第14話 街に戻る
「タウンゼントさんってどんな人なんですか」
「ハゲだ」
僕らは突然手紙を送ってきたタウンゼント中尉について話しながら、まだガス灯の灯る街を歩いた。彼もこちらに来ているということはロイも来ているのかもしれない。もしそうなら見つけてやりたいが今は難しい。まずはタウンゼント中尉と合流してドラゴンを倒す。捜索はその後になるだろう。
カフェでないカフェが立ち並ぶ中央通りを進み人力車の俥夫に道を尋ね教えられた通りオオカミと剣のモニュメントから昨日とは違う裏道へ入った。暫く暗い建物の隙間を進むと豪華な屋敷が並ぶ静かな道に出た。
「髪は確かに特徴ですけど」
「常に眠そうな半開きの目で俺たちを監視する不機嫌で味覚がイカれたハゲだ。こんな感じ、なぁ?」
エランドは腕を組んで顔を顰めて見せる。大袈裟だが思いのほか特徴を捉えていた。
「あぁ……少しわかった気がします」
「印象は概ねそうなんだけど。良いところも沢山あるよ--
エランドの説明は彼の外側を簡潔に説明していたので僕は内側を簡単に説明することにした。ハル・タウンゼントはウェールズ出身の英陸軍将校で階級は中尉である。彼は戦車の運用に関する情報の収集、共有を目的として第70戦車大隊に派遣され僕の車両では車長を務めていた。士官学校を出た軍人とは思えないほど不器用で小銃で毎回指を挟んだり缶詰を上手く開けられなかったり小石につまずいたり最初は皆の笑いものだった。しかし、そういった所作からは想像もつかない誰よりも粘り強い胆力を持ち戦闘でも高揚することなく、まるで空から見下ろしているように決して状況を間違うこともない、加えてそれを圧倒的な知識と合わせることで常に僕らを優位に立ち回らせた。それが知れてからは彼を笑うものはほとんどいなくなり皆彼を信頼したが仲良くなれた者は少ない。
--後はそうだな、ブリキのくるみ割り人形っていう渾名があった」
「ブリキ?変わったあだ名ですね。くるみ割り人形は普通木です。どうしてブリキなんでしょう?」
「分からない。彼の上司がそう呼んでたんだけど訳は聞き忘れたんだ」
そうこう話していると目的の15番通りに着いた。
「なるほどなぁ」
エランドがそう漏らすのも納得だった。僕らが道を尋ねると行けばわかると言われたのでひとまずここへ来たのだが僕はなぜ15番通りの西で住所が終わっていたのか理解した。この通りの西には建物が一つしかなかったのだ。
その建物はバースデーケーキのように白く四角く巨大で4つの角にはいちごの代わりにそれぞれ塔が立っている。道路と建物を隔てる広大な庭は飾りこそ殆どないが芝が美しかった。
道の東側はおそらく兵舎だろう。こういった建物には見覚えがある。砲兵隊はここから出撃していったのか訓練の声も何も聞こえず少数の見張りと轍だけがあった。
「着きましたよ」
兵舎を眺めながら閑散とした並木道を進んでいるとエリッシュに袖を掴まれて僕は気がついた。振り返ると宮殿に相応しい立派な門があり街の憲兵よりもわずかに飾り気のある衛兵が3人長い棒を持って警護していた。
「御用でしょうか?」
「あぁ、失礼。招待を受けたものです」
僕が同封さらていた招待状を渡すと衛兵はそれを受け取り門の裏に取り付けられた電話をかけた。暫くしてエランドがタバコに火をつけようしたとき建物から使用人の少女一人歩いてきた。
「ご案内いたします。お荷物をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
彼女がスカートを摘んで挨拶してからそう言うと、
「丁重に頼むよ」
いつの間にかガンベルトを外していたエランドは拳銃を2丁とも預けた。なるほど。
「そちらは?」
エランドに習ってホルスターごと拳銃を渡すと彼女は僕が抱え直した折りたたみ自転車に目をやる。
「これは……」
使用人の手は3丁の拳銃とナイフで塞がっていてとても持てそうにない。僕がどう断ろうか考えていると衛兵の一人が運ぶと言い出した。
そんなこんなで僕らは宮殿へ案内された。芝生の中心を真っ直ぐに通された石畳の道を歩き3つもある正面入り口の中央の扉から中へ入った。はじめの部屋は両脇に階段のある思いの外小さな部屋だった、とは言ってもこれまで見た玄関では最大だが。
僕らが歩みを遅くすると使用人が次の扉を開けた。両脇に姿見鏡がある不思議な扉だった。それを抜けると僕らは止まった。その部屋はベルサイユ宮殿の中はきっとこうなっているだろうなと、そう思わせるこの建物の外観に相応しい広く豪奢なものでガラスの天井から差し込む朝日が床を美しく照らしていた。
エランドはまるで美術館に連れてきた子供のようにフラフラと歩いている。次の扉を通り石膏像がいくつもある天井の高い廊下を進むとようやく最後の部屋へたどり着いた。ここは応接間だろう。ピアノとテーブルと温かい暖炉がある。部屋はカーテンから照明まで例外なく豪奢でその他にも絵画や変わった船の模型など様々あったが素人が見てもそれら飾りは建物とは異なり統一感がないように思えた。
「どうぞ、掛けてお待ち下さい」
使用人はエリッシュのアーミーポンチョと僕らのヘルメットをコートハンガーにかけると椅子を引き、衛兵は僕らの拳銃が置かれた小さな机に自転車を立てかけて去っていった。僕は促されるまま椅子に腰掛けた。そしてテーブルに自分の手を置いたとき機械油の付いた袖と手袋を見て、なんだかとても場違いなことをしていると思えた。実際そのと通りだろう。磨き上げられた大理石の上をガソリン臭いタンカージャケットを着て歩いてきたのだから。エランドに至っては着席すらしていない。部屋中を歩き回り窓を叩いたり絵を眺めたり、かと思ったら大きな鏡を覗き込んで髪型を確認しその手をカーテンで拭った。
「子供みたいですよ」
「お前は大人みたいだ」
「私は大人です」
エリッシュが注意すると彼はそんなことを言いながらピアノに近づいて全部の鍵盤を一つずつ押した。全く落ち着く素振りはなかったがちょうど先程の使用人がお茶を運んできたためエランドは茶菓子につられて席についた。だがエリッシュとともにそれをたいらげた彼は再び足をぶらつかせ立ち上がろうとしていた。使用人は部屋の隅に立ちただこちらを見つめるだけで注意することはなかったがその視線は冷え切っているように思えた。
「あぁだめですよクロスで手を拭いては、これを使ってください」
エランドは空のコップを覗くと思い出したようにテーブルクロスで手を拭い、
「わぁあ!私のハンカチ!」
エリッシュのハンカチで鼻をかんだ。どう見ても再び歩き出すのは時間の問題であったため彼を椅子に繋ぎ留めるべく僕は今感じる違和感についてエランドに尋ねることにした。
「妙だな。時間の指定はなかった、けどタウンゼントが人を待たせるなんてなかった」
「おめかしでもしてるのか」
エランドは椅子を立つと小さな旗が並んでいる窓際の机に向い、
「旗をさわ--」
「そもそもいないのか」
僕が旗に触らないように言おうとすると同時に上着を払い、いつの間にか懐にしまっていた拳銃を使用人に見せつけてベルトの左に挟んだ。
「ちょ!」
「エランド、説明してくれるか?」
「見ろよ、ビビりもしない」
エランドは片手を銃に添えたまま使用人を指さして言った。
見てみると確かに彼女は先ほどから顔色一つ変えず何も言わなかった。
「この女は訓練されてる。俺たちを邪魔しにきたんだ。そうだろ?」
「そう見えるのか?」
「メイドにしては不器用すぎる。エプロンの紐に茶が染みてる」
「他には?」
「ここのメイドはスカートをつままない、お辞儀するだけ。よそ者だ」
「手紙はどうなるんだ。あれはイギリス語で書いてあった」
「頭から記憶ぬく魔法とか?」
「あります。でも魔法はずっと見張って--」
「あの夜も?」
「あ……」
「ミルクと砂糖の数まで調べるなんて感心だな」
エランドは机にもたれると続けた。
「何とか言ったらどうなんだ?」
問詰められた使用人は先ほどまでの冷たい視線を和らげると少し困ったように言った。
「フーバーだ」
「は?……フーバー?F、U、B、A、R?」
「私はこの言葉があまり好きではないが、最も適切に使うなら今だろう」
それを聞いたエランドは机から降りると使用人に一歩近づいた。
フーバーとは、Fucked Up Beyond All Recognition、の頭文字をとったスラングで、どうしようもなく理解を超えていて滅茶苦茶でありフザケている状況を伝えるための言葉だ。これはエランドにとってクソと尻の次にお気に入りの言葉でもある。そして、「私にフーバーはない」これがタウンゼントのいつものエランドたちへの返しだった。
「ミッキーマウスのガールフレンドは?」
「ミニーマウス」
「歯がある鳥は?」
「キツツキ、場面によってアヒル」
「ブレンガンはクソ!」
「……」
「ハッはあぁ!会いたかったぜ中尉!」
エランドはいくらか質問すると納得したのかハグを求めて両手を広げた。
タウンゼントはそれには応えず右手だけを差し出した。
エランドはその手を取ると強引に引き寄せ彼を抱きしめた。
「放せ」
タウンゼントが不機嫌そうに言うとエランドは満足げに手を解いた。
「ド、どういうことですか?タウンゼントさんは男の人ですよね?」
「あぁ男だ」
「この人はどう見ても女の子です」
「はあぁん……魔法で化けてんのか?」
「この人は使ってませんよ?」
「……そいつぁ、どういうことだ」
エランドは椅子をタウンゼントの前に置くとまたがるように座って彼を観察した。タウンゼントはそんなエランドを無視してエリッシュに尋ねる。
「この体には何ら魔法的変更は加えられていないということでしょうか?」
「加えられたかは詳しく見てみないとわかりません。でも今はないです」
そう返されたタウンゼントは困った顔で僕の向かいに立つと姿勢を正し丁寧に敬礼した。僕が敬礼を返すと椅子を引き腰掛けた。そしてテーブルに肘をついて手を組もうとしたが高さが合わなかったのか手を戻した。
「なにかこの有様に心当たりはないだろうか?」
「ああ、タウンゼント中尉?」
「そのとおりだ」
「また会えてうれしいよ」
「私もだ」
「それで、何故こんなことに?」
「それを私が尋ねている」
どうやらこのエリッシュより少し背の低い使用人の中身はタウンゼントで間違いないようだ。彼は身長と引き換えに腰まで届きそうな美しい髪の毛を手に入れたようだ。僕はひとまず彼にこれまでのことを話し彼の知る限りを尋ねた。
タウンゼントの話を要約すると春頃、家族に看取られたと思ったらなんの装備もなしに街の真ん中に放り出され、今は保護された施設で教師をしているとのこと。こちらには僕らよりも先についたようで数えると、その日付はエリッシュが魔法を使った日と一致した。
「なるほど、だいたいわかった。不思議はなかった、そういうことにする」
僕が話を手帳に書き留めているとエランドは立ち上がりタウンゼントの肩に手を置こうとして払われ、
「この調子でロイも来たらなぁ。完璧なチームだ」
行き場を失った手を組んで言った。
「んん?1人しか呼べない魔法だったはずなんですが」
「もう3人もいるぞ」
「タウンゼントが一番に来たことから考えると彼がタバコで戦車がシガレットカードなのかも」
「んじゃお前は何なんだよ」
「ふんん、箱かな」
「俺は?」
「レシート?」
「それは付属品じゃない」
「なんだって良いさ。今は不思議はないことにしよう。僕らが何者かについてはドラゴンを倒した後、ロイを探して、それからでも遅くはない」
僕は冗談を終わらせ時計を確認した。そろそろ行かないと。そう思って机に手をついたとき廊下から数人の足音が聞こえて彼らは扉をノックした。
「入るぞ。良いか?」
「どうぞ」
呼びかけにタウンゼントが答えると大きな男が近衛と執事を連れて部屋に入ってきた。その男は2メートルを超える巨体で絵本の中を治めるている王様、もしくは動く贅沢品と言ったらこうだろう、そんな姿だった。彼は部屋に入るや僕らには目もくれずエリッシュを値踏みするように上から下まで眺めた。
「金持ちの挨拶ってのは随分変わってんだな」
僕らはその肥えた男のなにかに気圧されたがエランドはいつもと変わらない調子で机に腰掛けながら言い放った。あまりに強気な態度に誰もが彼を視線で注意しようと試みる中その男は暫くの沈黙の後エランドに向き直った。
「ワシはニコフレニス副王兼総統、ピツォトル・トルピード・トラーマティニである。貴様は何者だ」
「アランドだ、トルピード」
エランドが机から降りて握手を求めると、
「トルピード閣下」
閣下は訂正を求め、
「よろしくトルピード閣下?」
エランドが言い直すと彼の手を取った。
「こいつらは俺のだからな、気をつけろよ」
「ヌハハハハハッそうか!」
彼の無礼に閣下は笑い、
「ならばポケットにでも仕舞っておきたまえよ」
しかし頭にきたのか返答に力を込めた。二人は暫くにらみ合った。
「これが君の友人で間違いないのだな?」
閣下は静寂を破るとエランドの手を放してタウンゼントに向き直った。
「今は認めたくありませんが、仰る通りです」
「トルピード総統である」
「フレディ・フェアフィールドです総統」
「うむ、総統であるぞ」
「エリッシュ・メーツトリです」
「うむ、閣下であるぞ」
僕らがそれぞれ差し出された手を取ると総統は後ろで手を組んでタウンゼントに向き直った。
彼は何か言おうと口を開いたがちょうど窓ガラスを突き破って部屋に入ってきた鳩に邪魔された。ガラスが脆かったのか鳩が硬かったのかは分からないが鳩は無事なようでテーブルを歩いて総統のもとへ向かった。窓によって外を見てみると3羽の鷹が旋回していた。
「行って良いぞ」
総統は伝書鳩が運んできたとであろう小さな紙切れを衛兵に預けるとタウンゼントに目を戻して言った。
「恩に着ます」
彼が答えると、
「ワシの恩はもっと大きくなくては似合わぬぞ?どこがとは言わんがなガハハッ」
総統は笑いながらも衛兵とともに足早に部屋を後にした。
「僕らも行こうか。そろそろ時間だ」
僕は時計を確認して呼びかけた。午前9時35分、時間にはまだ余裕があるが朝になって見張りの黒猫からの定時連絡は30分おきに変わっており、その内容も先程7に変わった。8段階評価のうち7のである。彼は信頼できる猫なので急いだほうが良さそうだ。
「エランド、先に行け、準備を頼む」
彼は預けていたホルスターを素早く身につけると、その場で自転車を展開し漕ぎ出していった。
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