第3章

第25話 悪い知らせを聞かされる

 俺は言われた通りキャンプに戻って準備した。

 ジェリカンから水をかぶって顔を洗って、歯磨きした。

 しばらく待てば立派な使者が俺を呼びに来るだろう。あの豪邸に招かれ、酒は飲み放題。俺達の戦果を考えると今夜はパーティーで間違いない。

 そんなふうに俺が今夜のアプローチを考えていると早速、誰かが歩いてくるのが見えた。

 戦車から腰を離し首を伸ばすと、そいつは何時ぞやサルーン酒場で会った派手な格好で前歯の出た男だった。

 あいつは、なんて名前だったか。


「見たぞ。派手にやったな」


 男は心ここにあらずに言って切り株に腰掛けるとタバコに火をつけた。


「良い知らせと、悪い知らせがある」

「まずはいい方から」


 なんだか嫌な予感がする。コイツは様子がおかしい。

 俺は手を腰に当て戦車にもたれ、とりあえず話を聞くことにした。


「……正確に言うと、悪い知らせと、比較的マシな知らせしかない」

「いいから話せよ」


 俺が促すと男は言葉を選ぶように咥えていたタバコを口から放して眺め、俺の目を見て静かに口を開いた。


「アンタのお友達が連れてかれた」

「聞き間違いか?」

「お嬢ちゃん、吸血鬼なんだって?」

「……なんでお前が知ってる」


 尋ねると男はタバコを握って灰に変えて撒いた。


「ついさっき協会騎士から聞いた」

「それで?次は俺ってか?」


 俺が睨むと男は立ち上がって両手を上げ、首を振った。

 しくじった。

 俺はクソッタレな自分を悔いた。吸血鬼、完全に忘れていた。ドラゴンとフーバーな毎日に隠れていた。

 ずっと隙を諜ってたのか、俺が気づかないところで?俺に気づかれないように狙ってたっていうのか。

 この目が見間違ったっていうのか。


「何処に行く?」


 俺が戦車に手をかけると男が言った。


「決まってんだろ」

「んんん……それじゃあもう一度訊く。何処へ行く気だ?」


 運転席に座りエンジンを掛けると、また同じことを訊いてきた。


「決まってんだろ!取り戻す!」

「フッ……そう。ご勝手に」

「……アイツらがいなくなったら、俺はもう誰にとっても何者でもない」


 俺は一言付け加えてやった。

 すると男はそっぽ向いて戦車の前からどいた。

 ハッチを閉め走行レバーを握って6つ数えると、俺はそこでようやく自分が焦ってると気づいた。

 俺はもう6つ数えてハッチを開けた。


「お前名前は?」


 尋ねると、


「クヴィーク、そう呼ばれてる」


 男は鞄からボロボロの丸めた羊皮紙を広げた。戦車を降りて覗くと、それは何処に誰がいるか分かる魔法の地図だった。


「これによると吸血鬼のお嬢ちゃん――」

「エリッシュ」

「エリッシュちゃんは、ここの貴族の屋敷だ。こっちが比較的マシな知らせ」


 エリッシュの印は河を渡った街の西側にある大きな屋敷にあった。

 だがフレディとタウンゼントがいない。


「他は何処だ?」

「デカいお友達と新しいメイドはコイツを持ってない」


 クヴィークはそう言うとポケットから画鋲くらいの大きさの銀製バッチを俺に投げた。


「コイツを持ってる奴がこれに映んのか。随分たくさん配ったんだな」

「大変だった、努力のたまもの」

「ちなみに、なんでエリッシュが持ってんだ?」

「……多分、他のお友達もここだ」


 尋ねてもクヴィークは答えず地図を指差した。俺はバッチをポケットにしまって詰めることにした。


「さっき付けたって、嘘もつけないのか?」

「ああ、んん。忘れてた」

「どういうことか、話してくれよ」


 俺はクヴィークの前に屈み、顔を覗き込んだ。


「協力してやるんだ詮索は、なしにしないか?アンタなら分かるだろ?ほら、敵じゃない」

「知りたいことが増えたなぁ。どうして俺に協力するんだ?」

「完全なる善意……と、私欲も、少しだけ」

 

 俺が俺の目を指さして目を合わせるとクヴィークはオドつくフリをして返答を付け加えた。


「この屋敷に行くならついでに、ちょっとしたお土産が欲しい。よくあることだろ?」

「あぁごまかすのが得意だな。で、なんでエリッシュがこれを持ってるんだ?ん?」


 話を元に戻すと、


「あぁ、深呼吸して、怒るなよ?いいか?怒るなよ?」


 観念したのかクヴィークは話しだした。

 話を簡単にまとめるとコイツは何デモ屋で、誰かがコイツにエリッシュの髪の毛と唾液を取ってくるよう頼んだらしい。あの夜その仕事ついでに興味本位でバッチを俺とエリッシュにくっ付けたと。コイツだけのせいじゃないがコイツのせいで協会にバレたのか。

 それより、コイツは俺の目を滑り抜けたってのか。油断しすぎだろどうなってんだ昨日までの俺は。

 靴の中敷きを外すと細工とバッチがあった。


「ああ、目が……数を数えた方がいいんじゃないか?」

「騙される奴が悪いってのは知ってる。でもムカつくよなぁ」

「おぉ待て。公式な依頼だった。国王の捺印もあった。アンタらよそ者で、不審者って話だったし実際かなり怪しかった」


 クヴィークは鞄から手紙を取り出して俺に見せた。 

 俺は手紙を取り上げて鞄に仕舞った。


「しでかしやがって」

「黙っててほしかったのか?ん?」

「そうは言ってない」


 俺は目を覆って6つ数えた。


「だから協力してる。悪かった。あんたら臭かったし、死体に群がる薄汚い亜人狩りのクズにしか見えなかった。ホントに」

「許してやろうと思ったのに、また数えなおしだ」

「でも許すだろ?」

「今だけだかんな」

「いい結論だ。次も頼むよ」

 

 俺たちは地図を囲み計画に取り掛かった。

 それから暫く経って俺が状況を理解しかけた頃、


「「誰か来たな」」


 俺たちは街から向かってくる馬を見つけた。

 かなり離れていたが双眼鏡がなくても分かる。トルピードとその部下だった。

 俺の顔に泥を塗ったときに居た、真っ黒でひょろデカい頭巾も1人連れている。まさかな。

 

「急用を思い出した。後で戻る!」


 こっちに来るのがトルピードだと分かるとクヴィークは地図を仕舞って、ものすごい速さで茂みに逃げていった。

 俺はリボルバーSAAオートM1911A1の弾を確かめて閣下と話すことにした。俺の目がまだ見えてるのか、確かめないと。


「また会ったな」

「閣下であるぞ」

「何のようだ、閣下?」

「貴公に用はない。フェアフィールド士官に用がある」

「今は外してる」

「ふむ、では待つとしよう」


 トルピードは馬を降り手綱を使用人に渡すと、さっきまでクヴィークが座っていた切り株に座った。それから使用人に葉巻を催促して受け取り、それらしく煙を楽しみ始めた。

 少したっても特に変わった様子はない、アゴの肉を触りながら戦車の周りを歩き回ったり、使用人に葉巻を勧めて断られたり。本当にただ待っているようだった。


「便所か?」

 

 しばらく経った時、トルピードは葉巻の火を指で切り落とすと思いついたように言った。


「三人そろって?さすがにそこまで仲良しじゃない」

「いつ戻る?」

「お前のほうがよく知ってんじゃないか?」

「どういう事か?」


 何も話さないので俺が促すとトルピードは立ち上がって真剣な顔で俺と目を合わせた。

 話を聞きたいようだ。


「コイツに見覚えは?」


 俺はさっきクヴィークから取り上げた手紙を見せてみることにした。トルピードは俺がカバンから手紙を取り出しても特に警戒するそぶりは見せなかった。

 トルピードは手紙を開くと捺印を睨みつけた。


「これは国王陛下の印痕では、あるな」

「偽物ってことか」

「使われた印章も本物だ」

「本物ってことか?」

「そう急ぐでない、あの男は既に居らん。これを使えるのは副王であるワシとテトンス旧王だけだ」


 トルピードは手紙の最初の行から指でなぞりながらゆっくりと目を通し、


「片耳の老いぼれが、何を企むのか」


 そうい呟くと、封筒の中から封蝋のかけらと、さらに手を入れて長い白髪を取り出した。


「これをどこで手にした?」

「さぁな。でも、協会騎士が噛んでる。そう聞こえた気がする」

「またか……んん、目障りな」


 トルピードは親指の爪を噛みながらしばらく考えた。そうしているとドンドン眉間にしわが寄りだして、ついにこぶしを握って突き上げた。

 何か思いついたのか、怒りの発散というよりはハンドサインだった。


「あの黒頭巾だったら、あっち行ったぜ。便所じゃないか?」


 俺が言うと、


「ん?カッツェ!どこに?」


 とあたりを見渡した。

 俺が茂みを指差すと丁度そこから物音が聞こえ、見覚えのある奴が黒頭巾に引きずられて戻ってきた。


「ぉお?!こそ泥め!何故ここにおる!」

「こんにちは、総統閣下。これには深い訳が」

 

 トルピードの前に襟首を掴まれたまま突き出されたクヴィークは言い訳を始めた。


「知り合いか?どういうことだよ」


 俺は何もかも最初から説明させた。

 二人同時に話し出すし長かったが全部まとめると、あの地図はクヴィークがトルピードから盗んだもので、トルピードはエリッシュが吸血鬼だとは知ってたが今回の事について何も知らず、用と言うのは式典の衣装についてで、もしかしたら今回の事はドラゴンのことも全部がテトンスと協会が結託した壮大なエリッシュ誘拐計画なんじゃないかということらしい。

 どういうことだよ。


「ここまで、良いか?」

「バッチリだ」


 俺はどうしてこうなったのか政治は後でフレディとタウンゼントに考えさせることにして、自分は大事なことだけ確かめることにした。


「それで?お前の指示じゃないんだろ?だったらどうにかしてくれてもいいんじゃないか?」

「それは出来ん」

 

 トルピードは即答した。


「総統なんだろ?権限はどこにやったんだよ。責任はどうなってんだ責任は」


 俺が強めに催促すると黒頭巾が無言でトロピードと俺の間に割って入った。

 よくできたボディーガードだ。俺が撃つかもしれないと思ってる。

 トルピードはその意図を察したようだ。それでも自信があるのか黒頭巾を下がらせて、


「よい機会だ。貴様とワシの立場をハッキリさせておこう」


 と言って、したり顔で腕を組み腹を突き出した。


「撃つと良い」

「できないと思ってるのか?」


 俺がリボルバーを抜き弾倉を触ると、


「そのような程度の低い武器ではワシを征服することは出来んと、見せてやる」

 

 トロピードは更に腹を突き出して自信を見せた。

 ドラゴンと同じ魔法でも使えんのか知らないが本気のようだった。自分の強さを示してこの件に関りはないと証明したいのか。まぁなんでもいいか。

 俺は言われた通り試しに撃ってみることにした。

 俺がリボルバーを構えると、ひょろ長い黒頭巾は両手を伸ばして猫じゃらしにジャレる猫みたいな動きで射線を切ってきた。


「よい、やめんか」


 トルピードの制止を無視する黒頭巾を俺は右手のリボルバーの射線で誘導し、もう片方の手でオートを抜いてトルピードのスネを撃った。


「ハうぅおおおアァァ!」


 銃声と共にトルピードはスネを抑えて地面に崩れ落ちた。

 そういえば防弾ベストって選択を忘れてた。

 だが驚くことにトロピードのスネは45口径をブチ込んでもビクともしなかった。

 兵士は転がるトロピードを心配そうに覗き込み、クヴィークは自分のスネを擦っている。使用人は駆け寄ってかがみ「なんてことを」と目で俺に訴えていた。


「はぁぁあ!バカモン!何故足を撃った!」

「万が一ってこともあるだろ?」


 ひと通り転げ回ったトルピードは兵士の手を借りて立ち上がった。

 そして制服に付いた土を使用人に払われながら俺を睨みつけると言った。


「もう一度、撃ってみよ」


 俺は黒頭巾が動き出す前に、今度は右手のリボルバーでスネを撃った。

 さっきと同じ場所に当たったが今回は痛がる様子もなく銃弾は変形せずに足元に転がっていた。


「どうだ!」

「凄いな」


 俺が認めて銃を仕舞うとトルピードは俺に詰め寄って俺の手首を掴み、


「ワシはいつでも貴様らを征服できる。貴様の生意気一つとしてワシの許しなしには出来んのだぞ」


 と警告した。


「お前は認めるさ。だから証明した。そうだろ?」


 俺がそっと手を払って握手に変えるとトルピード閣下は、


「クハハ!愉快だ!」


 と思いの外、ご機嫌そうに笑った。


「んならなんで手を貸してくれない?」


 俺はこの隙に話を戻すことにした。


「テトンスは家畜の豚と入れ替わったところで誰も気が付かんような、気がついたところで戻す意味もないような、そんなカカシのような男だ。だが与えられた権限はワシと同じニコフレニス副王だ」

「名札は同じってわけだ」

「……言い草は気に入らんが同じことだ。それ故、ワシが直々に手を出せば摩擦が起こる」

「直々に?」

「そうだ」


 俺が聞き返すとトロピードはニヤリと顔を歪めた。


「つまり?たまたまお前の予定と俺の計画が被って跳ね橋が降りたり、たまたま払った金が思いもよらない事に使われたり、たまたまおしゃべりの中身が最近の警らについてだったりはするわけだ」

「そのようなことはない。ちょうど橋の点検を命じようと思っていたことを思い出しただけであるぞ?」

「随分気前が良いんだな?」


 確かめると、


「義務の対価は責任である。貴様らが我が領土で法に従い税を納めるのならば、ワシは応えてやらねばなるまい」

「税?さっきのクソッタレ共のことはどうなんだ。義務じゃない、俺たちは俺たちの自由を使って戦ってやったんだぜ?」

「受けた恩はしっかりと羽織っておる」

「なら、分かるだろ。困ってんだ。全部つぎ込んで、どうにもなんないのか?」

「ワシは政治が苦手でな、貴公の要望すべてには応えられんのだ」


 話し合いでどうにかならないか粘ってみたが、どうやら自分でやる他ないらしい。

 俺がやるとなると。せっかくここまで上手くやってきたのに。台無しだ。

 

「……分かった。んじゃひとまずこの地図は俺が預かるってことでいいか。総統閣下?」

「今度は大事に仕舞っておくのだぞ」


 トロピード閣下はクヴィークから地図を取り上げて俺に渡した。それから少し話して去っていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る