#11 青のスピリット ヴァルタルの話2
「眠ったのか坊主」という声は夢うつつで聞いた。ヴァルタルが話し始めた。
生まれたばかりのヴァルタルは村の入り口に捨てられていた。実の親は知らない。村は貧しい夫婦者に月々の養育費を払ってその子を預けた。夫婦は養育費を自分たちで使い、養育費の支給が途絶えないようにヴァルタルが死なない程度の世話をして育てた。ヴァルタルはいつも誰かの古着を着て、空腹で村の中をさまよっていた。栄養不良でやせ細り、髪はボサボサで皮膚にはできものが出来ては潰れた。見た目の小汚いヴァルタルは村の子供たちの格好の餌食だった。乱暴されて細い骨が折れても家で寝ているしかなく、曲がった手足はさらに人々を遠ざけた。
「おれは復讐を誓った。豊かな山の水がロウナ川にそそぐこの場所まで来てこの水を止めてやろうとしたのさ」
初めて生きる目的を見つけたヴァルタルだったが、たった一人で堰を作るなんて百年以上かかる夢物語だった。
「そんな時、城の奴らがおれを見つけたのさ。なんでも魔女が動くためには、強い人の感情が必要だとかで、お前はすごく怒っているからちょうどいいと言われた。何を取られたって、千年死なねえって話に乗らねえ手はねえだろ」
そして二百年近い時間をかけて堰は完成し、この地に沼が出現し、川は干上がった。
「何度も水に落ちたが、おれは死ななかった。堰が出来た時にはおれにひどい事をした奴らはみんな死んじまってたが関係ねえ、あいつらの子でも孫でもいいからひどい目に合わせてやるって思ってた」
ところが風向きが変わった。村長始め以前のヴァルタルなら口もきけないような面々がうち揃ってお願いにきた。春から秋の間だけ堰を開けてくれと言うのだ。既にヴァルタルの体は見えたり見えなかったりしていたので彼を神と思ったのかも知れない。
春と秋にヴァルタルを称える祭りを行い、捧げものを持ってくると約束した。約束は守られ、毎年村人がうち揃って自分にひれ伏すのは気持ちがよかった。この習慣はそれから数百年にわたって続いた。
ところが、百年ほど前からぷっつりと村人が来なくなった。堰は閉めたままになり、川は干上がり、沼はよどんだ。ヴァルタルはまた打ち捨てられたのだ。
「おれは999年生きた。お前は俺の代りに次の千年を生きるつもりだろうがそうはいかねえ。おれはまだまだ死にたくねえ、死にたくねえんだよ。お前たちが城に行ったらおれはお終いなんだから、お前のために短剣に触れるのなんかお断りだ。それでもお前たちが行くって言うならあの堰を切って城には行けねえようにしてやる」
夜が明けるとリュカはソンボの所に戻り、聞いた話のすべてを伝えた。
「悪い時もあればいい時もある。千年でも50年でも人生なんて一緒だな。なのにあいつはまだそれが分からないのか」
ソンボはそう言うと、リュカにポカパカに乗って村の様子を見てくるようにと言った。
「もしかしたら、とっくに村自体が無くなっているのかも知れないからな。それから、短剣は荷馬車の中にしまって行けよ。空から落とすと大変だからな」
村が消える、そんな事があるんだろうか。僕の村は大丈夫だろうか。
ポカパカの背に乗って空から川に沿って下って行った。が、集落は見当たらない。黄のヘルゲの村の事を思い出した。人は不自由な環境を我慢し続けたりしない。より住みやすい環境を求めて知恵を絞り、時には移動していく。
少し離れたところに運河が見えてきた。その周りには立派な町が出来ていて、運河には船が行き来し、沢山の商品を運んでいる。さかのぼって行くと運河は肥沃な畑を越え、山の谷を走り、時には山に穴を開け、水は遠い泉から引かれていた。
誰もヴァルタルにひれ伏す者がなくなったのはこういう事だったのだ。でもヴァルタルに何と言ってその事を告げよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます