NO-FUTURE SHOOT

第1章 Initialization: Tracer Shot

第1話 未来へ向けて

風が――なかった。


焦げついた空は、色を持たない雲に覆われていた。

その雲は音も光も吸い込んで、ただじっと、沈んでいる。


都市は既に死んでいた。

鉄骨が折れ、舗装が剥がれ、焼けた骨と融けた金属だけが地表を埋め尽くしている。

かつてはそこに人が住み、言葉を交わし、願いを重ねていたという痕跡は、もはや存在しない。


そんな終わった世界の片隅で、ひとりの少年が膝をついていた。


彼の左腕には、弓があった。


……いや、それを“弓”と呼ぶには少し無理があるかもしれない。


黒銀の骨格。

複雑に重なり合う構造体。

無数の可動部が呼吸のように駆動し、光を脈打たせながら空間に浮かぶ。


弦はない。

だが張り詰めた空気は、“そこに見えない弦が存在する”と、感覚で理解させてくる。


断罪式兵装 No.Ø――《ゼロ》。

必中を保証する神造兵装。

その代償は、“未来”。


リクの意識に、冷たい声が割り込んだ。


【段階制約:第六階層】

【代償選択:未来座標切除・第六段階】

【削除対象:選択可能性・選択群予測データ群】

【覚悟信号:検出】

【発射演算:起動】


記憶の奥底が、ざわめいた。


誰かが笑っていた。

どこかで風が吹いていた。

何かを、約束していた。


けれど、それらには輪郭がなかった。

名前が思い出せない。顔も、声も、手触りすらない。


「……半分で済むなら、安いもんだな」


リクは、静かに指をかけた。


ゼロが応える。

骨格が駆動し、肩から指先へと、冷たい金属が這うように展開していく。


だがそのとき、ほんの一瞬だけ、リクの意識が“自分の指先”から外れた。

引こうと思うよりも早く、指が動いた気がした。

あれは自分の意思か、それとも――


風のない空間に、かすかな逆流が生まれる。

ゼロが“放つ準備”を始めた合図。


目標は、神罰兵。


金属と獣の中間のような存在。

黒曜石のような装甲が全身を覆い、赤い眼光だけがじっとこちらを見据えている。


息をしない。言葉を持たない。ただ、存在しているだけで“支配”が成立するような異形。


リクは、引いた。


音はなかった。

矢も、弦も、存在していない。

だが結果だけが、この世界に刻まれた。


空間がたわみ、風が裂け、未来が撃ち抜かれた。

望むも望まざるも、未来は確定していく。


神罰兵の頭部が、爆ぜた。


崩れ落ちる巨体。遅れて、振動。

それだけが、この世界に“現実”をもたらした。


【命中確認】

【代償進行中:未来記録消失】

【消去項目:感情データ7件・記憶2件・分類不能15件】

【残存未来:不定】


リクは、立ち上がる。


何かを失った。それは確かだ。

だが、何を失ったのかは、もう思い出せなかった。


──これは、彼が第六階層を使用した未来の一幕。


だが、まだその時ではない。


これは、“彼が初めて矢を命中させた”ときの物語である。

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