異世界で出会った彼女のマイペースさがすごい。でも、なんだか居心地がいい ~ 「なんとなく」で生きるのが、一番楽しいんだって ~

@cleared0415

第1話 稀によくある青少年の異世界転移

 気がついたら、知らない空の下にいた。

 眩しい太陽が照りつける中、俺は土の上に寝転がっていた。

 意識が朦朧とする。頭がぼんやりとしたまま、俺は空を見上げた。


 俺は、確かに東京の自宅にいたはずだった。

俺の名前は・・・まあなんでもいい。いきなり自己紹介なんてなんだかダサいし。

必要なのは俺がなにをしていたか。

ずばり東大合格を目指して、毎日朝から晩まで勉強していた。


おぼえているのは部屋の様子。夜明け前の静けさの中、机に向かい、ペン先がノートを滑る音だけが響いていた。机上には過去問の束、赤シート、参考書。壁のカレンダーには入試までの日数が書き殴られている。

受験日も近づき、ようやく模試の判定がAに届いて部屋の中で雄叫びを上げながら両手を突き出して飛び上がったところだったのに……。


で。なぜ、俺は外にいるんだ。

というか……異世界転生してないか?


いや、違うな。顔を触って手足と服を確認する。部屋にいたときのままだ。

異世界転生は生まれ変わること。俺の場合は異世界転位か。


立ち上がり、辺りを見回す。


そこに広がっていたのは、見渡す限りの草原だった。遠くには、のどかな農村のような集落が見える。

木造の家々が並び、煙が立ち上る風景は、まるで中世ヨーロッパの田舎のようだ。


……いや、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。


「……どういうことだ?」


俺はゆっくりと深呼吸し、冷静に状況を整理しようとした。

これは夢じゃないか、と思うがまあひんやりした地面とか土の感じ、それに頭に母屋のかかった感じも何も無い。ねんのためほほをつねってみるが普通に痛い。

しかしスキル、と口に出すのは恥ずかしいので、一端目をつぶって考えてみる。

するとまぶたの裏に何か浮かぶ物があった。

それは本棚だった。家にあるものとは違う。

とにかくデカく、古く、かつては見たこともないような莫大な数の本が収まっている。

それがなにか、俺の頭の中の何かが教えてくれた。


【学者の書庫】


「……これはいわゆる……スキル、か」


とりあえず俺の頭の中に浮かんだ「学者の書庫」というスキルの存在。

どうやら、このスキルは「一度読んだ本の内容を完全に記憶できる」**というものらしい。


なるほど。地味だが自身の能力を高める上では悪くない。

 ……正直、東大を目指している俺にはぴったりだ。


が、だ。今じゃない感がすごい。

しかし、こんなスキルを貰えたからといって、どう生きていけばいいのかは分からない。

だってないし。本。屋外だし。草原だし。


念の為ポケットを見たが、なにもない。そりゃ家で勉強している以上、そんな

しかも家で勉強中はスマホも見ないようにしているので、それもない。



「……なんだそりゃ」

理不尽な状況だが、とにかく、この世界の仕組みを知る必要がある。


「……まずは、あの村に行くしかないな」


俺は体の違和感を確認しつつ、ゆっくりと歩き出した。

何を話すか、なんて話そうか。というか話せるのか。そんな心配をしながら歩いていけば、答えはすぐにでた。


「おお、珍しいな。旅の人か?」


 村の入り口で、背の低い老人が声をかけてきた。


 俺は戸惑いながらも、できるだけ自然に答えた。


「ええ、ちょっと遠くから来まして……」


そういいながらも、向こうがこちらの身なりをまじまじと見つめているのに気づく。いや、旅をしている装備じゃないよな全然。


「ふむ。……まぁ、こんな辺境にまずは腹ごしらえでもするか?」


腰を上げた老人に、思わず声を上げる


「いや、実は……あの、お金とかも、ないみたいで」


「ふむ。……まあいい。正直者は嫌いじゃない。なに、金以外にも礼の返し方はあるだろう」


 老人は親しげに笑い、俺を村の広場へと案内してくれた。


 村の名前は**「セール村」**。

 王都からかなり離れた小さな農村で、住民のほとんどが農業と牧畜で生計を立てているらしい。


 広場には井戸があり、子供たちが水を汲んでいた。のどかな雰囲気が広がっている。

 そのなかで俺はあるものを探す。そしてそれを見る。

やはりだ。先ほどからある違和感。それが確実なものとなった。

馬車の端に書かれている文字。アルファベットや日本語、漢字表記でもないそれらの文字。


俺の知る限りでは未知の文字。

堀の深い額の出た顔立ち。明らかにモンゴロイド系ではない村人たち、にも関わらず日本語での会話が成立している。


どうもやはりここが異世界だ、という直感はあたりっぽいな。


それと同時に、しかし、俺はあることに気づいた。


「……あれ?」


 そんな中で

 村人の様子を観察していると、ある違和感を覚えたのだ。


 彼らの多くは、書かれた文字を読めていない。


 商人が持ってきた羊皮紙を、村の雑貨屋の女主人がじっと見つめている。

 だが、なかなか内容を理解できない様子だった。

 「もしかして……この村、識字率が低いのか?」ふと口をついて出た。


 すると、老人が頷いた。


「おぉ、そうじゃよ。村で字が読めるのは、せいぜいワシと村長くらいじゃな。」

「……そうなんですね」

 この時点で、俺は自分のスキルが意外と役に立つかもしれないと思い始めていた。


いいじゃないか。異世界にきてスキルで色々やりたい放題。

ついつい都合の良い妄想が


「おや、賢者さまが来てたんだ?」

 そんな気だるげな声が、背後から聞こえてきた。


 ……賢者さま?


 振り向いた瞬間、俺は言葉を失った。


 そこにいたのは、俺の幼なじみにそっくりな少女だった。


黒髪は風に揺れて、耳の横でさざ波のように跳ねている。髪をまとめることも、巻くこともせず、ただ自然に任せたまま。それでも彼女にはそれが似合っていた。肩にかかる毛先が、彼女の静かな気配をより一層際立たせる。


彼女は何かを考えているようで、何も考えていないようでもあった。ただ、虚空を見つめるその横顔には、微かな陰りが浮かんでいる。


「……トオカ?」


「んー、久しぶり?」


 彼女はいつもの調子で、まるで何もなかったかのように言った。


 ──いや、久しぶりって、どういうことだよ!?


「お前、なんでここに……!」


「んー……なんでだろ」

サラサラの紙に、大きな目。

見間違えるはずがない。幼馴染の、というか家の斜向かいに済んでいる少女がそこにいた。


相変わらず適当な返事。まちがいない。このぼんやりした感じは、他には出せない。


「なんでか、君はわかるの?」


ぼんやりとした口調だが、しかし、相変わらず一理あることをいう。

おれは言葉に詰まると、かぶりを振る


「いや、俺も急にきたから。だから聞いたんだ。悪い」

「いいよ。一緒」


 しかし、俺の脳内では様々な疑問が駆け巡っていた。


トオカは、なぜここにいるのか?

俺と同じように転生したのか?

それとも、もっと別の何かがあるのか?


そんな俺の混乱をよそに、彼女はふわっと微笑んだ。


「ま、考えすぎなくてもよくない?」


「……お前、相変わらずだな」


俺は、頭を抱えながらも、懐かしい気持ちを覚えていた。


異世界で手には何もなし。ここがどこか、帰り方も何もわからない。

けどなぜか、このどこを見ているかわからない幼馴染と会えた。


それだけで、なんだか肩の荷が下りたような、気の抜けたような気がした。


「お前は何を?」

「昼寝」


──こうして、俺の異世界スローライフが始まったのだった。

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