【台本】オレンジ

すだち缶

オレンジ

登場人物

男性3 女性2

私♀

君♂

母♀

父♂

叔父♂

先生【不問】

生徒A【不問】

生徒B【不問】

N【不問】


下記の様に兼ねる

※ 父・先生・N

 叔父・生徒

 母・生徒

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【海辺】

ME:波の音、フェードイン。


私  あーあーあー


私  (M)声がとめどなく、かすれる悲鳴のようにもれだす


私  あーあーあーあー


私  (M)誰に届くわけでもなく


私  あーあーあーあーあー


私  (M)いつまでも


音、カットアウト。

――――――――

【学校の教室】

ME:生徒たちのガヤ(カットイン)


先生  明日はロボット心理学のテストだからな。 ちゃんと勉強しとけよ

生徒達 えー。 やだー。 自信ないよ


君   なんだ珍しいな 自信ないのか

私   え、私?

君   そうだよ。 ほんとここ最近大丈夫か。 ぼーっとして

私   うん、ごめん

君   なんで謝んだよ。 あ、なんか呼ばれたみたい。 

    ちょっと行ってくるわ。

私   はーい


ME:生徒のガヤ、フェードアウト(こもる感じ)


SE:(M)に被せて、足音。

SE:(M)に被せて、扉の開閉


私   (M)2200年、アンドロイドが当たり前に生活に根付いている時代。

    私自身もきっと昔の人からみたら近未来的な思考を持つ

    一人に過ぎないだろう。

私   (M)――でも、


私   ただいま


私   (M)私は、きっと


母   おかえり


私   (M)いや絶対に


父   ……えっと、あ


私   (M)――アンドロイドのことを好きにはなれないだろう


SE:電子音


N   《旧型アンドロイド 新機種への乗り換え案内 

    ※注意

    記憶ストレージが契約満了につき消去が開始いたします。 

    現在:軽度の認知症発症》


私   私だよ。 お父さん

父   あ、ああ。 そうだった、そうだったな

母   あ、ご飯食べる? 冷蔵庫に残りものがあるけど

私   いい、明日もテストだから部屋で勉強してる

母   そう

私   うん

母   頑張ってね

私   ……うん


私   (M)なんで、私なんだろうか


私   ……ごめんね


SE:携帯の通知音


《叔父さん:そろそろ考えてくれたか?》

《私   :ううん。 まだ考え中。 

      叔父さんには申し訳ないけどもう少しだけ待ってほしい》

《叔父さん:そうか。 ただ、申請期限は明日までだぞ。

      それに、旧型を維持できるほど裕福ではないからな。》

《私   :わかってる。》

《叔父さん:いい返事を待ってる》


私   ……、わかってる。 わかってるよ


SE:ノックの音


母   お菓子と牛乳、置いとくから お腹空いたら食べなね

私   わかった

母   あんまり根詰めすぎないでね

私   ……、うんありがとう


《私   :ごめん》


私   (M)――そこから、何度か通知音がしたが、見ないようにした。


SE:足音

SE:扉の開閉


私   (M)――お盆に置かれた“タベル”のクッキーと牛乳。

    私が小さい頃から大好きなクッキー。

    なにかあるごとに理由をつけてはお母さんと二人で食べたクッキー。


私   (M)――私は、一心不乱にクッキーにかぶりついた。

    食べても食べても減らない。


私   (M)――何度も何度も何度も噛みしめる。


-------------

【学校の教室】

ME:生徒たちのガヤ(フェードイン)


君   なんか悩みでもあんのか?

私   私?

君   ……そうだよ、お前以外に誰がいるんだよ

私   ああ、そっか。 そうだよね。 ごめん

君   だから謝んなって

私   ……ご、めん

君   ……


生徒A なあ、昨日の特集見た!?

生徒B そんなの見る余裕ねえっての

生徒A まじかよ。 え、なに真面目ちゃんになった感じ?

生徒B そうじゃねえよ

生徒A ふーん

生徒B それで、その特集がどうしたの

生徒A そうだった、そうだった! 

    いやさ、アンドロイドの認知症についての話だったんだけどさ


私   ……!?

君   どうした?

私   いや、なんでもない

君   ……あっそ。 それよりどこか遊びにいかね 

    久々にレトロを感じにカラオケとかどうよ

私   いいね。 あ、先行ってて、私ちょっと用事済ませてくるから

君   用事? 別に急いでないし、待ってるよ

私   いい! 大丈夫。 行ってて

君   ……、あそ。 んじゃあ、駅前で待ってるから

私   うん、ありがとう




生徒B じゃあ、アンドロイドの認知症ってのは疾患しても本人は

    自分が認知症かどうかわからないのか

生徒A そうなのよ。まるで人間が起こしそうな症状を

    アンドロイドも発症するみたいなんだよな

生徒B いやだな。 アンドロイドにもなって認知症になりたくねーよ

生徒A それもそうなんだけどさ。

    それ見てさ。 

    アンドロイドの欠陥品が

    人間じゃないのかって思っちゃったわけよ。

生徒B は? なんでだよ

生徒A いや、だってよ。人間みたいな心もあって、病もあって、

    そんでもって確実に直すことができる。

    直そうと思えばだけどな。

    でもそれって、ほぼ人間の上位互換じゃね。

生徒B 確かに


私   違う! ……違います


私   (M)私は、きっと理解っていた


生徒A なんだよ、急に


私   ちがうと思います! 上位互換なんかじゃないです!


生徒B いや、何急に

生徒A そうだよ、ただ話してただけじゃん


私   (M)きっと、気づいてしまったら。


私   アンドロイドも同じです!


私   (M)気づいてしまったら


生徒A はなせよ!


私   ちがう、違うんです!


生徒B  なんだっ、キモいんだよ! 離せ!


私   (M)きっと、もう


私   私は!


先生  なにがあった! お前、


生徒A は!? 俺、なんもしてなーよ!

生徒B こいつが急に絡んできて!


SE:扉が勢いよく開かれる


君   すいません! お前やり過ぎだよ!

私   え?

君   いやー、まじですいません!

    実はこいつとテストの自己採点が悪いほうが

    今日一日勝ったやつの命令に従う罰ゲームしてまして、

    いやー、こいつ気持ち入りすぎちゃって。

    あ、こいつ実は演技派なんすよ!


先生  ほんとうか?

私   え、あ……

君   (うなずき)

私   ……はい

先生  そうか、次からは気をつけろよ

君   はい、すいませんでした

私   ……すいませんでした

先生  おまえらもな

生徒A なんで俺らもなんすか!


君   ほら、いくぞ。 ほんと、お騒がせいたしました!

    ほらお前も、では大人しく帰ります! 失礼します!

       

私   あっ……


【駅のホーム】


私   はぁはぁ、こっち帰り道じゃないよね

君   あ? たまには気分転換しようぜ 

    てか、カラオケ行くことも忘れてたろ

私   ……あ

君   やっぱり!(笑) はー、んなこったろうと思ったよ

私   ごめん

君   いや、謝らなくていいって

私   ……ありがとう

君   じゃあさ、その代わりにちょっと遠出付き合ってくんない?

私   遠出? どこいくの? もう夕方だよ

君   それはついてのお楽しみ


私   (M)君の笑顔は眩しくて、すこし霞んで見える。

    でも、なぜだか少し青みがかって見える。


私   (M)そこから、何時間揺られたのか。

    なんの話をしたのかさえ、覚えていない。

    目的地につく頃にはあたりはもう暗くなっていた。


私   (M)メッセージには、お母さんから着信があった。 叔父さんからも。


【海岸沿いの駅。 砂浜には若い男女が数組】


君   ぅあー、やっとついたー おしりいてー

私   ……ここに来たかったの?

君   そう、ここは思い出の場所だから。 

    たまに一人で来るんだよ


君   お前とどうしても、ここに来たかったんだ

私   私と、なんで?

君   ……ついてきてくれ

私   ……うん


SE:二人の足音

(長い沈黙)


私   あ、あの……

君   これ

私   え、……あ


私   (M)君が指さしたそこには、

    お花と私の大好物の“タベルのクッキー”があった。

    ああ、やっぱり。

    やっぱり。


私   ……そっか

君   うん


私   そっか、そっか

私   あー、なんか見たことある景色だと思ったんだよな。 

    そっかそっか、うん

君   ……

私   なんで

私   なんで、私を連れてきたの?

君   ……お前、もうすぐ記憶なくなるんだろ

私   ……あ、ははは。 知ってたんだ

君   うん

私   どこでバレたんだろう

君   見てたらわかる

私   そんな私わかりやすかったかー

君   ……

私   うん。 しないよ。

君   なんでだよ

私   みんな苦めるからだよ

君   え

私   知ってる? 私が交通事故でしんじゃってからさ。 

    もう5年も経ってるんだよ。

    時がすぎるのは早いよね。

    死んだあとも楽しかったな。

    でもさ、お母さんもお父さんも叔父さんも、それに君もさ。 

    みんな私が死んでからずっと苦しんでる。

君   それは違う

私   ちがくないよ 苦しんでるよ。 

    みんなあの日からずっと時が止まってる。

    だれもあの頃から時間がすすんでない、ずっとずっとずーっと一緒

君   ……

私   でも、時間は進んでるの。 ずっとずーっと、進んでるの。

    そんでもってさ、みんなも前に進まなきゃいけないの。 

    私のせいで止まった時間を私が本当に死ぬことで

    進まなきゃいけないの

私   だから、私はもう契約しない。 私も前に進むから。

    だから、忘れるの。 忘れないといけないの。

    だから……

君   おれは!

私   !

君   俺は5年いや、10年前から、ずっと好きでした!大好きでした!

私   !?

君   だから、付き合ってください!

私   は、急に何言ってるの?

    いや、私数時間後には記憶なくなっちゃうんだよ?

君   そんなのいいから! どっちだ!つきあってくれんのか!

私   それは無理だよ。わすれるから

君   むりじゃねえ! もしお前が忘れても俺がずっと覚えてる。 

    俺だけじゃねえぞ。 

    お父さんもお母さんも叔父さんもみんなみんなみーんな覚えてる! 

    絶対忘れないんだよ!

私   だから、前に進むために忘れてっていったでっしょ

君   だからだよ! 前に進むために今この瞬間を、

    お前の最後の瞬間まで記憶するために言うんだよ! 

    それとも何だ、告白の結果わからずやきもきしながら過ごせって―のか!

私   ……、っふ。 ふふふ、はははは。 

    ほんと、面白すぎ

君   !? そ、そうだろ!

私   だけど、ごめんなさい

君   なんで!

私   君のことが好きだからです

君   なん……、そっか

私   うん


私   (M)アンドロイドになってから初めて。

    無意識に。

    あったかな涙がでた。


私   (M)叔父さんから知人のアンドロイドが”ウイルス”にかかって

    あつい涙を流したと聞いたことがある。

    旧型には前の記憶が残した”ウイルス”に感染することがあるのだそうだ。

    ただ、ちゃんと処理すれば正常に戻るのだとか


私   (M)だからきっとこの涙も、”ウイルス”なのだろう


    でも、今ならわかる。


    これは、


    “ウイルス”は記憶を消してもなくならないだろう


    だって、

   

    こんなに幸せな気持ちになれるのだから。


私   せっかく海来たんだからさ。 なんか叫ばない

君   はあ、もう夜遅いだろ

私   いいじゃん。 ほら、きて


私、君の手を引っ張る。


私   あー――――――――!

君   あーーーーーーーーーー!


二人、笑い合う。


私   あーーーーー!

君   あーーーーーー!

私   あーーーーーー!


私   (M)このウイルスが未来の私になる人に伝染しますように


    届け


    届け


    届け


N   《申請期限超過いたしました。 只今より、記憶の消去を開始いたします。》


私   あー、あー、あー


生暖かな涙がこぼれた。


ME:波の音、フェードアウト

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【台本】オレンジ すだち缶 @sudachikan

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