第13話 届かなかった日
崩れた拠点管理塔の前。
リクは、正規兵たちと共に最後の進軍前の待機に入っていた。
砂と灰が混じる風が吹き抜ける中、彼らは半壊した外壁の陰に身を潜めていた。
「静かすぎるな……」
年嵩の男兵士がつぶやいた。
肩章には曹長の階級章。灰色の髪と無精髭に隠された目は、都市の廃墟を鋭く睨んでいた。
「まるで、死んだ街だ。」
「死んだどころか、蘇ってくる気配の方が怖いっすけどね。」
そう返したのは、別の若い兵士。
軽口めいた言い方だったが、目は笑っていなかった。
「お前、震えてんぞ。発作か?」
別の隊員がリクを覗き込むように聞いた。
リクは一拍おいて、首を振る。
「……まだ。次は四分後です。」
「時計みたいに来んのか、あれ。」
「はい。一時間ごとに、きっちり。」
周囲が一瞬、黙った。
恐れというより、想像できないという沈黙だった。
「お前さ……怖くねぇのか?」
「正直に言えば、怖いです。」
リクは正面を見据えたまま言った。
冷たい視線ではなかった。ただ、温度がなかった。
「でも、どうせどこにいたって止まるなら、動けるうちに前に出た方がマシです。」
ひとりの兵士が、小さく笑った。
「お前、意外と戦士っぽいな。」
「そんな風に見えますか?」
「見えねぇ。でも言ってることは嫌いじゃねぇ。」
その場にわずかな緊張緩和の空気が流れた。
その瞬間、初めて彼らが“同じ場にいる兵士”になったような錯覚が、リクにもあった。
「名前、教えてくれよ。」
「リクです。リク=アルストリア。」
「こっちはライカ=フェルド。あっちはハムザ、そっちはツェーンな。俺らがあんたの後ろ盾だ。……といっても、守れるかは運次第だけどよ。」
「……ありがとうございます。」
「マジで生きて帰ろうぜ。そんで、こんな任務は二度と引かないように祈っておけ。」
「それは、祈るよりも運命ですかね。」
「じゃあ運命の尻を蹴飛ばしてやれよ。」
彼らは笑った。
笑った、その直後だった。
ゼロが異常反応を示す。
リクの視界に、警告ウィンドウが次々と走る。
【
【敵性反応:高出力反応捕捉】
【作戦領域外:新規構造体接近中】
突如、遠方の通信にノイズが混じる。
「──ぐッ……う、ああっ……!」
味方の声。
次いで、短く切断される通信音。
「こちら第三区──っ、味方が、吹き飛ばされ──ッ」
リクは顔を上げた。
その方向から、瓦礫を跳ね飛ばすような鈍音が響く。
砂煙。
風が逆巻き、破片が散り、コンクリートの塊が転がってくる。
そして、そこに“それ”がいた。
巨大な影。
左右非対称の装甲。
黒鉄の盾と、脚部に装着された異形の補助関節。
アーク=グリオールは、重心をわずかに傾けた。
そして、地をえぐるような速度で突進する。
次の瞬間、盾が振るわれた。
音が遅れて届く。
空気が二度、裂けた。
ひとりの兵士の胴体が“削ぎ落とされる”ように、吹き飛ぶ。
肉も骨も、盾に接触した瞬間に破砕され、斜面を滑っていくように地面を這う。
誰もが反応できなかった。
ただ、風圧だけがリクの顔を叩いた。
演算が過熱する。
【敵性体識別:完了】
【対象名称:グリオール・タイプE(旧神罰兵防衛特化型)】
【推奨行動:撤退】
撤退。
ゼロがそれを言うのは、異例だった。
リクは口を開けたが、声が出なかった。
アークはゆっくりと歩く。
その盾の縁には、焦げた痕跡と無数の裂け目があった。
過去に受けた無数の攻撃の痕。それを防ぎ続けてきた証。
「……おい……」
通信機に声を乗せる。
返事はない。
リクは口を強く結ぶと、無言のまま駆けた。
味方のもとへ。
まだ誰かが生きているかもしれない。
ゼロが止めても、身体が勝手に動いていた。
数十秒後。
現場は、地面が抉れていた。
コンクリの板がめくれ上がり、血と煙が混じって立ちこめている。
男がひとり、地面に横たわっていた。
さっき名前を名乗ったばかりの仲間。
リクを護衛するはずだった兵士、ライカ。
腹部から下が、なかった。
「……く……そ……」
血の気が引く。
それでもリクは、意識を確かめようとその兵士のそばに膝をついた。
「おい、まだ……」
「……逃げろ……あれ……やば……」
男は、それだけを言って目を閉じた。
その言葉すら、すでに限界ぎりぎりのものだった。
直後、影が差す。
リクは反射的に飛び退いた。
空気が潰れるような圧。
目の前に、アークの盾が突き立っていた。
破壊ではない。
これは、“拒絶”だ。
この場所に、誰も入ってくるなという“意志”。
神罰兵は感情を持たない。
けれど、アークからは確かに“警告”が伝わってきた。
ゼロが再び起動する。
【階層接続:第三階層、条件達成】
【代償選択:望まぬ未来の確定】
リクは見た。
目の前の選択肢。
撃てば、勝てるかもしれない。
だが、“それ以外の未来”が消える。
頭の中に、幼い日の記憶がよぎった。
声をかけられなかった少女。
炎に包まれた施設。
助けられるはずだったのに、動けなかった自分。
そのときの空気と、今が重なる。
音も熱もないのに、ただ“何かが終わる”感覚だけが、喉を締めつけていた。
「……また、俺……」
リクの指先が震える。
それでも、アークは動く。
盾を構えたまま、歩いてくる。
拒絶ではない。
今度は、制圧のための前進だ。
距離が詰まる。
数メートル先。
リクは、弓を構えられないまま後退する。
ゼロが腕から脈打つように振動し、演算が脳を焼くように響く。
撃てば止まる。
撃たなければ、また誰かが死ぬ。
だが、撃ったその先に、何が残るのか。
それでも、リクの指はまだ、引き金にかからなかった。
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