第10話 葉っぱを拾う

 僕らは一度キャンプに戻り荷物を整えることにした。午後の予定は紅葉狩り、そう決まっていた。この季節限定の労働で薬の原料となる落ち葉を拾うということらしい、聞いた限りピクニックと変わりないように思えた。ピクニックにヘルメットや小銃は必要ない。


「よし、行こうか」


 僕がプロヴァンス産のワイン、昨日買った縦長のパンにチーズとハム、その他用品だけの鞄を荷車に積むと、


「今日は森の奥に賭ける。丸腰はまずいと思うが」


 鎧と大弓の大男、ルーヴに止められた。


「なんか出るのか?」


 それを聞いたエランドが拳銃の弾を確認しながら尋ねると、


「出ても鹿くらいだし大丈夫じゃない?鹿ならあたしの弓で追い払えるわ」


 とんがり帽子の少女、プフェーアトが弓を構え自信を見せた。


「鹿か」


「この季節の鹿はいつもお腹を空かせてます。もしかしたら襲ってくるかもしれません」

「それは鹿か?」

「そうッス。腹のへった鹿は怖いッスよ?」

「そうだな、不思議はないことにしよう」


 彼女らがそう言うのであれば仕方ない。武器も持っていくとしよう。ちょうどいい猟銃がある。僕は戦車の物置から灰色のアルミケースを探し出し確認した。箱は傷だらけだが中身は新品そのものでよく手入れされていた。


「三連装ッスか?カッコいい銃ッスね」


 チヴェッタは僕が猟銃を組み立てるのを興味深そうに観察すると目を輝かせてそう言った。


「そうだろう。これといつもの拳銃は頂きものでね。ドリリングM30っていうらしい」


 銃を担ぎ弾を鞄にしまって箱を閉じると少し前のことを思い出した。この猟銃は墜落したドイツ空軍の戦闘機乗りを手当したときにワルサーと一緒に渡されたものだ。彼は生きて帰れただろうか。


「お前の友達、アイツは元気そうだったぞ」


 箱を撫でているとエランドが懐かしそうに言った。


「会ったのか?」


「いや、テレビに出てた」


「そうか、よかった」


 今日は良い一日になりそうだ。僕らはピクニックに出発した。ヘルメットを脱いで外を歩くのはいつぶりだろうか。

 街と森の間に広がる牧草地を抜け手入れされた針葉樹の林道を歩く。その道中、


「なぁ、お前……あれ?俺お前の名前聞いたっけ?」


 エランドが鎧のルーヴに話しかける。何か尋ねるつもりだったようだが昨日のことは忘れてしまってようだ。


「ルーヴだ。自己紹介は昨日……覚えがない。酒には自信があったが」

「そういえば……あれ?あたし達あの後どうしたっけ?」

「チヴェ、お前覚えてるか?」

「サーノーサー、思い出せねッス」

「私もです」


 僕らは昨日の宴会でしっかりと互いの名前を聞いている。鎧と大弓を身に着けた大男はルーヴと、とんがり帽子と小弓の少し背の高い少女はプフェーアトとそれぞれ名乗っている。しかしそのことを覚えているのは僕だけのようだ。

 おそらく酒が強すぎたのだろう。飲み始めてからというもの彼らは順々に酔って実に気持ちよさそうに眠っていた。


「フレディは覚えてますか?」


「もちろん、覚えてるよ、飲まなかったからね。でも自己紹介ならまたしたら良いじゃないか」


 僕がそう進めると、


「すみません。私変なことしでかしてませんでしたか?」


 エリッシは心配そうにこちらを覗いた。


「楽しそうにしてた。具合的には?」


「変なこと言ったり、踊ったり、服を、脱いだり」


「あぁ、最初の魔法は星空を再現することが目的だったて話をエランドに延々とした後みんなで奇妙な踊りを踊ってた、楽しそうに。見ていた限り服は靴下しか脱いでない」


「ぁあ!忘れて……」


「難しいな、印象的すぎる」


「俺も見たかった」


「一緒に踊っただろ?」


「マジかよ……ちなみに?その後、お前は何してたんだ?」


 エランドはいたずらを仕掛けるように横目で僕を見た。


「君たちが眠った後は、だいぶ静かだった」


「何を隠してるんだ?言えないのか?」


 何かあったかと思い返したが、恐らくエランドはチヴェッタ達の秘密について僕が気づいたことを話さなかったことについて言っているのだろう。しかし意図せず知った他人の秘密など話すものではない。


「作戦には関係のないことだ」


 こう言っておけばエランドにはわかるだろう。それに僕と地図の青年、名前はクヴィークはあの後も起きていたが皆が眠ってしまった時点で宴会を終え情報の整理と後片付けに取り掛かったので話のネタになるようなことは他になかった。

 しかしその答えは良くなかったのか皆僕に注目し立ち止まった。


「その、命の恩人にこんなこと訊くのもあれだけど……何もしてないわよね?」


 プフェーアトは僕に尋ねた。


「ない、ッスよね?」

「フレディはきっと変なことはしません」


 僕は少し考えて彼女らが何を気にしているのか理解した。どう返そうか悩んでいると、


「何もしていないはずはないだろう」


 ルーヴが呆れたようにつぶやき彼女らの視線はやや冷たくなったように思えた。彼はそんなことには気づかず続ける。


「我々を下宿まで運んでくれたのだろう?かたじけない」


「「「なるほど……」」」


「何をされたと思ったんだ?ん?」

「警戒するのは良いことだ。ただ少し遅い」

「ん?なにか変だったか?」


 気まずそうに目をそらした3人の行動みてルーヴは僕に尋ねる。淀みない心の彼は理解できなかったようだ。

 そうこうくだらない話をしながら進むと道の先が明るくなっていた。光に向かい歩くと針葉樹の森は終わり明るく背の低い楓の森が広がった。


「わあ、きれい」

「これはすごいな」


 見渡すと紅葉は空だけでなく地面にも降り積もり土は殆ど見えないほどで、そこではすでに結構な人数、特に子供や老人、家族連れが落ち葉を集めていた。


「葉っぱ集めはファミリー向けのお仕事ってわけだ」


 エランドは道に落ちている落ち葉を1枚拾うと木漏れ日にかざした。


「サーイエッサー。このへんの街に近いとこなら鹿も出ないしちょっとしたお小遣い稼ぎくらいにはなるッス」


「そういえば今日は森の奥に賭けるって、何を賭けるんですか?」

「ここじゃダメなのか」


 エリッシュが不思議そうに問うとルーヴは、


「説明しよう。この薬葉狩りがそもそも賭けなのは知っているな?」


「そうなんですか?」


「初めてか。よし、実はここにある落ち葉の殆どはなんの役にも立たない。だが毎年この木々の中に薬葉と呼ばれる落ち葉を散らす木が紛れているのだ。そこで我々--」

「ちょうど今日良い木があるって聞いたってわけ!」

「……そういうことだ」


 彼の話はプフェーアトが割って入ったことで短くまとめられた。


「あぁ、でどのあたりが賭けなんだ?木は分かってんだろ?」


「池の北らへんってことしか知らないんスよね」


「見分けらんないのか」


「味が違うらしいんだけどあたしでも無理だったし普通人には無理ね」


「味か……見本があれば俺にも出来るかもな」


 舌には自信があったのかエランドが惜しがると、


「どっちが薬葉でしょう?」


 エリッシュが数枚の落ち葉を拾ってエランドに差し出した。


「エリッシュ分かるの?」


「分かりますよ。訓練しましたから」


 プフェーアトに尋ねられたエリッシュは胸を張る。


「これは頼もしい」

「今日は大儲け間違いなしね」


「テイスティングしても?」


 エランドは差し出された落ち葉をそれぞれ齧り、


「旨くはないな。こっちか?」


 右手の葉を取った。


「むむ、じゃあ」


 エリッシュは再び落ち葉を拾って差し出す。

 エランドは5枚の落ち葉を受け取ると一枚ずつ丁寧に鼻に当て香りをたしかめ右手に3枚、左手に2枚に分けた。そして左右2枚ずつ味見すると右の落ち葉を捨てる。


「当たりだろ?」


「正解です。ほんとに初めてですか?」


「簡単だ。味見もいらない」

「僕にもわかったよ」


「へ?」


「エリッシュはこの2枚を選んでから適当に追加で3枚拾っただろ?」


「あ」

 

「んじゃ早速始めるか?」


 僕らはエリッシュの目を頼りに目的の木に向かった。道中はここと指された木の落ち葉を集めるだけで良くその仕事は休憩とするのにちょうどよい忙しさだった。

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