第12話 ピクニックを楽しむ

 僕らはキャンプに戻り少し遅めの昼食を取ることにした。献立は昨日と同じビスケットの缶詰になってしまったが青空の下にシートを広げて食事をとるのだからピクニックであることに変わりはないだろう。そこでは戦車に積んであったレコードから軍歌が流れていた。


「聞いた事ないわね」

「遠い島の音楽だからね。英国擲弾兵って言うんだ」

「ほらよ、余りもんだけどな」

「ありがたいッス」


 チヴェッタらにいつもの缶詰とジュースを配ると彼らはありがたそうにそれを受け取った。僕は彼らが今日の仕事にか賭けているというのはちょっとした贅沢ができるとかそういったものだと勝手に思っていた。しかし彼らが賭けていたのは明日の生活についてだったのだ。


「昨日はすまなかった。そんなにお金に困ってるとは思わなかったんだ」


 僕が小銭の入った巾着をさしだすと、


「貰えないッスよ!それにいつもはこんなんじゃないんスよ?けど最近はドラゴンのせいで危なくって……これどうやって?」


 チヴェッタはそれを拒みかわりに缶詰を僕に渡す。


「ドラゴンか。なにか変わったのか?」


 缶詰を開けて返すと、


「噂が出るとどこからともなく集まってきた一攫千金を夢見るならず者、街の外は揉め事に溢れてまともに歩けたものじゃない」


 問にはルーヴが答えてくれた。彼は缶詰をナイフで器用にこじ開け兜は被ったまま食事を始めた。


「なるほど」


 他にお菓子でもなかったかと立ち上がったとき僕はプフェーアトの視線に気がついた。


「なにかついてる?」


「んう?フレディさんたちってもしかして凄くすごい人だったりする?」


「いや。どうしてそう思う?」


「ん?だってエリッシュさんは解毒に治癒の魔法が使えて、そんなすごい魔法が使える人この街に2人しかいないし、ゴーレムなんて初めて見たし、それにゴブリンの巣穴なんてベテランでも入りたがらないし。うん、普通じゃないわ」


「……秘密にしてくれるなら教えよう」


 僕が言うと皆うなずく。


「よし。エランド、説明の時間だ」

「説明しよう!This tank is the Super Marvelous Tank !--


 エランドは得意げにとても大きな素振りで全く見に覚えのない僕らの素性を語り皆それをビスケット片手に聞く。雑貨屋で語ったときよりも壮大なものになっている気がした。

 確かジャムがあったはず、僕は戦車から赤い蓋の空薬莢を取り出した。戦車砲の薬莢は物入れにちょうどいいのでよくお菓子を入れて位置的に役に立たない車体前方の弾薬庫にしまっているのだ。一つはゴブリンに贈りもう一つは沈んだ、これが最後の一つ。蓋を開けて中身を取り出しす。出てきた真っ黒な瓶だった。これじゃない。僕はその瓶を切り株の机に置いた。そして次の瓶を取り出す。また同じ、これじゃない。さらにもう一つ取り出す。これじゃない。これも。これじゃない。


「エランド?」


 僕が演説中に声をかけると彼は切り株に並んだ瓶を見て、


「あぁ……ジャムには変わりないだろ?」


 そう開き直った。


「これはジャムじゃない」


 これは栄養価の高い副産物、つまりこれそのものを目指して作られたものではない。だからジャムとは違う。見た目も使用済みの機械油によく似ていて入れ物を変えたら誰も食べないだろう。これはイギリス人の7割に人気のある調味料で僕の部隊でこれを食べるのはタウンゼント中尉だけだ。つまりエランドは誰も食べないあまり物をジャムの代わりに詰めたわけだ。


「それはなんですか?」


 エリッシュが僕に尋ねる。名前は何といったか、ヒューマイトだったか。


「食べられるんだ。食べられるなにかだよ」


 思い出せなかったので事実だけを伝えることにした。


「食べてみてもいいですか?」


「構わない。でも食べられるものなら全て美味しいという訳では……」


 エリッシュは瓶とスプーンを受け取ると僕が警告するよりも早くビスケットに塗りなんのためらいもなく口に入れる。そして特に変わった様子もなく噛んで飲み込んだ。


「……どう思う?」


「美味しいですよ?」


 彼女は次のビスケットを缶詰から取り出しながら言った。


「そうか、それはよかった。何事も試して見るものだ。君らも試すか?」

「いいんスか?」

「もちろんだ」


 僕はチヴェッタに一瓶手渡す。もし彼らがこれを気に入ればすべて渡してしまおう。彼がビスケットに塗終わり瓶をまわすとルーヴとプフェーアトも続き皆同時に齧った。

 

「しょっぱ!」

「オォエッ」

「吐きそう……」


 見慣れた結果だ。彼らは揃った動きでジュースの瓶を持ち口の中のものを洗い流した。


「そんなに、不味くはないと思いますけど」


 エリッシュはそんな彼らを不思議そうに眺めながら次のビスケットを真っ黒に染めている。


「これって栄養剤ッスよね?」

「まぁそんなところだ」

「これと同じ味がしたッスもん」


 チヴェッタはそう言って何かをポケットから取り出すと僕に投げた。紙に包まれていて見かけはキャンディのようだ。


「……ありがとう。ところで--


 僕はそれをポケットにしまって話題を少し戻し、ドラゴンの噂とここ最近の街の変化について尋ねた。彼らも地図の青年クヴィークと同じようにウィンナーズドルフ出身でこの辺りを中心に活動しているのならば役に立つ物を持っているかもしれない。

 そうして謎の飴をうやむやにしながら話を進めていくと、ほとんどはクヴィークの話にあった内容だったが2つ新しい情報もあった。一つはドラゴンはほぼ確実に倒されてはいないということ。なぜならエリッシュがそれを見た日にチヴェッタらもドラゴンを見たと話したかだ。もう一つは国もほとんど確実にそのことを知っているということ。なぜならそのときチヴェッタらは軍の調査部隊を案内する仕事の最中だったからだ。

 これはつまり計画があるということだ。斥候が持って帰ったものを信じないなら出す意味がない。

 エリッシュはその計画についてサルマさんを戦わせるつもりだろうと予想していた。大きな国には魔法魔術顧問と呼ばれる超つよい魔法使いがいて、こういった問題には彼らのような組織が対処することが通常だそうだ。しかし、ウィンナーズドルフの顧問は引きこもりで街を離れられないらしく、市長の誤解もこのことがあってエリッシュが手を出さざるを得なくなった結果のようだった。

 もしも僕らが尋ねて計画について教えてくれるのなら簡単だ。つまり今のところ僕らの計画には影響しない。


「で?味は?」


 僕が聞いた話をメモしていると缶詰を食べ終え拳銃を整備していたエランドが突然口を開いた。


「ドラゴンは食べ物じゃない」

「いや?もらったろ?飴だよ」


 この男は僕らの話など全く聞いていなかったようで時間をもとに戻してしまった。


「気になるなら試してみるか?」


 僕が飴を差し出すと、


「いただきものを横流しするってのはどうなんだ?」


 と取り外したバレルを指に挟んで回した。なるほど、あれは整備には全く必要はない動き、彼は話を聞いていなかったわけではなくわざわざ僕に飴を食べさせるために話を戻したようだ。

 腹を括って包み紙を解く。中には黒く光沢のある小さな車輪のような物が3枚重なって入っていた。栄養剤と言っていたか。朝昼晩と飲むのか。糖衣に包まれていて匂いはない。飲み込んでしまえば味はしないだろう。僕は逃げ道を見出しジュースの蓋が開いているのを確認してから口に含む。


「ん!ムフッ」


 極めて悪質な錠剤だった。粒が唾液と接触すると瞬時にまるで乾いた小麦粉のように口内に広がって酷く咽た。ジュースで洗い流そうとすると粉末が溶け出し酷い味がした。


「これはひどい」


「飲み込んじゃダメッスよ。ベロの下に置けって書いてあるの読まなかったんスか?」


 改めて包み紙を広げて確認すると裏側に印字があった。


「傑作だな。どんな味だった?」


 エランドが僕を笑うと、


「それあたしも持ってるからあげる」


 プフェーアトが同じものをエランドに渡す。彼はそれを受け取ると拳銃を仕舞い大きく伸びをして話を変えた。


「さっきの続き。トラップカードってのはお前ら専用なのか?」

「それは僕も聞きたい」


 彼の逃亡に手を貸すのは癪だが今は見逃すとしよう。


「あれ?ただのカードよ?あのカードもどこでも売ってるわ」


 プフェーアトは僕らの問に答えるとポーチからブリキ缶を取り出してエランドに渡した。


「あー、これをどうすればいい?」


 彼がトランプ、またはシガレットカードによく似た厚紙を片手に尋ねると、


「カードを左で持って、このロッドを魔法を撃ちたい方に構えて、カードの裏のここを読み上げるの」


 プフェーアトはベルトに差していた杖を彼に持たせ手取り足取り教えた。エランドは一通り説明を聞くと西部劇の主人公が決闘でもするかのように足を地面になじませ杖を構える。そして、


「オーダー!火よ!出てこい!」


 彼が唱えると杖の先に小さな火が灯った。


「……思ってたのと、違う」

「もっと力を込める感じでやってみると大っきくなるッス」

「よし」


 エランドは火が消えぬよう慎重に構え直し杖を持つ手に力を込めたようだがその勢いが増すことはなかった。


「タバコには十分だ」

「今始めたばっかりだ。お前はできるのか?」


 僕が言うと彼は火に息を吹いて消し杖とカードを僕に差し出す。僕はプフェーアトの了解を得てそれを預かるとエランドと同じように唱えてみた。


「オーダー、火よ。出てこい」


 何も起こらなかった。


「あぁハハハ、見ろよ。才能がない」

「……今、始めたばかりだ」


 何がいけないのか僕には一つ思い当たることがあった。


「もしかして僕は魔法が足りない?」

「さすがに……冗談でしょ?」


 僕が呟くとプフェーアトは首を振った。エリッシュに目をやると彼女は食べようとしていたビスケットを缶に戻しハンカチで手を拭ってからカードを手に取る。そして裏を見るとすぐに僕に返して、


「あああん、残念ですがこのカードはフレディには使えません」


 とても残念そうな目で僕を見上げた。


「思うに、ここに書いてある魔法量が足りないんだろ?4って書いてある。僕は確か、3だった」

「はい、そうです」


 この値は驚異的なのか完全に言葉を失っているプフェーアトに僕はそっと杖を返した。


「おぉ!可哀想に!タバコに火をつけられない!」

「ライターを使うさ」

「俺は魔法使いだ」

「魔法使いはカードがなくても火を出せます」

「そうなのか」

「まぁ覚えるのは面倒なので結局カード使うんですが」


 バケツの椅子に戻る僕を何も言わずに見つめる彼らの視線から考えると僕は実際に可哀想と言われる立場にいるのかもしれない。とても哀しいが僕は昨日の観光を思い出して希望を持った。

 しかし誰にでも魔法が使えるというのは都合が悪い。しかし、何故だ。何故都合が悪いんだろう。僕は半自動的に始まった思考を止める。何も都合など悪くない。何故なら僕らが戦うのはドラゴンだからだ。カードにはどんな種類があって、その射程など尋ねても仕方がない。


「あ!そういえば!フレディさんは射撃がうまいって聞いたんスけど。もしよかったらボクに教えてくれないッスか?」

「ん?あぁ、もちろんだ」


 チヴェッタは考えを整理している僕を落ち込んでいると見たのか気を使ってくれた。僕がそれに承諾すると彼女は近くに猟師が使う射撃場があると言うので案内してもらった。道中、


「そのライフルを使うのか?」

「そ、サーイエッサー」


 僕が尋ねるとチヴェッタは巨大なバックパックと背中の間に挟んでいた小銃をなんともぎこちない動作で取り出した。彼女の銃は単発後装式の黒色火薬を用いる小銃で軍の放出品だそうだ。使い慣れている様子はないが差し出された銃を手にとって確かめると汚れや動作のガタツキもなく手入れはよくしているようだった。

 射撃場に着くとそこは100メートルほど森を切り開いた風のない静かな場所で木製の鹿や空き缶などあらゆる的がすでに配置されていた。木の床が貼られた射撃位置からほど近いところに散らばった大量のガラス片から察するに利用者は多いようだが今は貸し切りだった。


「まずは見せてくれるか?」


 僕は近くの椅子に腰掛けてテーブルに自分の猟

「どれ狙うッスか?」


「そうだな……ちょっと置いてくる」


 的はどれも大きすぎるか近すぎて丁度よいものがなかったので僕は30メートルほどのところにある頭のない鹿の背中に持ってきた空き瓶を置いた。


「えっと……遠すぎないッスか?」


 僕が椅子に戻ると彼女は振り返って言った。


「そうか?あの鹿が一番撃たれてたから置いたんだけど」


「そりゃカード使えば誰でもそこそこ撃てるッスけど」


「……もしかしてそれがあれば弾のとどく限り狙えたりする?」


「や、50より長いのはないらしいッス」


「50か……持ってるのか?」


「ボクみたいなのはだいた30のは持ってるッス。50のは高いッスよ?」


 チヴェッタはポケットからチケットケースを取り出して差し出す。”ケースに入れて首からかけてご使用ください”か。僕がケースをテーブルに置くと彼女は続けた。


「でも便利そうで使えないんス。動物は敏感でこれ使って狙うと絶対気づかれるんッス」


「なるほど」


 じゃあ何に使うんだというのは置いておいて本題に移ろう。


「ひとまず見てみるとしよう。目標に変更はない」


 僕が指差すとチヴェッタはラダーサイトを起こし目盛りを30に合わせる。そしてゆっくりと構えると照門を覗いた。これでは当たらない。僕は銃の傾きに気づいたが一通り見守ることにした。

 彼女は1発撃って外すと、

 

「なんか狙ったとこに飛ばないんスよね」


 そう呟いて煙を払い銃口を覗いた。僕は今日のこの機会があったことに感謝してまず習わしから教えることにした。


「よし、全部わかった。まずは銃を置いてくれるかチヴェッタ」

「ほんとに!?」


 僕が言うと彼女は銃をテーブルに置いて正面の椅子に腰掛けた。


「まず、コツの前に一ついいか?」


「は、サーイエッサー」


「銃口は絶対覗いちゃいけないって聞いたことはあるか?」


「確か弾が入ってるときはダメって--」

「それは忘れるんだ。いいか。銃口は弾がなくても覗いてはいけないんだ。絶対に、絶対だ。整備のときでさえ例外じゃない」


 大事なことなので僕はチヴェッタの目を見て話したが彼女は今ひとつこの重大さを分かっていないようだったのでそれを感じてもらえるよう話の続きを作った。


「さっきのカードをもう一度見せてくれるか?」


 僕が言うと彼女は先程と同じように上着の両ポケット叩いて、


「あれ?」


 さらに中を探ってカードを探した。もちろんカードはそこにはない。


「カードはここだ」


 僕はテーブルに置かれた銃の銃床を指差す。彼女は自分の銃を退けるとケースを手に取った。


「これが銃口を覗いてはいけない理由だ」

「え?」


「君は今カードを探すときポケットを叩いただろ?それはいつもそうしてるからだ」

「そうッスね」

「でも叩いてそこになかったはずなのに中を探ったね。人は焦ると考えるより先に普段の動作を繰り返す」

「あ……」

「もうわかるだろ。普段から銃口を覗いていると焦りが君に銃口を覗かせる」

「……」

「恐ろしいことに人は普段の半自動的な行動をいちいち覚えたりしない。君はカードをどこに置いたか忘れたように弾を込めたかどうかも忘れる。銃を構え、獲物に覚られ、構えを解いたとき、君はプフェーアトに声をかけられて何かを忘れたまま振り向くんだ」

「……」

「友達の腹の中を見てみたいと思うことはある。でもそれは朝食を直接見たいわけじゃない。だろ?」

「あぁ……ありがとうございます。教えてもらってほんとによかった」

「僕もそう思う。それじゃあ、練習を始めよう」


 チヴェッタは銃の危険について理解してくれたようなので僕は銃の所作について具体的に教えた後に本題の射撃技術と練習方法を教えた。匍匐射撃と穀物麻袋、銃を傾けない構えの練習には錘付きの紐、彼女の銃は弾道落下こそ大きかったが精度は一級で僅かな練習で十分当たるようになった。僕は最後にエランドや他の銃の扱いに長けた人の動きをよく観察するように教えた。

 キャンプに戻ると、


「ヘナちょこ」

「これだから銃ばっかり撃ってる男はダメね」

「ひどい言われようだ」


 少し離れたところでエリッシュとプフェーアトがエランドに弓を教えているようだった。不思議なことに彼は苦戦している。彼女らはチヴェッタに気づくと手招きした。


「早いじゃない。もう当たるようになったの?」

「バッチリ」

「フレディは上手でしたか?」

「トンデモナイよ」


 僕はかすかに聞こえる会話を背に小銃をしまって元いたバケツを焚き火の近くに動かした。


「あれは長くなるな。プフェーアトは意地になると長い」


 そこに腰掛けると大弓を磨いていたルーヴが呟いた。


「いや、すぐに終わると思うよ」


 僕がそう返して彼女らに目を向けると彼も剣をしまって向きを変えた。エランドはなにか企んでいる。そうに違いなかった。なぜなら彼が弓を使えないはずはないからだ。なぜなら僕が教えたからだ。


「弓なんか使えてもなぁ。俺にはこいつがある」

「弓にしか出来ないことも沢山あるわ」

「例えば?」

「んん……音がしない!魔法が乗る!」

「サプ使えば銃も音はしない」

「言い訳はよくありません?」

「そうよ。出来ないからって変な理由をつけるのはよくないわ」

「頑張れば楽勝なんだけどなぁ。頑張っても、なぁ?」

「頑張ればできるんですか?」

「そりゃ当たり前だ。そこらへんの男とはセンスが違う」

「じゃあ今日中に使えるようになったら私がなんでも一つ言う事を聞いてあげます」

「あたしも一つなんでもやってあげるわ。どう?できるんでしょ?」

「ああ!ルールを決めよう」


 エランドは彼を侮った哀れな二人から約束を取り付けた。そして何も知らないプフェーアトは10メートルも離れていない近距離に空き瓶を置いてしまった。不器用を演じる必要がなくなったエランドは矢を受け取ると軽やかに番え彼女らが間違いに気づくより早く瓶を砕く。彼の弓の有効射程は30メートルだ。


「「!?」」

「さすがッス軍曹」


 彼はチヴェッタの拍手を心地よさそうに受け止めると呆然と立ち尽くすプフェーアトに弓を返した。そして少し下がって二人を視界に収め、


「ふんん、何でもだからなぁ。贅沢に」


 まるで彫刻でも眺めるように顎をさすり頭から爪先までわざとらしく品定めした。


「人を騙すのはよくないことだと思います」

「そ、そうよ。あたしもそう思うわ」

「俺が騙したって?違うな。お前らが勝手にシール貼っただけだ。そうだろ?」

「ハハハッ、言葉は例外なく創作物だ、気を付けないと、こうなる」


 エランドは彼女らのささやかな抵抗を背に瓶と矢を拾うと、


「お嬢さん方?勝負というものは勝てるときだけ仕掛けるんだ。なぜなら始まりの合図のときにはもう終わりかけているからだ」


 いつかの僕を真似ながらキャンプに戻り、


「なぁ?」


 僕に同意を求めた。僕は栄養剤の報復として彼の権利を取り上げることにした。


「久しぶりに勝負しないか?」

「あ?これは俺のだからな。お前は何賭けるんだ?」

「君が勝ったらその権利を認めよう」

「どういうことだよ」

「君が勝てば僕は君がやることに口を出さない」

「まて、これは俺の権利だぞ?」

「でも目に見えないだろ?権利というものは周りが認めるからこそ機能するんだ。だから僕が認めないと言ってしまえば君は僕を納得させるしか方法がない」

「しょうもない理屈考えやがって。いいよ、やってやるよ」

「良い選択だ」

「ただし、これは俺のだ。お前もなにかものを賭けろ」

「そうだな、お菓子を賭けよう」

「ハーシーはいらない」

「オールイン、僕が持ってるの全部だ」

「相変わらずギャンブルが下手だな」

「いつだって0か100さ」


 僕がアルミケースに仕舞っておいた紙の筒を鳴らして見せるとエランドは勝負にのった。


「で、ルールは?」

「早撃ち勝負だ」

「オーホッホォ、俺と?早撃ち?」

「そうだ」


 僕は戦車から戦車砲の薬莢より少し大きなブリキ缶を取り出し、


「これを先に倒したほうが勝ち」


 7歩ほど歩いたところに置いて、


「このトランプだけを両方とも撃ち抜けばボーナスポイントだ。缶の三倍のポイント」


 トランプを見せて強調して、缶の上と少し離れた石の上にテープで貼り付けた。


「後悔するなよ」

「ハンディが欲しいか?」

「お前のワルサーじゃ、この俺には勝てない」


 エランドは自信に満ちた手付きでリボルバーの弾倉を確かめると腰のホルスターに戻す。僕は胸のホルスターから拳銃を抜いて薬室に弾丸を送り込み腰のベルトに移した。


「エリッシュ、合図してくれるか?」


 僕らは位置に付き合図を待った。暫くの静寂の後、


「よーい、ドン!」


 彼女が頭の上で手を叩くとエランドは僕が拳銃を構えるよりも早く5発全ての弾丸を撃ち出し缶と石の上に置いたトランプを撃ち抜いた。


「当然の結末だな」


 エランドは結果に満足したのかうなずきながら中をホルスターに収めた。確かに彼の言う通り当然の結果だった。

 エランドは普段から二丁の拳銃を所持しており片方は官給品の自動拳銃、もう片方のシングルアクションは彼の私物だ。このことからも分かるように彼は拳銃の腕に自信があり特にシングルアクションの引き金を引ききったまま撃鉄のみを弾く速射は見事なもので彼が言うには0.8秒以内に前方170度の目標を3つも破壊できるそうだ。


「良い作戦だったな、ポイントで勝つつもりだったんだろ?2発きりって決とくべきだったな」


「あぁ、君の負けだ」

「あ?」


 僕はゆっくりと拳銃を構えた。


「3000フレディポイント獲得おめでとう。ただしポイントは勝敗に寄与しな--」


 エランドはそれを聞くと僕が喋り終わる前に左のホルスターから自動拳銃を抜き腰で2発、両手で構えて5発を缶に叩き込む。


「セリフが長……?」


 だが缶は倒れなかった。なぜなら砂が詰まっているからだ。僕は拳銃の薬室から弾を抜いて仕舞った。そして肩に掛けていた猟銃にライフル弾を込めると薬莢と地面の隙間に撃ち込み的を固定していた木の棒を折ってから散弾で倒した。


「汚すぎる」

「これはすまない。君を騙すつもりはなかった」

「ンンファッ!あぁー!」


 エランドはスライドが下がりきった拳銃を握ったまま力なく崩れた。

 こうして報復は成功したが少し卑怯が過ぎたので権利は取り上げないことにした。

 エランドが要求したのはマッサージだった。戦争が終わって帰国した彼は”一切合切ありとあらゆる富と快楽”を手にしたそうだが、そこには安らぎがなかったという。彼はマッサージからそれらが得られると映画で知ったらしい。

 エランドはうつ伏せになりプフェーアトに手を揉んでもらいならエリッシュに背中を踏ませ、非常に満足そうにしていた。

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