第29話「呪いの真実:期限とルールのほころび」

「……あんた、ほんとバカねぇ」


その声を聞いた瞬間、私は思わずスニーカーのつま先を止めた。路地裏の薄暗い自販機の前。夕方なのに、なんだか夜の気配が濃くなっている。


「……占い師さん……?」


ずいぶん久しぶりに見る彼女は、やっぱりカラフルな格好で、紙袋を片手に柿の種をつまんでいた。


「また会ったわねぇ。偶然かしら?」


「……つけてたでしょ、絶対」


「うふふ、バレた? でも今回は、ちょっと話しておこうと思って」


彼女が、笑って手招きした。


ベンチに腰を下ろすと、膝の上で手を握った。彼女が隣に座るのを見て、胸の奥がじんわり痛んだ。


「あなた、現在の数値:54/100くらいよ。頑張ってるじゃない」


「……そんなこと、言いに来たんですか?」


「違うわよ。今日のテーマは、“ネタばらし”よ」


占い師は唐突に言った。


「そろそろ話しておかないと、間に合わなくなるからねぇ。呪いのこと」


「間に合わない……?」


「そう。期限は、あと10話分」


「じゅ、10話……?」


なんだそれ。新しいタイプの時限爆弾?


「まぁそれはこっち都合のアレだけど、とにかくあなたの“呪い”の期限はドラマなんかで言うあと10話程度分。つまり、あと少しってこと」


私は固まった。


「え、ドラマって……何基準?」


「原作者基準。読者的な都合? まあいいじゃない、そこは気にしない」


「いや気になるけど!!」


彼女は飄々と笑いながら、柿の種をぽいっと口に放った。


「で? 呪いって……結局なんなんですか」


「それね。実は“自分の幸せを否定したときに発動する呪い”なのよ」


「……は?」


「あなた、心当たりあるでしょ? “私なんかが幸せになっちゃいけない”って、思ってたでしょ?」


図星だった。心臓がぐっと縮む。


「自分のこと、ずっと否定してたから。幸せを受け入れられない状態で、善行ばっかりしてるから、システムが暴走したの」


「善行、しなきゃダメだって……ずっと思ってました」


「最初はそうね。でもだんだん、“数値のために”になってきたでしょ。喜ぶより、数値見て一喜一憂して」


私は、黙ってうつむいた。


「もともと“善行パラメーター”は、あなたの内側を見つめ直すための装置みたいなもの。幸せになるための練習装置よ。だけど本当の目的は、たったひとつ」


「……何ですか?」


占い師は、優しく微笑んだ。


「“自分を許すこと”。それが、この呪いの本当のテーマ」


「許す……?」


「過去のこと、コンプレックス、人付き合い、推しへの依存……全部、あなたが自分を責めてる材料。でもね、それ、もう必要ないの」


彼女の言葉が、じわじわ胸にしみこんでいく。


「善行は悪くない。でも、それでしか価値を感じられないのは辛いでしょ? もっとあなた、自由でいていいのよ」


私は、しばらく何も言えなかった。


「ねえ、沙織ちゃん」


はじめて、名前で呼ばれた。


「あと10話で終わるって言ったけど、それは“猶予”でもあるの。自分と向き合って、ちゃんと卒業してほしいの」


「卒業……?」


「“善行”から、“自己否定”から。“アイドル依存”から。“他人評価”から」


彼女の言葉が、まるで呪文のように静かに染み込んでくる。


「でも……もし、できなかったら?」


「そしたらまた、同じところに戻るだけよ。ゼロから」


その瞬間、背筋が凍った気がした。


「でも、できそうな気がする。あなたはもう、ちゃんと人と向き合えてるから」


占い師はふわりと立ち上がると、紙袋を差し出した。


「これ、あげるわ。甘いもので糖分チャージ」


「え、あ、どうも……」


袋の中には、スーパーで売ってる安めのチョコレート菓子と、栄養ドリンクが2本。


「それ、今夜飲んで、よく寝なさい」


「……はい」


占い師は歩き出し、角を曲がって……すぐに消えた。


「……相変わらず、フェードアウトが早いんだよな……」


ぽつりと呟いて空を見上げると、曇った夕空の間から、ほんの少しだけ夕焼けがのぞいていた。


私は深く息を吐いて、歩き出した。


これから、私はどうするのか。


まだ分からないけど——


ほんの少しだけ、答えが見えた気がした。


《現在の数値:54/100》

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