ヨイマチ探偵と稲荷探偵 ~ご縁は稲荷寿司の香りとともに~

悠月

第1話 ヨイマチ探偵と座敷童練りきりの謎

榊原蓮が営むヨイマチ探偵事務所は、商店街の片隅にひっそりと佇んでいる。

探偵事務所の表には「ヨイマチ骨董品」と書かれた古びた看板が掛けられており骨董品屋の風情を残しつつ、入り口の脇には、控えめに「ヨイマチ探偵事務所」と手書きで書かれた木札が揺れている。

扉を開けると、少しきしむ床板が迎えてくれる。店内には、骨董品が整然と並ぶ棚があり、時折何かが微かに揺れるのは気のせいだろうか。

部屋の奥には仕切りの障子があり、それを開けると探偵事務所の本領が現れる。和の趣を残した内装には、かつて桂が畳を焦がしてしまった事件をきっかけに、蓮がフローリングに改装した掘りごたつ式の囲炉裏が鎮座している。囲炉裏の上には鉄瓶が掛けられ、ほのかに湯気を立てることも。囲炉裏の周りには座布団がいくつか並べられ、妖怪たちのくつろぎスポットになっている。

さらに事務所の一角には、桂専用のふかふかの座椅子が置かれており、その隣には三つ子専用の小さな座布団が三枚きちんと並べられている。座布団の柄は「風」が青い渦巻き模様、「嵐」が稲妻模様、「雷」が雲に雷光が走るデザインだ。

壁際には書類が詰まった古い木製の整理棚があり、引き出しには妖怪専用の依頼書や、蓮が解決した事件の記録が収められている。入り口付近には妖怪専用の出入り口もあり、お稲荷さんを持ってくると三つ子の誰かが呪文を唱えて扉が開く仕掛けになっている。時折、三つ子たちが蓮のいない隙に囲炉裏の隣でいなり寿司パーティを開いており、事務所には常にほんのりと油揚げの香ばしい香りが漂っている。

この探偵事務所、普通の探偵事務所とは少し違う。依頼の多くは人間ではなく、妖怪やあやかしからのもの。そして探偵を務めるのは、榊原蓮(さかきばら れん)という男だ。

その日、探偵事務所の扉が軋む音を立てて開いた。鈴の音が静かな室内に響くと、蓮は囲炉裏のそばで新聞を広げていた手を止めた。

「いらっしゃい。今日は何の御用で。」

「す、すみません、探偵の依頼でお願いしたいんですが…。」

声の主は、蓮より少し年下に見える若い男性だった。細身で背筋がぴんと伸びた彼は、視線をあちらこちらに泳がせながらどこか落ち着かない様子だ。震える手で袖口を握りしめ、声もどこか不安げに揺れている。

「話だけなら無料だよ。どうぞこちらへ。」蓮は新聞を畳み、穏やかな微笑みを浮かべて奥の障子を開けた。

「囲炉裏にでも座って落ち着いて。」

若旦那が恐る恐る座布団に腰を下ろすと、蓮はそっと鉄瓶を持ち上げた。

「桂、お茶を頼める?」

「はぁい。」

桂はのんびりした声で立ち上がり、湯気を立てる鉄瓶に手を伸ばして茶を淹れ始めた。

その手際は穏やかで、次第に若旦那の肩の力が抜けていくのが分かる。やがて、桂がお茶を差し出した。

「それで、何をお調べすれば?」蓮が静かに尋ねる。

「実は…」若旦那は袖口をぎゅっと握りしめながら言葉を探すように、一度深呼吸をしてから口を開いた。

「うちの和菓子屋で奇妙なことが起きていまして…。夜中になると店の奥から小さな足音のような音が聞こえたり、朝になると商品の和菓子が並べ替えられていたり、最初は気のせいかと思ったんですけどね。」

「和菓子が勝手に?」蓮は片眉を上げた。

「それはまた随分と…変わった話だねぇ。」

「で、でね、ある朝、店の名物の練りきりが消えてたんです。」

若旦那は消えそうな声で「何か泥棒でも入ったんですかねぇ…」と呟いた。

膝の上で握りしめた拳は震えている。

蓮は顎に手を当てて考え込む。

「まぁ、縁だからね。こういう出会いは。」

その言葉を合図に、蓮は静かに依頼を引き受けた。

若旦那の依頼を受けた翌日、蓮は探偵事務所で準備をしていた。

その横で桂が小さな木箱をポケットから取り出し、その中から御守りを取り出す。

実はこの御守り桂が自分の毛を一本使って作った特別仕様である。

持っている者に危険が迫ると狐火の模様が淡く光るらしい。

昨日の夜桂がこっそりと作っていた物だ。

「風、これを首に掛けて行きなさい。」桂は風の首に御守りを掛けた。

「これがあれば普通の人間にはあなたの姿が見えなくなるわ。あと、この狐火の模様が光ったら蓮を連れて逃げるのよ。わかった?」

「うん!わかった!お師匠さん、ありがとう!」風は嬉しそうに御守りを撫でた。

「これで蓮と一緒に調査できるね!」

「くれぐれも悪戯しないようにねぇ~」桂はほわほわした声で釘を刺したが、風はすでに蓮の隣へと駆け寄っていった。

「じゃぁ桂、留守番頼むよ。」

「はい、はい、帰りにお土産期待してますねぇ」と桂は蓮に伝え笑顔で送り出した。

「まぁ、何もないといいけど。久しぶりのお店番がんばっちゃいましょう♪」ふふんとお土産に期待しながら開店作業へ取り掛かった。

若旦那の和菓子屋「花菓堂」を訪れたのは、そのすぐ後だった。

「花菓堂」は商店街でも老舗の風格を漂わせる店構えである。

木製の引き戸をガラリと開けると、甘やかな餡の香りが鼻をくすぐる。

「榊原です。依頼の件で伺いました。」

「お待ちしておりました。」若旦那は丁寧に頭を下げ、蓮を店の奥へ案内した。

蓮の隣には、姿を隠した風がそっと歩いている。

桂から授かった御守りのおかげで、普通の人間には見えない。

風は鼻をひくひくさせながら店内を見回り、いつの間にか手帳を取り出していた。

「こちらが昨夜、足音が聞こえた場所です。」若旦那は店の奥、仕込み場の手前を指差す。

蓮はしゃがみ込み、床を指でなぞった。

「なるほど…。」蓮の視線は畳の縁に沿った微かな擦れ跡に留まる。

「誰かが頻繁にここを通っているようですね。」

その時、風がひょこひょこと動き回りながら、ショーケースに並んだ和菓子をじっと見つめていた。

「わぁ…美味しそう…。」

風は蓮にばれないように、そっと手を伸ばして饅頭をつまもうとした。

その瞬間、蓮がピクリと反応した。

「あっ!!」

若旦那がビクリと肩を震わせた。「ど、どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない。」蓮は苦笑いを浮かべて誤魔化しつつ、目だけで風を睨んだ。

風は慌てて手を引っ込め、しれっとした顔でショーケースの後ろに隠れる。

「こちらの仕込み場に誰かが勝手に入れることは?」蓮は話題を戻した。

「いえ、戸には鍵を掛けていますし、私以外には開けられないはずです。」

蓮は顎に手を当てて考え込んだ。

「それでも何かが入り込んでいる形跡があると。」

「え、やっぱり泥棒とかですか?」若旦那が不安げに顔を曇らせる。

「まぁ、まぁ。まだわかりませんがね。」蓮は肩をすくめてみせた。

「もう少し調べてみます。何かあればまた連絡しますよ。」

若旦那は何度も頭を下げながら蓮を見送った。

店を出て脇道へ入ると、蓮は風に「何を書いてたんだ?」と手帳を覗き込んだ。

そこには見慣れない文字や絵がびっしりと書き込まれていた。

「お師匠さんから調査へ一緒に行くんだから、ちゃんと隅々まで何を見てきたのか書いときなさいって言われてるの。」

「へぇ…これは何を書いたんだ?」蓮が指差すと、風は得意げに説明を始めた。

「これはね、お店の何がどこにあるかを絵で描いてみたの。えっと、ここが入り口で、ここにお饅頭が置いてあって、ここには神棚でしょ、あとここはレジが置いてあるところ!」

「なるほどなぁ、意外と几帳面なんだな。」蓮が感心したように風の頭を撫でると、風はくすぐったそうに笑った。

「後でお師匠さんにも、教えてあげるの。」風が嬉しそうに手帳を閉じようとしたその時、蓮の目が何かに留まった。

「ん?この★模様はなんだ?」

「あぁ、それは足跡があった場所に星印をつけといたの。たくさんあったから★だらけになっちゃった。」

「足跡?どこにもそんなのなかったけど…。」蓮は首を傾げたが、手帳には確かに無数の星印が描かれている。

ふと、背後に何かの気配を感じて振り返った。しかし、そこにはただ静かな商店街の風景が広がっているだけだった。

「…気のせいか。」蓮はかすかに眉をひそめ、再び歩き出す。だが、ふいに首筋に冷たい風が触れた気がした。

「早く次に行かないとお昼までに終わらないわ。」風は周囲を見回しながら蓮を急かした。

「そうだな。えっと次は正面の八百屋で、その次がその隣の豆腐屋だな。帰りに豆腐屋でお揚げさんを買って帰ろう。」

「やったぁ!!そうと決まれば早く八百屋さんに行こ!」風は蓮の背中を押しながら、次の目的地へと向かった。

だが、蓮の背後で何者かの視線がじっと彼を見つめていたことに、彼らはまだ気づいていなかった。

商店街を歩く蓮と風はまず八百屋「青葉青果」に立ち寄った。店先には新鮮な野菜が並び、奥からは元気な声が響いてくる。

「おや、蓮くん!今日のおすすめはキャベツだよ。」

八百屋の女将、青葉みさきは威勢のいい声で迎えた。

丸い顔に笑顔を浮かべ、手に持ったキャベツが入っているであろう段ボールを片手で軽々と持ち上げている。蓮は軽く会釈をした。

「こんにちは、青葉さん。ちょっと、聞きたいことがありまして。」

「ん?何だい何だい、蓮くんが聞きたい事なんて珍しいじゃない。」みさきは興味津々で蓮に身を乗り出した。

「もしかして、最近の野菜の値段についてかい?」

「いやいや、そうじゃなくてですね。花菓堂の若旦那からの依頼で、ちょっと調べ事してるんだよ。最近、何か変わった事や気づいたことはない?」

みさきは顎に手を当てて考え込む。

「花菓堂さんがねぇ…、最近このあたりで見かけない顔は見てないけど、たまぁに夜中に猫が走り回ってるぐらいかしらねぇ。あっ、それより!花果堂と言えば、最近代代わりしただろう?昔馴染みのお客さんが、若旦那の悠斗くんが忙しそうにしてて、お店に行きづらいって言ってたわよ。まぁ、慣れるまでは忙しいわよねぇ」

「なるほど。確かに慣れるまでは忙しいですよね。また何か変わった事を思い出したら教えてください。」

「はいよ。で、蓮くん今日のおすすめはキャベツだよ!1玉どうだい?」

「ははは。じゃぁ1玉。」

くすくす

「蓮ってば、みさきさんにはタジタジね」

「勢いが凄くてね…」

「はいよ!キャベツ1玉!おまけに人参1本いれといたからね!まいど!」

「あぁ、ありがとうございます。では、また。」

手に取った袋を覗くとおおきなキャベツが鎮座していた。

「おすすめというだけあって、かなり大きいわね。蓮、当分キャベツ料理ばっかりだわ。」

「ははは…だよな。」蓮は肩を落としながら項を垂れた。

ふと、風は肩を強張らせ、きょろきょろとあたりを見だす。耳がピクリと動き、まるで何かの気配を探るかのように鼻をひくつかせた。

「風、急にどうしたんだ?」

風はふと尻尾をピンっと立て、背筋を冷たいものが走る感覚がした。

「何か視線を感じて…でも、気のせいみたい!次はお豆腐屋さんよ!早く行きましょ!」

風は無意識に御守りを握りしめているのに気づき、自分が緊張しているのがわかった。

お師匠さんから預かってる御守りも光ってないし、大丈夫よね。ほっと胸をなでおろした。

そして急かすように蓮の背中を押した。蓮は違和感を覚えたものの、何かあれば桂が反応するはずだと考え、そのまま豆腐屋へ向かった。

次に訪れた豆腐屋「白雲庵」ではちょっと気になる話が聞けた。

白雲庵も店内には豆乳の優しい香りが漂い、店主の白井幸一がゆったりとした動きで豆腐を切り分けている。彼は温和な笑顔を蓮に向けた。

「榊原さん、いらっしゃい。今日は何を買いに?」

「いえ、ちょっとお話を伺いたくて。」蓮は先ほどを同じように説明した。

白井は眉をひそめ、少し声を潜めた。「そうですねぇ、このあたりは夜になると静かですから、何かあればすぐにわかると思うんですが…あぁ、そういえば最近、お稲荷のお供え物が妙に消えることがあったそうでね。不思議と言えば不思議なんですが…」

「お供え物?」

「はい。商店街の真ん中に月守神社があるでしょう?商店街の飲食店が持ち回りで月に1回お供えをしてるんですが、なぜかお稲荷の時は必ずと言っていいほど消えていることがありましてね。」

蓮は風をちらりと見た。風は目を泳がせて知らん顔している。

「なるほど、参考になります。他にはなにかありませんか?ささいなことでも何でもいいんですけど。」

「あぁ、そういえば…」

白井は声を潜め、蓮を引き寄せた。

「朝の仕込みの最中に妙な物音を聞きましてね。暗がりの中で、何かが這うような音がしたんです。誰もいないはずなのに、背筋が凍るような気配を感じまして…」

蓮はその言葉に眉をひそめ、風と顔を見合わせた。

「ありがとうございます。助かりました。」

「いえいえ、せっかくなので先ほど出来たお揚げはいかがですか?そちらのと一緒に食べて頂いたらおいしいと思いますよ。」と、先程購入したキャベツを指された。

「あぁ、成程。ではそうします。お揚げと一緒にお豆腐もお願いします。」「どうも、おおきに。」蓮は礼をいい、店を後にした。

八百屋と豆腐屋、どちらも気になる話が聞けた。蓮はメモしている風を見ながら、何かが少しずつ繋がっていく感覚を覚えていた。

「ところで、風。先程のお供え物の稲荷についてだけど、後でじっくり聞かせてもらおうか。」風はビクッと肩をあげ、おそるおそる蓮の方向をみると、そこには目が笑っていない蓮の笑顔があった。

風は先程とは違う意味で背筋に冷たいものが走る感覚がした。

「は、ははは……その、ちょっとした出来心で?」

ぎこちない笑みで蓮についていく。気分は捕らわれた罪人そのものだ。

蓮はしょんぼりする風をちらりと見やり、少しでも元気づけようと「今日のお昼は何食べたい?」と声をかけた。

まさか聞かれるとは思っていなかった風は驚いた。「えっ!!?」

実は昨夜、今日のお供が決まった時点でお昼ご飯については色々と考えていたのだ。先程までのしょんぼりはどこへいったのか、ぱっと目を輝かせ「今日は、あそこのお握り屋さんのランチBOXがいいわ!」

商店街にあるお握り屋さんのランチBOXは風のお気に入りだ。ランチBOXはお握りが2個自由に選べ、そこにポテトサラダと厚焼き玉子・赤いたこさんウインナーがついてくる。特に風のお気に入りはたこさんウインナーだ。

「げっ!早く行かないと選べなくなるぞ!風、急げ!」

二人は一目散にお握り屋へと駆け込み、なんとか無事ランチBOXを手にすることができた。

二人してほくほく顔で帰宅し、骨董品屋の扉を開けようとする風の手が急に止まった。

尻尾をピンと立たせながら真剣な顔つきであたりを見回す。

蓮はその様子に緊張感を覚え、自分もつられてあたりを見回したが、特に変わった様子はないように見えた。

風にどうしたのか聞こうとすると――

ガラガラガラ…

お店の扉が開き、そこには笑顔の桂が出迎えた。

「おかえりなさ~い。ん?どうしたの2人とも?」

「何でもないよ、お師匠さん!お昼ご飯はお握り屋のランチBOXだよ!」

「わぁ!風はみんなに何のお握りを選んでくれたの?」

笑顔で会話しながら障子を開け、奥の囲炉裏の方へ進む。そこには雷もおり、ちょうど人数分のお茶を用意していたところだった。

桂は急に立ち止まり、鼻をヒクヒクさせ鋭い目つきで蓮に「白雲庵のお揚げさんだね。」と袋を指さした。

急に鋭い目つきで見てくるもんだから、蓮は何もやましいことはないのにドキッとした。

「あぁ。ちょうど聞き込みに行ったから、夜ご飯にしようと思って買って来たんだよ。」

それを聞き、上機嫌になる桂。お昼ご飯を食べながら夜ご飯のことを考えてる桂に呆れつつ、ふと蓮は思い出した。

「風、そういえば店の前で急に止まって周りを見てたけど何かあったのか?」

「あぁ!何かまた視線を感じたの」とお握りを頬張りながら答える風。

その横で雷とお握りの具を交換しながら今日あったことを情報交換している。

「ふふ、楽しかったみたいね。問題は解決しそう?」と桂が蓮に聞く。

「ん~まだ、これっていうのはないんだけど、なんとなく繋がってきたような気がする。」

「ふ~ん。視線かぁ。まぁ、それについてはすぐに解決すると思うけどね。」

桂の微笑みを見た蓮は、視線の謎がすぐに解き明かされることになるとは露ほども思っていなかった。

午後、蓮は午前中に桂や嵐・雷が検品してくれた骨董品を棚に並べる作業をしている。そこには嵐が狐の姿でカウンターから蓮に指示を出していた。

「あの花瓶、もう少し上の方がいいらしいよ。」

「ん~、じゃぁここか。」と花瓶を置くとガタガタ揺れ始める。慌てて手に持つ蓮。花瓶の表面にはかすかに光る紋様が浮かび上がり、冷たい空気が指先に触れた。

「あぁ~何か下のやつをもっとふわふわのにしてほしいらしいよ。」

「これ以外にふわふわのあったかな?ちょっと待てよ。あった、あった。赤か黄、どっちがいいか聞いてくれ。」

「本当は青がいいけど、妥協して赤でいいって。」

「そりゃ、どうも。気難しいこった。」

蓮が赤い布を敷いて花瓶を置くと、今度は静かに落ち着いた。だが、置かれた花瓶は何か言いたげに小さく振動し、まるで不満を飲み込んだように見えた。

「でも、青が手に入ったら替えてだってさ。」

「はいはい。わかりました。」

そうして骨董品を並べていると、雷が呪文を唱えるのが聞こえてきた。

「雷鳴よ、稲荷を呼べ!」

雷が誇らしげに呪文を唱えると、骨董品の棚がかすかに揺れ、ひんやりとした風が足元をかすめた。ん?誰か来たか?まぁ、何かあったら桂が呼びに来るだろう。

すると5分……いや、10分たったくらいだろうか。すごい勢いで障子が開いた。

「蓮!あの視線の犯人がわかった!!!」と勢いよく風は蓮に告げた。

どういうことだと思い話を聞こうとすると、嵐が「蓮、話を聞くならここに張り紙とベル!」と差し出してくる。

どうやら、気になって気が急いていたようだ。蓮は嵐に「ありがと。」と告げ、用がある方はベルでお知らせください、と張り紙をした。

障子を開けると囲炉裏にはお客さん用の座布団が敷かれている。蓮が入ってくると雷に眼鏡を渡される。

この眼鏡はあやかしたちが見えるようになるものだ。その眼鏡をかけてもう一度座布団を見ると、そこには背中が丸まっているおじいちゃんがいた。

おじいちゃんと目が合うと軽く会釈する。

「あぁ、蓮。このおじいちゃんは小豆洗いのおじいちゃんで、今日蓮たちをストーカーしてたらしいよ。」と笑顔の桂とぷんぷん怒っている風を見てため息をついた。

蓮をよそに小豆洗いのおじいちゃんと桂がしゃべりだした。

蓮は二人のやりとりに耳を傾けるが、会話は妙に間延びした言葉遣いで、時折「ほほう」「ふむふむ」といった声が聞こえるだけだ。蓮にはさっぱり分からない。

「何も聞こえない…一体、何を話しているんだ?」と考えながら蓮は「俺は一体何をしているだろう。」とため息をついた。

左右に座った嵐と雷が蓮の表情に気づいたのか、交互に翻訳してくれる。

「小豆洗いのおじいちゃんは、和菓子屋にちょくちょっく顔を出してるらしいよ。そこで、今日蓮と風が会話してるのを見て最初は和菓子屋に何かしに来たと思ってみてたみたいだね。」と雷が説明する。

「で、何もしないってわかって様子見ていたらお店の前まで着けてきちゃってたんだって。」成程なぁだから風がたまに立ち止まってきょろきょろしていたのかと納得する。

「で、和菓子屋のお嬢ちゃんの姿が最近見かけないから助けてほしいんだって。」と次は嵐が教えてくれた。

「ん?あそこの花菓堂さんにはお嬢ちゃん何ていないはずだぞ。」と蓮が口を挟む。

「えぇ~?でも、いるって言ってるよ?」と嵐が告げる。

「どういうことだ?」と蓮が眉をひそめたその瞬間、桂が風にお店の中の様子を尋ねる声が聞こえてきた。蓮はひとまず様子を見ることにして、耳を傾ける。

桂は何度か頷き、笑顔でまた小豆洗いのおじいちゃんと話しだす。

二人のやりとりは再び不可解な言葉の応酬になり、蓮は完全に置いてけぼりだ。

桂の表情を観察してみるが、いつものほんわか笑顔のまま。何か進展してるのかすら分からない。嵐と雷も途中から訳すのを諦めたのか、黙ってしまった。

「まさか、このまま置いてけぼりで終わる終わるつもりか?」

蓮は頬杖をつき、深いため息をつく。

二人の会話が終わると桂は蓮に「とりあえずお店の中掃除してきて」と笑顔で蓮に告げる。

「・・・・はぁ!!?そ、掃除!?」

「ちょっ…どういうこと?」と桂へ問えば、何かが這うような痕跡は、小豆洗いのおじいちゃんがお嬢ちゃんを探している時にできた跡だという。

桂は「あそこのお嬢ちゃんは昔から、綺麗好きですからね」とほほ笑んだ。

「なのでとりあえず、次は雷と一緒に行ってきて下さい。」と蓮と雷を見つめ桂は微笑んだ。

桂は雷に預けている御守りを借り、そっと両手で包み込むと、目を閉じた。そして、ゆっくりと息を整えながら「えいっ」と力を込める。すると、御守りがオーロラのように一瞬光を放つ。「これでよしっ!」

あまりにも簡単に力を込める桂に、あっけにとられた小豆洗いのおじいちゃんは「ほっほほ」と笑った。

雷はさっと立ち上がり、片手で掃除道具をまとめ、もう片方の手で蓮の肩を軽く叩いた。「行こうぜ、蓮。」

蓮は少し驚きながらも、意外にあっさりしている雷の姿に感心し、「お前、男前だね。」とつぶやく。

「いや、まぁ、早くお揚げさんが食べたいだけだし。」と、目線は冷蔵庫にくぎ付け。

二人は決意を固め、店へ向かった。

店内に入ると、雷は軽く見回した後、何かを感じ取ったように神棚をじっと見つめる。

「はぁ・・・これはちょっと。」雷は眉間にしわを寄せながらため息をつく。

雷は桂が自分を選んだ理由をすぐに理解した。雷は三人の中でも最も几帳面で綺麗好きなのだ。

蓮は首を傾げながら、「うーん、そうか? 言うほど汚いわけではないんだけどなぁ。」と言ったところへ、ちょうど若旦那がやってきた。

「どうも、何かわかりましたか?」

蓮は少し考え込み、「いや、まだ報告というわけではないんですが。もう少しはっきりさせるためにも、ひとまず掃除をさせてもらってもいいですか?」

「掃除ですか……?」

「はい。神棚を綺麗にすることで、もしかすると雰囲気の変化があるかもしれません。それに、整頓した方が、無くなったものも見つけやすくなりますし。」

若旦那は少し言いづらそうに、「実は、父から引き継いでからあまり掃除が出来てなくて……。よかったら、一緒にやってもらえますか?」と頼んだ。

蓮は「そりゃ、もちろん。では、やりますか!」と袖をまくった。

そして掃除を始めると、雷が「……そういう事か」と呟いた。

蓮は若旦那がいない隙に、雷にどういう事か尋ねる。

「ほら、あそこ見てみなよ。」

雷が指さした先には神棚があった。

神棚は代々受け継がれている歴史の重みを感じさせる作りだったが、今は埃をかぶり、とてもいい状態とは言えない。

「神棚はここの若旦那、本人が掃除した方がいいよ。」

「そうなのか? 俺じゃダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど、このお店の主人は若旦那だろ? テリトリーの主がちゃんと掃除をした方が、神様も安心するはずだ。」

「そっか……。じゃあ、そこは若旦那に伝えるわ。」

「うん、よろしく。」

戻ってきた若旦那に神棚の掃除を伝えると、若旦那ははっとした顔をし、まるで自分の大切なことを忘れていたかのように、急いで掃除を始めた。

「いけないいけない。親父に『ここだけは毎日やるように』と言われてたんだ。」

一通り掃除が終わると、みんなで神棚へ手を合わせた。

その瞬間、神棚がかすかに光を放ち、何かが清められたような気配が漂った。

「これで何か無くなったりしたら、わかると思います。明日の朝、異変がないかまた伺いに来ますね。」

一仕事終え、帰り道。

雷は蓮に「今日のお風呂はひのきの香りにしてほしい」と伝えた。頑張ってくれた雷に「いいぞ、今日はありがとな」と言いながら、蓮は雷の頭を撫でた。

雷は気持ちよさそうに目を細め、しっぽを揺らした。

骨董品屋に寄り、みんなで帰宅する。

埃まみれの雷を見るなり、桂は「ふふ、頑張ったわね」と微笑んだ。

「お師匠さん、僕は本当に頑張りました!こんなに汚れるまで働いたんですよ!もっと褒めてください!」

雷が埃だらけの袖をぱんぱんとはたきながら得意げに見せると、桂は「あらあら」と笑いながら一緒に埃を払い、優しく頭を撫でる。

にぎやかなやり取りを交えながら、家へと帰った。

蓮は今日あったことを頭の中で整理しながら足を進める。

帰宅した蓮は、さっそく夜ご飯の準備に取り掛かった。

袖をまくり、まな板の上でキャベツをザクザクと切る。お揚げを細かく刻み、熱した鍋にゴマ油を垂らすと、ジュワッと音を立てながら炒め始めた。香ばしい匂いが立ちのぼる頃、三つ子たちが順番に手伝いに来る。

三つ子たちは順番に蓮の手伝いをしつつ、お風呂へ入っていく。もちろん、今日の一番風呂は雷だ。

その間、桂は縁側でのんびりとお酒を楽しんでいた。そこへ、一羽のカラスが舞い降りる。

「今日の妖新聞の配達ね」

桂は新聞を受け取り、ぱらぱらと目を通す。

すると、家の中から「夜ご飯ができたぞー」と蓮の声が響いた。

今夜の献立はキャベツとお揚げの炒め物。

みんなが席につき、蓮が「ほら、冷めないうちに食べよう」と声をかけると、それぞれの器に盛りつけられた料理を前に、手を合わせる。

「いただきます!」

夕飯を終えると、蓮の左右には雷と風が座り、3人で今日の報告書をまとめ始めた。

「依頼内容は、変な物音と夜中に物の位置が変わっている、だな。で、這うような痕跡と足跡……これは小豆洗いのおじいちゃんの仕業だった、と。」

蓮がざっとまとめると、風の手帳を一緒に見ていた雷が「あれ、この足跡、売り場にしかないんだな」と呟いた。

「確かに」「本当だわ……」蓮と風は驚いた。

「なるほどな……」蓮が考え込むと、桂が微笑みながら言った。

「ふふ、今日はもうそのくらいにして、明日に備えて寝たほうがいいんじゃない?」

「そうだな。明日の朝は、みんなで和菓子屋に寄ってから行こうか」

桂が三つ子を見て「御守りは机の上に置いておいてくれる? あとでエイっとやっておくからねぇ」と言うと、三つ子は元気よく「はーい!」と返事をした。

そして、「お師匠さん、おやすみなさい!蓮もおやすみ!」と言いながら、それぞれ自分の部屋へと向かっていく。

桂は机の上に置かれた御守りに手をかざし、ふわりと目を細める。『よし、エイっとね』と呟きながら、そっと力を込めた。

蓮も肩をポキポキならしながら桂に「おやすみ」と伝え自分の部屋へと進んでいった。

ベッドで横になると、今日の出来事を思い出していた。蓮は雷が言っていた足跡がなんとなく気になっていた。作業場にはなぜなかったのか。考えていると今日の掃除の疲れがぐっと押し寄せてきた。気づけば瞼が閉じ、深い眠りについた。

ギィー…

蓮の部屋の扉が開く。起きないのを確認すると桂が部屋へ入ってきた。

そっと、蓮の額に片方の手をのせ、もう片方の手で印を刻む。

「〇▽◇◆◎・・・・」

人間には聞き取れない言葉で唱えた。すると蓮の額に刻印が刻まれる。刻印は狐の模様をしており、赤く光りすっと消えていった。

「これで、よしっ。」と呟き、あくびをしながら蓮の部屋を後にした。

ジリジリジリ……ジリジリジリ……

目覚ましの音が響き、蓮は目を覚ます。しかし、すぐにベッドから降りるわけではない。半分意識が覚めた状態で、布団の温もりを名残惜しそうに抱え込む。だが、それも数分のこと。ため息交じりに布団を押しのけ、ゆっくり起き上がった。

背筋を伸ばし、軽く首を回す。窓の外は薄暗い。洗面所へ向かい、冷たい水で顔を洗う。ひんやりとした感触が眠気を吹き飛ばし、意識がはっきりする。タオルで顔を拭きながら、ちらっと鏡に映る自分の顔をみた。

「さて、今日も頑張りますか。」小さく呟き、キッチンへ向かう。

まずは、コーヒーの準備だ。豆を挽く音が静かな室内に響く。じんわりと広がる香ばしい香りに、自然と表情が和らいだ。

カップを持ち上げる。立ちのぼる湯気に、鼻をくすぐられる。ひと口。苦味とともに、眠気がすっと引いていく。

「……うん、悪くない」

いつもの朝。コーヒーを飲み干し、立ち上がる。さて、蓮は朝食作りへ取り掛かろうとすると、香ばしい香りに釣られるように、三つ子たちが順に顔を出した。

「おはよう」とそれぞれに挨拶をし、少し多めに作ったコーヒーをカップへ入れてやる。

冷蔵庫から牛乳をだしそれぞれ自分の好みの濃さへ合わせて注ぎ、コーヒー牛乳の完成である。嵐はミルクが多め、風はだいたい同じくらい、雷は風よりミルクが少ない。雷の目標は蓮のように、ブラックで飲むことだそうだ。

最初に飲み終わったのは風だった。眠たい目をこすりながら、桂を起こしに向かう。

雷がまだ眠たそうにあくびをしながら耳をピクピクさせているのを横目に腕をまくり、朝食の準備へ取り掛かる。今日の朝食は、昨日の残りの味噌汁とおにぎりだ。

嵐がコーヒー牛乳を飲み終え、顔をあげる。

「今日も卵焼き作ってもいい?」最近の嵐のブームは卵焼きを作ることだ。テレビで和食の職人さんのだし巻き卵に感銘をうけたそう。

「おう、じゃあ頼んだな」と嵐へ卵を渡す。

嵐は慣れた手つきで卵焼きを作り始めた。

雷は、手の離せない蓮の代わりに新聞を取りに行き、朝食を食べるために机の上の整理をする。少し焦げ目がついた卵焼きが焼き上がり、「今日は少し甘めにしてみたんだぁ」と雷が蓮へ報告している時、ちょうど風が桂を連れてやってきた。

「目が半分しか開いていない桂は、ぼさぼさの髪のままふらふらと歩き、柱に肩をぶつけて小さくうめいた。「ゔぅ~……みんな、おはようございますぅ……」ぼんやりとした声で呟くと、ぐらりと傾いた体を雷が慌てて支える――そこに、『偉大なる妖狐』の姿は微塵もなかった。

「いただきます!」 「いただきますぅ……」

桂が机に突っ伏したまま、みんなで朝食をとる。

蓮が湯気の立つ味噌汁をすすり、ほっと一息ついていると、雷がぱっとした表情で「今日はみんなで和菓子屋へ寄るんだよな」と言い、嵐が「ねぇねぇ、どら焼きあるかなぁ?」と風に話しかける。

「あるに決まってるじゃない、あそこの名物はどら焼きなのよ?」

「えぇ~そうだったっけ? まぁ、いいやぁ。蓮、今日はどら焼き買ってよぉ~」

嵐が上目遣いで蓮へもたれかかると、風も便乗して「わたしは生クリーム入りがいいわ」とキラキラした目でおねだりする。

「はぁ……事件が解決したらなぁ」

蓮がため息混じりに言うと、嵐と風は「ぶーっ」と口をとがらせながら、むすっとした表情のままおにぎりを頬張った。

雷はさっさと食べ終え、昨夜届いた妖新聞を広げる。風も支度を済ませると、まだパジャマ姿で味噌汁をすすっている桂を見て、呆れたように声をかけた。

「お師匠さん、先に着替えに行きますよ! ほら、起きて!」

嵐と二人がかりで桂を立ち上がらせ、部屋へ引っ張っていく。その際、雷は風に「今日のラッキーカラー、青だって」と新聞の占い欄を伝えた。

雷が新聞を読み直していると、蓮が「何か面白い記事でも載ってるのか?」と興味津々に聞く。

「近くの橋に住んでる河童が、今度パーティーを開くらしい」

「へぇ~。あいつら、この前もパーティーしてなかったか?」

「この前は赤ちゃんが生まれた祝いで、今回は『おいしいきゅうりが手に入りそうだから』だって」

「そんなことでパーティーするのか……?」

呆れる蓮をよそに、着替えを終えた桂が戻ってきた。まだ完全に目が覚めていないらしく、足元がおぼつかない。

席に着くなり、嵐が桂の髪をまとめはじめる。桂はおにぎりを口いっぱいに頬張り、途端に顔をしかめた。

「ゔっ!! すっぱい……」

すかさず雷がお茶を差し出す。その様子を見ていた蓮は「こりゃあ、完全に介護だな……」と苦笑した。

桂は雷のサポートのおかげで、なんとか朝食を終えた。雷は食器を片付け、和菓子屋に向かう準備万端。

「みんな、準備できたか?」

蓮が声をかけると、雷が「僕たちはできてるけど……お師匠さんが」と、机に突っ伏している桂を横目で見る。

「ほんとに朝弱すぎだろ……それで師匠とか大丈夫か?」

蓮はため息をつきつつ、桂を背負い上げた――その瞬間、

「ごつん!!」

思いっきり桂の頭突きが蓮の後頭部に入る。

「蓮、大丈夫?」と風が心配そうに覗き込むが、

「毎日だから慣れたわ……」

と呆れ気味の蓮は荷物を持ち、玄関へと向かった。

三つ子たちはそれぞれ御守りを首から下げ、ちょこちょこと蓮の後ろをついて歩く。

桂は背負われたまま、スースーと寝息を立てている。

目標は、和菓子屋さんだ。

和菓子屋「花菓堂」のお店の前へ着くと、蓮は「いいか、桂の御守りで人間からは見えないからって、調子に乗るなよ。」と三つ子たちへ牽制する。

すると、風が思い出したかのように「あっ! お師匠さんから、いつもの眼鏡を蓮に渡すようにって預かっているわ」と妖が見えるようになる眼鏡を渡した。

「おう、ありがとな。じゃあ、行きますか」と眼鏡を装着し、お店の扉へ手を掛けた。

店内に入ると、先程の牽制はどこへやら、三つ子達は店先のショーケースの中にあるどら焼きに目を輝かせた。

「わぁ~! どら焼き、めっちゃ並んでる!」

「生クリーム入りもあるわ!」

「新しく、抹茶あんもある!!」

三つ子たちがショーケースへ張り付いていると、奥から若旦那がやってきた。

「おはようございます。その背中の方は、桂さんですか?」

三つ子達に向かってゴホンと咳し、「えぇ! なかなか目が覚めないもんで、こうやって運んでるんですよ。ははは……」と苦笑いをする蓮。

若旦那はくすくすと笑い、「相変わらず、桂さんは自由ですね」と微笑んだ。

店内の休憩スペースへ桂を寝かせてもらい、昨夜からの様子を尋ねると、「いやぁ、昨夜綺麗にしたのに商品の場所が入れ替わってるんですよ」と、先程とは違い眉を落とし、困った表情で呟いた。

嵐がじっと神棚を見つめている。

それに釣られるように、風と雷もじっと神棚を見つめる。

三つ子達はハッとした表情で目を合わせ、桂を慌てて起こす!

「お師匠さん! 起きてってば!」と桂を揺さぶる。

すると、まだ半分寝ぼけている桂が顔を上げ、「……あれ? ここはどこ?」ときょろきょろしている。風が「花菓堂ですよ!」と知らせる。

「あら、いつの間に……? ま、いっかぁ~」とのんびり言う桂。

嵐が神棚に目をやり、「師匠さん、あそこにいるのってもしかして……」

「あぁ~!! 座敷童ちゃんですよぉ~」とにこにこ笑いながら、自分のカバンをあさり出す桂。何かを取り出し、若旦那の方へ歩いていく。

「どうも~おはようございますぅ。悠斗くん、お久しぶりですぅ~」と若旦那へ挨拶をすると、桂は先程カバンから取り出した瓶を、「じゃ~ん♪」と言いながら、顔の横でふわふわと振ってみせた。

「本当にお久しぶりですね、あっ! それは! 今ちょっと準備しますね!」と若旦那は慌てて店の奥へ戻っていった。

蓮はポカンとして「何の準備だ?」と桂へ聞く。

「まず、おはよう」と挨拶しつつ、手に持っている瓶を顔の横で振る桂。「これが一番効果的です。あのお嬢ちゃんを引っ張り出すにはね」と微笑んだ。

これは妖が大好きな特別なお酒だそうだ。若旦那が奥からおちょこを持ってきた。

そこに桂がさきほどの瓶の中身を注ぎ、柏手を一度打つ。

すると、一瞬風が流れ、空気が澄んでいくのがわかった。

ちょうどその時、お店の電話が鳴り、若旦那が店の奥へと戻っていく。

チャリーン……と神棚の鈴が鳴った。

ふわりと甘い香りが漂う。空気がきらきらと揺れたような気がした。

「やっぴ~★! ち~っす! うち、ここの座敷童やってんだけどぉ~? みんな何しに来たって感じ~? てか! 桂じゃん! やば! めっちゃ久しぶりじゃね!? うける~!!」

突然、明るい声が神棚から響き、金色の髪の少女がひょこっと顔を出した。派手な柄の着物を着て、袖をひらひらさせながら目の前に降り立つ。

三つ子はぽかんと口を開け、蓮はまだ処理が追い付いていないようだ。

はっと意識を取り戻した蓮は桂に「えっ、知り合い?」と首を傾げる。

座敷童の少女は「トーゼンっしょ! うち、昔からここに住んでるし~、桂とはまぁ、昔からのダチって感じ?」と片手でピースサインを作った。

桂は「相変わらず、元気ですねぇ~」と笑った。

「まじ、桂聞いてくんなぁい? なんかぁ、最近ここのじっちゃんが引退したらしくってさぁ、坊ちゃんになったらうちのこと放置しだすし、まじテンションさげぇ~↓って感じだったんだけどぉ。でも昨日そこの坊主たちがぁ、坊ちゃんに言って綺麗にしてくれたからテンション上げぇ↑って感じで、まじテンションジェットコースター!」

大袈裟な身振り手振りでテンションの浮き沈みを表現する座敷童に、三つ子の開いた口はまだ塞がらない。

蓮にいたっては「えっ、俺坊主って言われてんの?」と苦笑いだ。

「えぇ~、そうなんですねぇ。で、他にも言いたいことがあるんですよねぇ?」と桂が微笑む。

「そうなんよ! まじ最近、全然お店に人来なくってさぁ~。それって座敷童的にどうなの? ってなって、いろいろ並び変えてんだけど、イマイチなんだよねー。まじ下げぇ↓って感じ。」

「なるほど~、最近新商品も出てないですし、代わり映えしないですもんねぇ」と桂は座敷童に同調した。

「まじ、それな!? 坊ちゃん、練りきりめちゃうまだから種類増やせばいいんじゃね? って言っても全然伝わんないじゃ~ん!」とお手上げポーズをする座敷童。

「じゃ~ん! こちら今あたしがお世話してる坊主くんです」と蓮を紹介した。

「いや、世話されてる覚えはないんだけど?」とぼやきながら蓮は座敷童と目が合うと軽く会釈する。

「なになにぃ~! えっ! まじでうちのこと見えてんの!? え、声まで聞こえちゃってんの? マジやばっ!」と手を叩いて笑っている。

蓮も先程まで何とも思っていなかったが、座敷童の声が聞こえているので驚いた顔で桂を見ると、ドヤ顔でウインクしていた。「桂の仕業か。」と呆れていると、三つ子達は尊敬の眼差しで桂を見つめる。

「桂まじやるぅ~! しびれるぅ~!!」

座敷童が感激した様子で手を叩きながら、三つ子の方を振り返る。

「ねぇねぇ、あんたらもそう思わん?」とニヤリと笑うと、風・雷・嵐の三匹が勢いよく頷いた。

「はい! やっぱすごいね、お師匠さん!」

「そうそう! まじそれ~!」と満足げに頷く座敷童。

「んじゃ、そこの坊主! あとはよろ~★」と手を振り、ひらりと神棚へ飛び込んで消えた。

「じゃ、あたしは先にお店開けてくるね。あと、若旦那が戻ってきたらお願いね~」と桂は手を振りながら、三つ子達を連れて和菓子屋を後にした。

一人残された蓮は、肩を落としながらぼそっと呟く。

「えっ、ちょ、マジかよ……俺のテンション、下げぇ↓」

(うける~!!キャハッ★)

神棚からは座敷童の笑い声が聞こえてくる。

そのとき、足早に店の奥から戻ってきた若旦那が、少し息を切らしながらやってきた。

「すみませんね、電話が長引いてしまって。……あれ? 桂さんは? 何か言ってませんでしたか?」

鬼気迫る勢いで問いかける若旦那に、蓮は肩をすくめながら答えた。

「いや、最近新商品が出てないって言ってましたよ」

すると、若旦那は何やらぶつぶつと呟き始めた。

「新商品が出てない……ってことは、新商品を出せばいい? いや、でも、それだけじゃないか……?」

突然思案し始めた若旦那に、蓮は思わず「大丈夫ですか?」と声をかけた。

若旦那ははっとしたように顔を上げ、蓮に向かって話し始める。

「いや、親父から『桂さんの話はちゃんと聞いとけ』って言われてて。神棚の掃除もそうなんですよ。昔、親父が店を継いだ頃、経営が上手くいかなくて、その時に『ちゃんと神棚を毎日掃除すれば、循環がよくなる』って言われたらしいんです。なんとなく毎日続けていたら、本当にお店が復活しましてね。それ以来、桂さんの言葉は大事にしろって言われてるんです」

神棚から(そうそう~!桂ちん通して伝えてもらったんだよねぇ~)と座敷童の声が響く。

「へぇ、じゃあ、ひとまず悠斗さんの得意な練り切りの新商品を作ってみたらどうです?」

蓮が提案すると、若旦那は不思議そうに目を細めた。

「……なんで、自分が練り切りが得意なの知ってるんですか?」

「あっ、やべ」と内心焦りながらも、蓮は慌ててフォローを入れる。

「いや、和菓子屋っていえば練り切りのイメージが強くて。なんとなく、得意なのかなーって」

(ぶはっ!!マジで慌ててんじゃん、ウケる~!)と神棚から笑い声が聞こえる。

若旦那は「ああ、そういうことですか」と納得しながら、新商品について考え始めた。

「せっかく作るなら、この商店街にちなんだものがいいですね」

そう話し合った結果、商店街の神社をモチーフにすることに決まった。

「試作ができたら、一度桂さんに食べてもらいたいんです。そう伝えてもらえますか?」

「了解っす」

そう返事をしたあと、蓮は神棚の前で手を合わせ、心の中で座敷童に語りかけた。

(新作ができるまで、商品を動かさず、大人しくしててくれよ……)

(おっけ~!まかせといて~)と元気な返事が返ってくる。

いつもの倍、疲れを感じながら蓮は和菓子屋を後にした。

「っと、もうこんな時間か。今日は弁当屋でのり弁でも買ってくか」

弁当屋へ寄り、お店へ帰宅すると、桂が笑顔で出迎えた。

「おかえり~」

「この匂いは……」と三つ子たちは鼻をヒクヒクさせた。

「のり弁だ!!」と嵐が叫ぶ。

三つ子たちは嬉しそうにハイタッチしていた。

店に入るなり、四方八方から声が飛び交った。

蓮は弁当をすぐそばにいた雷へ渡し、耳を塞ぎながら桂のもとへ向かった。

「桂、この声、いつまで続くんだ?店に入った瞬間、めちゃくちゃうるさいんだけど! 特にカエルの置物!なんであんなに鳴くんだよ!?まるでカエルの合唱コンクールじゃねぇか!」

「今日はまだ静かなほうよ~」と桂がのんびりと言い、蓮は絶句した。

「……マジか。あれで静かって、どういう基準だよ!?」

ぎこちなく桂を見た後、三つ子達を見やる。それぞれ頷いていた。

「早く奥に行って、障子閉めちゃえば平気だって!」

そう言って嵐が蓮の背中を押す。

蓮は急いで奥へ向かった。

机の上では、雷と風が食べる準備を進めていた。

「は~い、手を合わせて~いただきますぅ」と桂が声をかける。

蓮は慌てて座り、手を合わせる。

みんなそろって「いただきます!」とお弁当を食べ始めた。

障子を閉めているから、先程のカエルの歌声は聞こえてこない。

ほっとした蓮は箸を進める。

ふと、思い出したように蓮が言った。

「あ、そうだ。若旦那が試作できたら食べてほしいってさ」

桂に伝えると、「ん~、わかりましたぁ♪」と白身魚フライを頬張りながら返事をした。

お弁当を食べ終わり、ほっと一息ついていると、桂が蓮に言う。

「あぁ!あと半日はカエルの大合唱を楽しめますよぉ」

「……マジか。」

肩を落とし、障子を開ける。

障子を開けると、カエルの歌声は相変わらず響いていた。

どうやらカエルたちは次のステージに突入したらしい。今度は激しめのロックフェスだ。

雷が蓮の袖を引っ張り、そっと耳栓を渡した。

「……雷、お前が天使に見えるよ。マジで感謝する……!」

感動もつかの間、雷は短く「じゃあ」と言い、障子を閉めた。

蓮はそっと耳栓をし、午後の作業へ取り掛かった。

その夜、蓮はカエルの歌声が頭から離れず、なかなか眠れなかった。

翌朝、蓮の顔は見事に寝不足の証を刻んでいた。風いわく、『今まで見た中で一番ひどい顔だった』とのこと。

数日後、若旦那から試作ができたので、一度店に来てほしいと連絡が入った。

今回は桂と蓮そして、桂の妖術で人間に化けた風がついてきた。

風は桂とお揃いのワンピースを着ており、白地に藤の花が散りばめられたデザインがよく似合っている。桂のものは落ち着いた紫色が基調だが、風のものは少し明るめの紫で、二人が並ぶとまるで対の花のようだった。

桂はこういう新商品は若い子のセンスが必要だからと風を連れていくことにしたそうだ。

「ふふ、師匠さんとお揃いのワンピース♪」

風は頬を緩ませ、桂の袖をちょんちょんと引っ張る。まるで子狐が親に甘えるような仕草だ。

少し照れながら「かわいい?」

よろけながらくるりと回ってスカートをふわりと広げると、陽の光を浴びた藤の花模様がふわっと揺れた。

「ふふ、似合ってるわよ」

桂がくすっと笑って風の頭を軽く撫でると、風は「えへへ」と照れながらぴょんと跳ねて桂の手をぎゅっと握った。

風は靴に慣れておらず、歩くたびに不安定に足を運び、ときどきつんのめりそうになっていた。桂に「ゆっくり歩きなさい」とたしなめられると、少し恥ずかしそうに頷いた。

商店街を行き交う人々が足を止め、微笑ましそうに二人を見やる。『かわいいわねぇ』と年配の女性がつぶやくと、風は恥ずかしそうに頬を染めた。

なかには「姉妹かな?」と囁く声もあったが、蓮は心の中で(いや、親子でも通じるだろうな……)と思いながら歩を進めた。

和菓子屋へ到着すると、お店は綺麗に整っており奥から若旦那がやってきた。

「あぁ~、いらっしゃい。よく来てくれました。」と笑顔で迎えてくれた。

「ではさっそく、新商品になるかもしれない練りきりをお見せしますね。」

ざっと10個ほど並んでおり、どれも華やかだ。

「色々試作していたら楽しくなってしまって、気づいたらこんなに増えていました。実は、この藤の花が描かれた箱に入れて販売しようと思ってるんです。なので、4つ選んでほしいんですよ」と綺麗な藤の花が描かれている箱を見せてくれた。

月守神社に関係するものや、商店街にちなんだものが並んでいた。神社の鳥居をかたどったものや、藤の花をイメージしたもの。さらには、月守神社で売られている御守りの鈴を模した練りきりもあった。

それらを順番に選んでいくうちに、ふと蓮の目がある練りきりに止まる。他のものとは明らかに雰囲気が違っていた。

「若旦那さん、これはいったい」と聞くと

「それは、ふと思いついたんです。月守神社って、妖怪とも縁の深い神社じゃないですか。だから、それをヒントに座敷童を作ってみたんですよ。

ほら、ちょっとふっくらした丸い形で、目元が優しくて、髪には金箔で飾りをつけてみました。」と笑顔で説明をする。

すると桂は「いいじゃないですか、最後の一つはこの座敷童で」と笑顔で若旦那へ伝える。

蓮も先日会った座敷童を思い浮かべながら頷いた。

それに風も便乗し「すっごくかわいいからみんな気に入ってくれるよ」と伝えた。

「そうですかね」と照れたように頬をかき、若旦那は箱へそれぞれつめていった。

若旦那は、その箱をそっと神棚へ供えた。

すると、ふわりと優しい風が店内を撫でた。ほんのりと甘い練りきりの香りが混ざる。それは、まるで誰かが喜びの声を届けたかのようだった。

桂は少し目を細め、神棚を見上げた。

小さい声で桂は『お嬢ちゃんも嬉しそうです』とそっと蓮に伝えた。

きっと、桂の尾がふわりと揺れていたことだろう。

「今回の謝礼は、また改めてお店へ伺います。」と若旦那が蓮に伝え、「お店が落ち着いたら、ゆっくり来てくださいよ」と蓮は微笑んだ。

後日、蓮の骨董品屋で嵐の「ひらけ~いなり~~!」という声が響いていた。

桂が蓮を手招きすると、雷がいつもの眼鏡を手渡してきた。その場には、以前も来ていた小豆洗いのおじいちゃんが、風呂敷を抱えて座っていた。

小豆洗いのおじいちゃんは、蓮の顔を見ると、にこりと笑いながら風呂敷を差し出した。

「開けていいのか?」と蓮が尋ねると、桂は笑顔で頷き

「今回の依頼の報酬だってさ」と桂が軽く肩をすくめながら言った。

蓮は風呂敷を広げると、そこには青いふわふわな小さい台座と桐箱があった。桐箱を開けると綺麗だが少し渋い緑色をした茶碗があった。

蓮は驚いたように「……ちょっと待て。これ、骨董品屋の店先に並んでたら即売れするレベルの品だぞ? いいのか、ほんとに?」と桂に尋ねた。

蓮が思わず茶碗を見つめていると、桂がそっと呟いた。

「お嬢ちゃんも、感謝してるみたいだね。」

桂はニコッと笑って「ちょうど若旦那が『報酬の話をしたい』ってね。でも、店には来られないんだってさ。だから、行ってきたらどう?……あ、ついでにこのお神酒も持っていってね?」と言われ、蓮は心の中で、どう考えても後半が本命で、前半は単なる口実だろうなと思った。

「……どう考えても、お神酒がメインだよな。」と蓮はぼやきつつ、ため息交じりに頷いた。

「わかったよ。明日の昼過ぎに行ってくる。」

「ほっほほ」と小豆洗いの笑い声が響き、まるで湯気のように骨董品屋の奥へとゆっくりと溶けていった。

後日、蓮は花菓堂を1人で訪れていた。

お店に着くと、店内にはいつもの倍の人が商品を見ていた。

新しく雇ったのだろうか、若い女性が接客をしている。奥から商品をもって若旦那がやってきた。

「ちょっと落ち着くまで待つか。」と店内の休憩スペースに座る。そこには先客で渋い着物を着たおじいさんが座っていた。

「お茶飲むかね?」とコップを渡される。休憩スペースにはお茶も設置されており、かなりくつろげる空間ができていた。

お茶をもらいそっとおじいさんを見やる。

蓮は、おじいさんの穏やかな笑みに、常連客だろうなと感じた。

「新しい商品が出来てのぉ、それが人気みたいじゃ」と微笑みながら蓮に教えてくれた。

「あぁ!なるほど、それでこの盛況なんですね」

とたくさんのお客さんを見ながら答えていると、若旦那がこちらに気づいた。

「お待たせしてしまってすいません。」と慌てて蓮にかけ駆け寄ってきた。今回の依頼の報酬について話をする。若旦那は申し訳なさそうに「こんなに、安くていいんですか?」と聞いて来た。

「えぇ、探偵の方は趣味みたいなもんなので大丈夫です。あ、あとこれは桂からです。無くなりそうになったら声をかけてほしいそうです。」と微笑む。

「わぁ、ありがとうございます。それなら、新しい新商品とどら焼きを持って帰ってください。」

「いや、そんな申し訳ないですよ。」と蓮が断ろうとすると「おかげさんで、こんなに盛況なんで桂さんにお礼ってことで持って行ってください。」と押し切られてしまう。

「お~い!千沙ちゃん、新商品とどら焼きの詰め合わせを持ってきてくれるかい?」

と、若旦那が接客を終えて一息ついていた若い女性に声をかけた。

「は~い!わかりましたぁ!」と明るい声が返ってくる

「この盛況なのは彼女のおかげでもあるんですよ。」と若旦那が言うとちょうど、言われて物を袋に入れて持ってきた千沙さんがやってきた。

「ふふふ、そんな大したことしてないんですよ!」

「その日、ちょうどお店の前を通ったんです。仕事も何にも上手く行かなくて、落ち込んでたんでたときで…。でも、この新商品に目を奪われて。」

「家で食べたらすごくおいしくて!でもすごくかわいくて!そしたら仕事の事で嫌なとことかすべて忘れてしまって。その事をSNSに載せたんですよ。そしたら、いろんな方の目にもとまったみたいで」と若旦那を見つめながら教えてくれた。その顔はどこか惚けているようだった。

「今、SNSで「嫌なことも忘れるぐらいかわいい和菓子」って話題になってるんです。」と嬉しそうに若旦那が千沙さんを見つめながら教えてくれた。その表情はどこから見ても惹かれあってる者同士だった。

「そんなことがあったんですね~。」と遠い目をしながら蓮は答えた。

そのやりとりを見ていたおじいさんは「ほっほほ」と特徴的な笑い方をした。

手土産を手にお店に戻ると桂が笑顔で出迎えてくれた。

「お店、すごく賑わってたでしょ~」と蓮にドヤ顔で言うと

「何で分かったんだ?」と蓮が聞いた。

「だって、お嬢ちゃんは座敷童だよ?商売繁盛するに決まってるじゃない?」とにこにこ顔で言い、蓮から新商品とどら焼きの入った袋を奪っていった。

「えっ!座敷童ってそんなに効果あるの!?…うちの骨董品屋にも来てくれないかな。桂、聞いてくれない?」と言うと。「そしたら、花菓堂はつぶれちゃうよ。あきらめな。」と笑い三つ子達におやつが届いたよ~と叫んでる。

蓮は肩を落とし、「さすがにつぶれちゃダメだよな。」とため息混じりに言いながら、桂の後を追った。 無事に今回の依頼も終わり、蓮はほっと息をついた。

「さて、どら焼きでも食べようか」と手を伸ばした――が、もうそこには何もなかった。

「ふふふ、こういうのは“縁”だからね~。若旦那も言ってたでしょ?来るのが遅いと、こうなるのよ♪」と、桂は悪戯っぽく笑った。

「ほっほほ」と先程も聞いたような笑い声が聞こえてくる。

「えっ……もしかして……。いや、まぁ、そんなわけないか。」と考え直し、新商品を手に取り頬張った。

口の中に広がる甘さに、蓮は小さく息をついた。

何はともあれ、無事に終わってよかった。今日もまた、ひとつ縁がつながった。

きっと今夜は、よく眠れそうだ。


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