第8話 全員お友達ですわ

 あまりにも堂々とした物言いに、それが謝罪の言葉だと脳が認識するまで数秒の間が必要だった。なんの謝罪だよ。意味も目的もわからない。

  いつまでも深々と頭を下げ続ける会長に、こちらの方が根負けしたというか普通に居心地が悪くなってきたので水上に目で助けを求めた。


「会長は今日のことを謝ってるんですよ。追いかけ回しちゃった件とか色々」


 けらけらと悪びれずに笑いながら会長の側へ移動する水上。


「会長は狼っていうより猪ですからね、猪突猛進にして妄信? みたいなところがあるんですよ。今回にしたってテロリストだなんてあんまりな噂が流れてるから捨て置けない、なんて勝手な正義感燃やして暴走しやがりまして。ええまあ、それで当人がこうして狼狽してりゃ世話ないんですけど。狼だけに」


「えーじゃあなに、生徒会にしつこく呼び出された件って」


「さっきも言ったじゃないですか、日影門さんに味方するためですよ」


「………………」


 どっと疲れが押し寄せてきた気がした。昼間の逃走劇は何だったんだ一体。生徒会長は馬鹿でも務まるのか? いや。務まるのは去年から分かってたけどさぁ。

 ……いや、もう前向きに考えよう。悩みの種はひとつ消えたんだと。


「なので日影門さんもどうか広い心で許してやってください。うちの会長、こんなお嬢様然としてるのに猪で馬鹿ですけど根は真面目なんです。お詫びと言っちゃなんですが、会長の美しい太腿でも愛でて、許してあげてください!」


「――ひゃっ!?」


「ぐふっ」


 会長のスカートを水上が勝手にたくし上げたところで、会長の肘鉄が顔面を直撃した。その勢いでうっかり下着の先がちらっと見えてしまったが、彼女のプライバシーを考慮してデザインについての明言は避けることにする(生徒会長の性格が如実に表れていたことは確かだ)。

 蹲る水上をゴミを見るように一瞥し、図らずも顔を上げてしまった会長は「失礼しました」と、若干顔を赤らめながらも、どちらともとれる謝罪を口にした。どう言い繕うよりもお茶を濁すのがこの場では正解だ。お互い無かったことにしよう。


「そこの馬鹿――いえ、水上が申したように、我々生徒会としては、根も葉もない悪意ある噂を放置するつもりはありません。解決に全力で当たらせていただきます」


 さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、急に尊大になる会長様。

 これ以上の面倒事はごめんなので「それはそれは心強い」と、心にも無い言葉を述べ、このまま回れ右してもらえるように続ける。


「お気持ちはしっかり受け取りました。会長はどうか一個人なんかに気を遣ってないで学校全体の事を考えてください」


「ご自身が苦境に立たされてなお学校全体の事を考えられるなんて、なんと素晴らしい心構えでしょう。さすがはかの前会長の御令弟」


「褒めても何も出ませんよ」


「出させるなんてとんでもない。『国が何をしてくれるかではなく、自分が国に何ができるかを考えなさい』なんてジョン・F・ケネディは言ったそうですが、そんなもの学校には通用しませんわ。学校とは常に生徒を第一に考えるべきで、生徒会は生徒の意向を伝える代表であると同時に、学校と共に平穏を維持する存在でもあるべきです」


 その維持する側に昼間は平穏を崩されたわけだが。なんて野暮なことは勿論言わない。言わないが、言わなかったところで解放される事はないのだろう。なんならなし崩し的に生徒会の庇護下に無理矢理落とされるだけだ。

 ならば矛先を変えるまで。


「ところで、生徒会長は友達っていますか?」


「愚問ですわね。生徒会役員にとってお友達とは全校生徒一人ひとりのこと。つまりこの籠城高校において、お友達のいない生徒など存在しません。その上でお尋ねしますが……、えーっと……」


 迷惑すぎる友達宣言をした直後に何かを言いよどむ生徒会長。センシティブな話題だから気を遣っているのだろうか。

 と思ったのだが、


「今更ですが、どうお呼びしたらいいのでしょう」


 と言った。


「わたくしにとって『日影門さん』と言えば前・生徒会長のことで、しかし普通はお友達を『御令弟』なんて呼びませんわね……。ですが、ファーストネームではまるで父を呼んでるようで座りが悪いですわ」


 ……一体誰なんだろう、こんな人間を生徒会長になんて投票したのは。と半年前の生徒会選挙を振り返ろうとしたがそもそも選挙なんて行われていなかった。立候補者が彼女しかおらず、体育館で所信表明演説が行われただけだったのだ。

 今年の選挙はどうなってしまうのか。是非とも平凡で常識的な人間に立候補していただきたい。


「トークン」


 しばし悩んだ末、会長はそう言った。会長の言い方だと別な意味に聞こえるが、気に入ったのか「では、トークン」と続けた。「わたくしはトークンのお友達だと思っていますが、トークンは友達が少ない事に悩んでいるのですか?」


「違います。今年入学した後輩の話です」


「まあ、入学。ということは中等部からの内部進学組ではない、外部からの新入生ですのね」


 色々ズレはあっても決して馬鹿ではないようで、こちらの言いたいことをすぐに理解してくれた。


「……確かに、既に出来上がっているコミュニティに新入生が混ざるのは簡単ではありませんわね。この狼久保、今頃そのような基本的な事実に思い至るとは、生徒会長として不徳の致すところですわ」


「失格もなにも、まだ四月じゃないですか。全然挽回できますよ」


「温かいお心遣い痛み入りますわ。それでトークン、そのお友達はどのクラスに?」


「確か一年C組だったはず」


「なるほど、C組……。C組では生徒会メンバーの誰もが遠いですわね。ですが、それはわたくしの大切なお友達が冷遇される理由にはなりません」


 まだ名前さえも知らない腕木のことを、生徒会長はそう言ってのけた。が、果たして頼りにしていいのだろうか。売っておきながらなんだが、非常に不安になってきた。それこそ妙な形で目立ってしまったり、腫れ物扱いされたりしないだろうか。

 どんな扱いだろうと魔法が使えなきゃそれでいい、なんてあの眼鏡は言うだろうが、それは学校の外に問題を全て丸投げしてるに過ぎない。

 それと比べれば、この会長は、言動はかなりアレだが、生徒個人に寄り添おうという意志だけは本物らしい。その点においては、ずっと好感が持てる。


「それにしてもさすがはトークン。ご自身がこれほど困難な状況にありながらも後輩を慮るなんて、友達としても生徒代表としても鼻が高いですわ」


「そりゃどうも」


「ですがそれはそれ、これはこれ。トークンの問題を無視する理由にはなりません」


「ちっ」


「今、どなたかライターの火でも点けようとなさいませんでした?」


「生徒会長がライターなんて知ってるんですか」


「嗜みですわ。昔、ガールスカウトに所属していた頃、サバイバルの基本として使い方を学びましたので」


 生徒会長は行動力のあるお嬢様だった。


「それなら会長、同じ学年の私が対応しますよ」


 ようやく痛みから立ち直ったのか、水上が横から口を挟んできた。


「救うべき新入生はその子一人だけとは限らないんですから、ここは私に任せてそちらに尽力してください」


 まるで俺の対応そのものが死亡フラグみたいなことを言ってくれるな、この同級生。けどまあ、言わんとしてることは分からなくもない。俺もそれが嫌で周りと距離を置いてたわけだし。


「ありがとう水上、あなたは優秀な庶務ですわ」


 その優秀な庶務にセクハラされたのを忘れているのか、優秀な生徒会長は「では水上にはここを任せて、わたくしは一度この案件を持ち帰って対策を考えたいと思います」と一方的に告げ、踵を返し、颯爽と去って行った。

 本当に、根は真面目なんだろうな。根は。


「というわけで師匠、連絡先交換してください」


「変な呼び方をされ過ぎててうっかり聞き逃しそうになったが、誰が師匠だ」


「いやー私も苗字呼びは何かしっくりこなくて。前会長の弟なら師匠でいいやって」


「でいいやって、尊敬の欠片も無いな」


「ただの呼び名に尊敬なんて」


 それもそうだ。

 俺は特に深く考えることもなく、水上と連絡先を交換した。


 その夜である、スマホに着信が入ったのは。

 てっきり、ようやく事務所に戻ってきた所長がかけ直してきたのかと思ったのだが、表示されていた名前は『水上』だった。


「もしもし?」


「こんばんは師匠、起きてましたかー?」


 不機嫌な俺の声とは対照的に、水上は昼間同様、跳ねるようにご機嫌だった。


「着信が無かったらこのまま寝てたところだよ。昨日は寝つきが悪かったから早めに寝ようと思ってな。用が無いなら切るぞ」


「女の子との通話を適当に済ますなんて、それじゃあ嫌われるのも当然ですよ」


「心配しなくとも適当にあしらってるのはお前にだけだよ。それで、何か用があるんだよな? 無いならこのままブロックしてやる」


「やだなぁ師匠。それじゃあお姉様みたいにはなれませんよぅ」


 無言で着信を切った。

 のだが、すぐにかかってきた。

 これに出る俺も俺だ。つくづく甘い。


「大事な話をする前に切らないでくださいよ」


「大事な話をする前フリには聞こえなかったんだが。とっとと要件を言え」


「明日、一緒に学食でお昼食べませんか」


「何故、なんのために。目的は」


「ランチミーティングってやつですよ」


「断る」


「断らないで下さいよ、魔法使いの話なんですから」

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