価値
長万部 三郎太
ざわめく村人
貨幣とは、その価値観が世間に普及してこそ意味を成すものだ。
まだ物々交換が主流だったある時代に、美しい貝殻で荒稼ぎする行商人がいた。
彼は手持ちの貝を『貝貨』と呼び、小さいものなら魚一匹、大きいものなら一袋ぶんの米と同価値だと触れ込んで村人を唆していたのだ。
そんなある日、漁をしていた村人が網にかかった貝を見つけた。
「この貝はあの男がいつも持っているものじゃないか」
噂は瞬く間に広がった。
ある者は海へと潜り、またある者は浜沿いをしらみつぶしに歩いて探した。
村人たちはこぞって貝貨を集め、行商人の到着を待ったのだ。
それからひと月ほどたったある日、いつものように村へとやってきた行商人は持ち前の貝貨で魚や米を交換しようとすると、逆に村人からこう詰め寄られた。
「この季節は不漁で、米の蓄えも少ない。
だから今日は俺たちが持っているこの貝貨とお前の食料を交換してもらおう」
行商人は表情を曇らせながらも背負い籠を地面に降ろして、そしていかにも大げさな身振りでこう言ったのだ。
「皆さんには残念な話ですが……。山の向こうの村ではもうこの貝貨に価値はなく、
こちらの“丸石”が魚や木の実、米の代わりになっているのです」
ざわめく村人たち。
行商人はここぞとばかりに畳みかける。
「ですが、今日は特別です。
皆さんも生活があるでしょうから、わたしが貝貨と丸石を交換して差し上げます」
村人は溜め込んだ貝貨を男が持ってきた丸石に渋々交換した。
そして生活は苦しかったが、もう誰も海で貝貨を集めようとはしなくなったのだ。
またしばらくして、村に行商人がやってきた。
「山の向こうの村ではまた貝貨の価値が上がりましてね。
今日はこれで米と魚を交換させてもらいますよ」
(すこし・ふしぎシリーズ『価値』 おわり)
価値 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
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