに対処できる」


 ポルテンは机のナイフには触れず、ジェスチャーで続けた。

 

「このブレードはあなたの想像を形にする」

「やって見してくれないのか?」

「プレゼントですから……初めてはあなたに」

「気が利くな。それじゃ早速」


 俺はもう一度ナイフを手に取り、本当に何でも思い浮かべた通りになるのか試してみた。

 グリップを握ってブレードの形を想像するとフライパン、バール、レイピア、本当に何にでもなった。ピンセットを想像すれば遠くのものを摘まむこともできそうだ。

 これは楽しい。


「ご満足いただけましたか?」

「大満足だ」


 俺はナイフを鞘に挿し、それを上着の下のホルスターに繋いだ。


「よし。支払いはトルピード閣下に付けといてくれ」

「かしこまりました」


 俺が帰りの支度をして小切手をテーブルに置くと、いつの間にか部屋にいた黒頭巾が寄ってきて小切手と俺の顔を交互に見た。


「高すぎるってか?」


 俺はプレゼントの箱を自分で持って、他を黒頭巾に持たせた。

 

「アランド様」

「ん?」

「いってらっしゃいませ」


 俺は軽く手で挨拶して店を出た。

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