透明
長万部 三郎太
目に見えませんから
硝子とは紀元前まで遡る人類の優れた発明品であるが、窓ガラスに代表されるような薄く透明な板が普及したのは、日本では明治時代まで待たなくてはならない。
江戸末期、他国との貿易は限定的であった。
この時、長崎に出入りをしていたある豪商が、自国に硝子板を持ち帰ったのが事の始まりである。
見えないが、触れる。それは融けない氷のように透き通って、冷たかった。
あっという間に町じゅうの噂となり、物珍しさに惹かれた人々は商人の屋敷に硝子板を見物しに押し寄せたのだ。
この人気ぶりに目をつけたのが下働きの小僧だった。
あどけなさが残る顔立ちだが、悪知恵は働く。
ある日、大旦那が留守なのをいいことに小僧は硝子板を持ち出して市場へ出かけた。
「南蛮由来の珍しい硝子板、一枚二百文で御座います」
予てより話題の品。
そのうえ、輸入品にしては破格の値段に多くの客が注文に群がった。
小僧は代金を受け取ると、木の板を渡して一人ひとりに念を押す。
「硝子板は割れやすい工芸品です。
今は木の板を添えていますが、決して剥がさず大事に持ち帰ってください」
暫くして、最初に買った客が文句を言いにやって来た。
「小僧、硝子板なんかありゃしねぇ。ただの板じゃねえか!」
男の怒気に怯むことなく小僧はこう諭した。
「なんと、あれほど注意したのに帰りがけに硝子を落とされたのでしょう。
透明で目に見えませんからね……。
仕方ありません。お客様には二枚目を特別に百文でお譲りします」
代金を受け取った小僧は、慎重そうな演技をしつつ再び男に木の板を渡した。
(すこし・ふしぎシリーズ『透明』 おわり)
透明 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます