旧体と炎頭

居石信吾

旧体と炎頭

「球体と円筒だ」

 旧自衛隊出身の同志カマラドが言った。ミサリとタユカは二人揃って、じっと暗い目を傷だらけの男の顔へと向ける。

「戦場の人間の、本質だ。球体と円筒。そこに弾を当てる。すると、死ぬ」

 その後何百時間も聖戦ヒトゴロシの訓練を続けたが、最初に教わったその言葉が強く印象に残った。


 本部ビルに警視庁終末課がやって来たのは、ミサリとタユカが聖戦デビューを控えたまさに前日のことだった。

 やつらは自爆ドローンで本部ビルの防衛機構を麻痺させた後、パラシュート降下で屋上から部隊を送り込んできた。

 聖笑lolを圧するヘリのローターの轟音に、まだ幼い同志カマラドたちが怯える中、傷顔の男スカーフェイスを筆頭に戦士バタラントたちが銃を手に取り迎撃に出る。もちろん、ミサリとタユカも。

 二人は成績が良かったので、スカーフェイスの小隊に組み込まれた。

 無線によると、七階より上は制圧されたらしい。

 壁の向こう、閃光、爆音。閃光弾フラッシュバン。サナカが目をやられたらしく呻きながらよろめいた瞬間、頭を撃ち抜かれてくたりとくずおれた。

「サナカは今、旧い体を捨てた」

 ミサリが厳かに誦える。タユカが誦和する。

「「炎のかしらを戴いて、その魂は聖笑lolと共に天に昇る。ご笑覧あれ、えみこさま」」

 聖句を誦えたあと、ミサリは心の中で願う。サナカが、双子の妹と一緒になれたら、と。サナカの妹は異教徒だが、えみこさまは赦してくださるだろうか。

 ミサリとタユカも、双子だ。教団にいる子供たちもみんな。えみこさまが天に顕現されてから、日本には女の双子しか生まれなくなった。ちょうど、ミサリとタユカが生まれた年のことだ。

 銃声。聴き慣れた。終末課のやつらも、旧自衛隊放出品のホーワ5.56を使っているらしい。この銃の特性は知悉している。

「球体と円筒だ」

 タユカが呟いた。直後、廊下の向こうから出てきた丸い物を撃つ。頭から炎みたいに血が噴き出て、異教徒の魂が浄化された。

 円筒を曝け出した愚か者を撃つ。撃ち返されるが、バリケードに隠れてやり過ごす。

 ミサリとタユカに火力が集中している隙に、壁の中の隠し通路を通って敵陣に侵入したスカーフェイスが小気味良く5.56mmをばら撒いて制圧した。硝煙と血の臭い。

 また爆音。隣の壁が吹き飛び、ミサリの手足に破片が突き刺さった。隠し通路を逆利用された。

 カラン、コロン。グレネード。

 ミサリは転がってきた小さい物に咄嗟に反応できなかった。また閃光弾かと一瞬考えてしまったのもあるし、至近の爆発のダメージを受けた三半規管がまだ回復していなかった。

 くぐもった破裂音。熱風も、破片も飛んでこない。見ると、タユカがグレネードに覆い被さっていた。

「タユカ」

 ミサリが声をかけた瞬間、ホーワ5.56の弾が飛んできた。頭を下げて、40kgに満たないミサリには重すぎる銃に半ば振り回される形で、背後に掃射。

 バタバタと倒れた。

 心臓の音がうるさい。聖笑lolが聴こえなくなるくらいドッドッドッと鳴っている。球体と円筒だ。それを撃てばいい。人ではないモノを撃っていると思い込めていれば、良かったのに。

「ぶぇっ」

 たぱぱ、と吐瀉物が抑える間もなく口から溢れた。タユカにかかる。慌てて拭こうとして、凍りついた。

 タユカは、になっていた。

「あ、あああ」

 戦場ではありえないほどに弛緩した肺臓と咽頭から、ただ空気を押し出しただけの様な声が漏れた。

 聖句を誦えるどころではなかった。頭が。熱くて。思考が。ちりぢりに。なる。

炎頭ファイアヘッドの発生を確認し、』

 終末課の隊員が報告を終える前に、その頭が吹き飛んだ。スカーフェイスが銃を乱射しながらミサリの方へ駆けてきていた。

『止まれ。投降しろ。未成年以外はこちらも殺したくない』

 指揮官と思しき男が呼びかけるが、スカーフェイスは叫びながら突っ込んでくる。

 ──同志カラマドがあんなに感情を露わにするのは初めて見るなぁ。

 ミサリは熱でふわふわになった頭でそう思った。どうして、スカーフェイスが泣いているのか分からなかったからじっと彼の暗い目を見つめた。すると、その目から炎が噴き出した。熱でスカーフェイスの頭が内側から爆ぜた。

炎頭ファイアヘッド視炎シエンを確認。第二階梯だ。十五年ぶりだな』

 指揮官が本部HQへと報告している。

『構わん。我々ごとMOABで殺菌しろ。灰滅地帯ヨコハマの二の舞には出来ん』

 半分のタユカを見つめる。燃える。終末課の隊員を見つめる。燃える。ビルの壁を見つめる。燃える。

 全てが灰になる。

 120秒後、上空6000mに待機していたB-52から切り離された大規模爆風爆弾MOABが地区一帯をクレーターへと変えた。


 ●


 その様子を警視庁終末課の指揮モニターで見ていたカトウは溜息をついて煙草に火をつけた。

「課長、禁煙です」

 副官の言葉を無視して、紫煙を肺いっぱいに吸い込み、盛大に吐き出す。わざとらしい副官の咳。

「損害はいくらだろうな、これ」

「推定額は……」

「聞きたくない」

「そうですか」

 副官は特に怒った様子もなく淡々と引き下がった。

「まあ、お天道様の横にあんなのをもう一個増やすわけにはいかんからなあ」

 窓の対炎視フィルター越しにもはっきりと見える。空に浮かぶ、巨大な少女の顔。

 その髪の毛は太陽より明るく燃え上がり、その口からは逆位相の音をぶつけて相殺しないと聴くものを狂わせる邪悪な笑いが絶えず垂れ流されている。

 15年前に初めて発生した第三階梯炎頭、マイウラ・エミコ。

「お前知ってる? あの浮いてる顔がああなったキッカケ」

 タバコの灰を携帯灰皿に落としながら、カトウは尋ねた。

「双子の姉を米軍に殺されたからだとか」

「米軍がやったことになってるけど、実はうちなんだよねぇアレ」

「……聞かなかったことにします」

「まーた同じこと繰り返して、終わんのかなこれ」

 カトウの呟きに、副官は答えなかった。


 天に浮かぶエミコは笑いながら、地上を見守る。

 彼女は感じている。隣に浮かぶべき者の存在を。

 今はまだ、火がついていない静かな灰のような双子の片割れを。

 を想像して、エミコは更に笑い続ける。

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旧体と炎頭 居石信吾 @Icy-Cool

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