第14話 先生っていっつもそうですよね!
保健室に飛び込んだ俺らを待っていたのは、紅橋先生の長ったらしい愚痴だった。
なんて書き出しから始めるのを覚悟していたのだが、そんなことはなかった。保健室の鍵が閉まっていたなんてことがあったわけでも、ましてや不在だったわけでもなく、確かに先生は保健室にいた。
ただ急いで入ってきた俺らを見るなり「はぁ~~~~~~~~~」と、それはそれは長い溜息を――時間にして三十秒ほど吐きやがっただけである。
養護教諭にあるまじき態度だ。PTAの
「あー何も言わなくて結構。私はまだ一時間ほど業務時間が残っているけれど、職員室にでも作業場を移して適当に暇をつぶすから、ベッドはご自由にどうぞ。終わったらきちんとベッドメイキングすることと、くれぐれも自分達の体液で汚さないように注意して――」
「今の言葉もう一回言ってくれ。録画してSNSで問題提起してやるから」
「なんだい最近の若者はネットリテラシーが足りないと聞くが、きみもその口だったかい? 別に構いやしないけど、その場合、きみのプライバシーも世界中に露見することは当然覚悟の上なんだろうね」
「脅すか養護教諭」
「体罰の代わりだよ。まったく、なんでもかんでも一律禁止ってのは頭の固いお上が考えそうなことだよ。そんなことより、いつまで彼女をお姫様抱っこして披露してるんだい? ……ああすまない、これは私の気が利かなかったね。今一枚撮ってあげるから、もう少しそのままで」
「おいやめろ養護教諭。お前もさり気なくピースするんじゃねえ、いい加減降りろ」
「降ろすならベッドの上に降ろしてください」
おおよそ数分前まで、文字通り命を狙われていたとは思えない、ある意味ほのぼのとした日常的なやり取りを終え――本当に、人見知りを発動してる事が不思議なくらいにたくましいなこいつ――腕木をベッドに下ろし、椅子に腰かけたところで俺はようやく本題に入った。
本題とは言わずもがな、先程の襲撃事件についてである。
毎度毎度トラブル続きで申し訳ない気持ちが、ほんの少しくらい湧かないでもないのだが、なんで俺がそんな感情を抱かなきゃならんのかと心の内に押し留めた。
純然たる被害者である俺が反省する理由なんてどこにもない。
「純然たる被害者っていうのは破壊された学校であって――巻き込まれた生徒・学校関係者であって、当事者であるきみらではないことをまず言っておこう。名探偵だってここまで短期間にトラブルに巻き込まれやしないよ。ましてや奏ちゃん、きみに至っては犯人側だと言うんだから、呆れてものも言えないよ」
「……ごめんなさい」
愚痴なのか説教なのか判然としない紅橋先生の言葉に、腕木は素直に頭を下げたのだが、
「謝って済む問題じゃないんだよ」
紅橋先生は許さなかった。
当然といえば当然か。校舎の窓ガラスを割った程度ならともかく、校舎の一角が広範囲に立ち入り禁止になるレベルで破壊したのだ。本来なら即刻警察沙汰で、退学処分は免れない。それが原因不明の事故で済んでるのは、ひとえに紅橋先生の暗躍によるものである。
だから腕木、先生が満足するまでお前は叱られろ。俺は関知しない。
「他人事みたいな態度だね、灯くん」
なぜ俺に振る。
「のほほんとした顔して、当事者としての自覚が欠けてるんじゃないかい? つい数分前まで命からがら逃げてきた人間の顔とは到底思えないね」
「切り替えが早いと言ってくれ」
「タイパ重視の若者です、みたいな顔をするんじゃないよ」
別にそんな顔をしてるつもりはないが、大人にはそう見えるのかもしれない。
「……まったく、本当にきみは大物だよ。大人なんかよりもずっと大物だ。いっそ傑物と呼んでやりたいくらいに」
「なんの皮肉だよ」
「事態はきみが思ってるよりもずっと深刻だって言ってるんだよ、この大人物が」
胃が痛いよ――なんて言いながらコーヒーを口にする。そんな風に毎日刺激物を摂取してるから胃が痛むんじゃないのか?
「きみ達以上の刺激物なんて、生憎と私の生活に存在しないよ」
「腕木はともかく俺を刺激物扱いするな」
「先輩?」
「言っとくが俺はまだお前を許しちゃいないからな。しっかり償いを終えるまで許さない」
「新手のツンデレみたいになってますよ?」
「ツンデレかどうかはさておき、奏ちゃん。今回のことについて、きみは一切関与してないと誓えるかい?」
「先輩の命に賭けて誓います」
「お前、本当は俺のこと嫌いだな?」
「なにかあったら灯くんに全責任を負ってもらうとしてだ」
「勝手に進めるな」
「実際に命で償ってもらうつもりはないよ。せいぜいその若さを持て余した初々しい肉体で返してもらうだけで」
言い方に含みがある気がしてならないが、逐一つっこんでいては話が先に進まない。
冗談は適当に聞き流そう。
「あーいや、いっそのこときみら二人を人身御供として差し出すのが良いのかもね」
「先生!?」
「冗談で言ってるわけじゃないよ、半分くらいはね。向こうの狙いが二人だけだって言うんなら、二人を学校から追放しようとするのは、学校を守る側としては普通だろう。それに奏ちゃん。校舎を破壊したのが事実なら、きみはとっくに退学させられてるんだよ? それは理解してるんだろうね?」
「…………」
「だからと言って、命を狙われていい理由になるとは思わないけどね」
格好良い大人みたいなことを言う。
キャンディの棒さえ齧ってさえなければ多少は見直したのに。
「それで、これからのことは考えてるんだろうね?」
「これからとは?」
「おいおいおい、まさか何の考えも無しにここへ来たのかい? こりゃ想像以上の傑物だ」
言いたい放題言わせよう。
聞き流すと決めたばかりだ。
「将来は間違いなく大物になれるよ。末は博士か大臣か、楽しみで仕方がないね――まあ、生きて学校を卒業出来たらの話だけどね」
そう。
保健室に逃げ込んできただけで、事件はまだ何も解決しちゃいないのだった。
こんな肝心なことが頭からすっぽり抜け落ちてたなんて、当事者意識が欠けてるなんて文句の一つも付けたくなるか。
あんな陰湿な攻撃をしてきた魔法使いが果たして、一時的に見失った程度で諦めるだろうか。いや、無い。むしろ二の手三の手くらい当たり前に用意して待ち構えていることだろう。なんなら俺らが緊張の糸を解いたしてやったり、なんて小躍りしてるかもしれない。
搦め手使うような性格の悪い人間のやりそうなことだ。
いい見本が身近にあってよかった。こういうのにすぐ気付くなんて、蛇の道は蛇ということか。
と、ここにきて腕木のスマホを回収し忘れていたのを思い出した。俺が回収する義務なんて別に無いんだけど、なんとなく責任を感じてしまう。
対策を練ったら一旦回収に行くか。
「よし、先生。対策してくれ」
「まずは白いタオルを持って屋上へ行く」
「それから?」
「魔法使いのいそうな方角に向かってタオルを振って降伏宣言でもしてきな」
「聞いて損した!」
「別に悪い案じゃないと思うけどね」
一切悪びれる様子もなく紅橋先生は言う。
「どこがだよ」
「厳密に言えば、狙われたのはきみじゃなくて奏ちゃんなんだろう? ならきみが降伏宣言したところで、向こうからしたらそこまでの価値は無いと私は思うんだけどね。そのまま交渉のテーブルに着くくらいの大物っぷりを見せてくれ」
無価値と言われると腹立つが、でもそうなの……か?
初撃こそ腕木だっただけで、二撃目以降は見境無しだったぞ。それを狙われてないと言うのは早計じゃないか。仮に言う通りだったとしても、もう敵に回ってるんだ。今更降伏なんてできるか!
なんて威勢よく啖呵を切りたいところだけど、そうは問屋が卸さない。
実際問題、どこに潜んでいるのかも、どこから狙ってるのかも分からない魔法使いからの攻撃なんて、どう対処したらいいのやら――たとえ魔法の仕組みが分かったところで、机を弾丸にされたらひとたまりもない。
「…………」
……どうだろう。
魔法使いが身を隠してる場所にもそう都合よく机なんてあるのか?
三階の教室を詳細に覗ける場所なんて――いくら構造が滅茶苦茶な校舎とはいえ――限られてる。
いや、その話はもう気にしなくていいのか。
気にしなくてというか、もう終わった話だ。
俺達を逃がした時点で同じところに留まる必要性なんて無いんだから、今頃とっくに場所を変えて待ち構えてるに決まってる。あそこまで人のことを調べてるんだ、下校ルートだって当然把握してると考えた方がいい。
ならどうしてわざわざ校内で狙ったんだという疑問は生まれるが、そんなの「証拠が残らないのが魔法だから」の一言で片付いてしまう。
証拠が残らないからこそ、いつでもどこでも自由に魔法を行使できる。
探偵も警察も出る余地がない。そんな相手にどうやって対抗しろと言うのか。
裏の裏をかいて塀を上って帰るか?
それともタクシー?
どれもこれも、肝心の家を抑えられていたら無駄な足掻きか。
……あれ、これって割と詰んでる?
「やれやれ、今頃気付いたのかい。それとも気付いた上で現実逃避をしていたのかな」
聞き流すつもりでいた皮肉がやけに胸に突き刺さる。
「だからこそ屋上にでも出て降伏宣言をするのは悪くないと言ったんだがね」
「ジュネーブ条約は魔法使いにも適用されるのか?」
「されることを祈ってるよ」
「――あ、あの」
それまで黙って俺たちのやり取りを聞いていた腕木が、おずおずと、といった感じで声と、それから控えめに手を挙げた。
「ぼくはどうしたら」
「ああ、そうだね。きみは灯くんが囮になってる間に帰宅したらいいよ」
さっぱりとした紅橋先生の物言いに、腕木は壊れたスピーカーみたいな奇声を上げた。
漫画だったらさぞ色んな記号で表現されてることだろう。
「狙われてるのはぼくなんですよね!?」
「そうだよ」
「そうだな」
被ってしまった。
仕方ない、ここは目上の人に花を持たせるとしよう。
「件の魔法使いの狙いが奏ちゃんで、灯くんの事情を熟知してる。その上で彼を積極的に狙わなかった。だからこそ交渉の余地はあると踏んでの、最善の策だよ」
「いえ、あの、そもそもの話、先輩がそんな積極的に危険な目に合う必要なんてどこにも無いですよね」
「義務のあるなしで言えばそうだね。危険人物と対峙するのは警備員か警察官と相場は決まってる」
「なら先輩が行く必要はないのでは」
「つまりこういうことかな?」
食べ終えたのか飽きたのか、ようやく噛んでいたキャンディ棒をごみ箱へ放り投げた。
「悪いことをした自分が償いのために犠牲になる、と」
「…………」
腕木は黙って頷いた。
「なるほど、それも悪くはないね。奏ちゃん、その時が来たらきみも学校の平和の礎になってくれ。清水の舞台から飛び降りる覚悟があればなんとかなるかもしれないよ――飛び降りても案外死なないらしいからね」
「大人が無責任に
「事実を伝えたまでだよ。こういう雑学は生徒の学習意欲を高めるからね。ともあれ、今はこの先輩に頼っておきなよ。豚もおだてりゃ木に登るものさ」
「誰が豚だ」
「
何をしてやったりみたいな顔してるのか。こんな役回りなら役無しの方が嬉しいに決まってる。
けどもまあ、腹を括るしかない。
賽は投げられた。
他に妙案も無ければ選択肢も無い。タオルを持って白旗代わりに、なんてのもいらないだろう。多分だけど言葉は通じるはずだ。言葉が通じるなら意思疎通も可能なはず。
ああ、そうだスマホだ。屋上へ行く前に、スマホだけは回収しておこうか。向こうが屋上にいるとは限らないけど、目立つ場所に行けば向こうからコンタクトしてくれるだろう。
陰湿な人間の行動パターンはトレースできずとも予想はできる。
保健室を後にして、階段を上がり、先ほど死闘(一方的な蹂躙だったが)を演じた現場へと、再び戻る。
犯人は現場に戻るなんてサスペンスドラマでよく聞く言葉だけど、まさか被害者がノコノコ戻るとは神様だって思いはしまい。
だからこそ安全は確保できるはずなのだが。
そういえば、あれだけ物騒な物音を立ててたのに誰も来なかったのは何故だろう。放課後だし、誰かしら聞いてそうなものだけど……ああ、そうか。二階があれだから、近くに誰もいなかったのか。
だとしても、誰かしら聞いていても良いはずなのだが。
答えの出ないまま、俺は開け放たれたまま(引き戸が破壊されたまま)の出入り口から教室の中へと足を踏み入れて。
そこで、俺の意識はぷつりと途絶えた。
どうやら犯人もまた現場に戻っていたらしい。
***
次回の更新は6月以降になります。
個人的な話になりますが、この小説のタイトルを考えて頂けると幸いです。
私はタイトルを考えるセンスが見てのとおりありませんのでよろしくお願いします。
魔法少女と学校のテロリスト 氷見錦りいち @9bird
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