第3話 私が私じゃなくなっていく
中山看護師「ああ。渡辺さん。お疲れ様でーす。」
中山看護師は廊下で中年女性とすれ違った。
彼女の名前は渡辺雅子。この施設のケアマネージャーだ。介護保険の利用者に最適なプランを考える仕事。それがケアマネージャーの仕事。介護保険の利用が決まるとこのケアマネージャーとまずは利用者、その家族の話を聞き、それにより、その人にどんな介護サービスが適切なのかを考え、
プランをたてて、それに基づきそのひとにあった介護サービス計画(ケアプラン)を立てることにより、その人に最適な介護サービスが実施されることになっている。このような仕組みになっているつまり、施設で何かがあった際は、ケアマネージャーにまずは報告する必要がある。
渡辺「お疲れ様でーす。お子さんお元気?」
中山看護師とケアマネージャー渡辺はしばし雑談をかわす。そして、中山看護師は報告した。
中山看護師「ああ。203号室久保田さん?久保田愛子さんなんですけど・・・」
渡辺「ああ。愛子さん?あのALSで寝たきりの人ね?どうかしたの?」
中山看護師「実は、この前、点滴が外れていたんです。」
ケアマネージャーの渡辺は、冷静に言った。
渡辺「ああ。確か。あの人のALSで。体は動かない、動くのは眼球だけのはずだからね。自分がやったとは思えないから、職員の誰かがまた、やっちゃったんでしょう。外れないように対策考えなきゃね。」
一度こう言うことが、起これば医療職とケアマネージャーで打ち合わせ、対策を考え、介護職員に周知させる。これも、ケアマネージャーと施設看護師の業務の一つだ。
渡辺さん「あーあ。また一つ仕事増えちゃったわねー。」
中山看護師「本当ですね。」
施設は、ケアマネージャーと医療職は、キャリア、介護職は現場・・・そのような扱いになっている。また、ケアマネージャー渡辺さんと中山看護師の中で尻拭いを・・・そんな気持ちが湧き上がってしまう・・・どの職業でも、現場とキャリアは衝突する。介護も同じ。でも、衝突を繰り返して、いい介護になっていく、そう言うものだ。それは、どの仕事も同じだろう。人相手の仕事だけあって、皆情熱が違う。
あと、ケアマネージャー、医療職の仕事ととして、大事な仕事がもう一つあった。
中山看護師「家族への連絡?どうします?」
ケアマネージャー渡辺「ああ。そうねぇ。」
ケアマネージャーは思い出す。愛子さんには1人娘がいた。確か名前は久保田陽菜。
いつも、よく、面会に来ては、着替えをしたり、話しかけて海を一緒に見たり、一生懸命寄り添っていたのを思い出した。
ケアマネージャー渡辺「連絡・・・しましょうか。私がするわ。」
中山看護師「わかりました。」
2人は、その場を別れる。ケアマネージャー渡辺は、事務室に戻り、陽菜の携帯電話で連絡をとった。
陽菜は、会社で経理の仕事をしている。ひとつひとつ、領収書を確認し、パソコンに数字を打ち込む、昼休みになる。スマホを確認すると、施設の母のケアマネージャーさんの渡辺さんから着信があるのが確認できた。
陽菜(なんだろう・・・)
陽菜は電話する。
陽菜「もしもし。渡辺さんですか?お世話になってます。」
渡辺「お世話になってます。今大丈夫ですか?」
休憩時間終了がか迫っていたが、母親のことだ背に腹は変えられない。
陽菜「大丈夫ですよ。少しだけなら・・・」
渡辺「実は、母の久保田さんが昨日の点滴が抜けているのが、わかりまして・・・」
陽菜は驚いた。母は、食事の自分でするのは難しい。点滴で命を持たせていると言っても過言ではない。心配して早口いった。
陽菜「母は、大丈夫なんですか‼️どうしてそんなことになったんですか‼️」
気づけば、少し声が大きくなっていたようだ。
会社の休憩室の他の職員の目が陽菜に向けられた。それで、少し冷静になる陽菜。
渡辺「大丈夫ですよ。すぐに看護師に点滴を繋ぎ直してもらいましたから、施設の方で頼んでいる医師にも一応連絡をとって往診してもらおうと思っています。」
陽菜は安心した。そして、言う。
陽菜「今度の土曜日、そちらの施設に伺ってもよろしいでしょうか?」
母の容体も、気になる。それと、点滴が抜けるような利用者対応をしている施設側の利用者の対応にも疑問に感じたからだ。
渡辺「はい。大丈夫ですよ。ぜひ着てください。お母さんも喜ぶと思いますよ。」
陽菜は、了解し、電話を切った。休憩時間終了。陽菜「よし。休憩おわり。仕事しよう。」
陽菜は仕事に戻ろうとしたその時、
・・・愛子・・・私・・・話しがあるの?・・・
陽菜はハッとする。辺りを見回す、皆忙しそうにしている。となりの職員が話しかけてくる。
「どうかしましたか?」
陽菜「いや。大丈夫です。」仕事に戻ったが、入力ミスを連発し、貸借対照表の数字が合わない。
上司に注意されうまくいかない陽菜。
仕事が終わり、ロッカー室で制服から私服に着替える。帰宅する。一人暮らしの陽菜は、コンビニで買った弁当を食べ、入浴する。
その後、ビールを飲み、深夜番組を見ていた。
陽菜(休憩終わりのあの声が、どうしても頭から離れない。どうしたのかしら。)
そんな事を考えながらも、パジャマに着替え、ベッドに着く?
脳裏に突然よぎる
ガチャン‼︎突然茶碗を食事中に落としてしまう愛子、床に茶碗ごとご飯が落ちた。
陽菜「お母さん大丈夫?」
陽菜は食事の手を止め、それを片付ける
愛子「ごめんね。陽菜」陽菜「大丈夫。お母さん。」 ガチャン‼︎同じような音が寝る前に今度は洗面台で響いた。歯を磨こうとしたら、歯ブラシとコップを洗面台に落としてしまったのだ?
陽菜は洗面台に行き、同じように片付ける。
一生懸命自分の身の回りの世話をしてくれる愛子にaikoは胸が詰まる思いで告げた。
愛子「ごめんね。陽菜。迷惑ばっかりかけて、
自分でやんなきゃならないことがどんどんできなくなってるね・・・私生きてていいのかな・・・どうして生きてるのかな・・・」
愛子はその場に崩れ落ち泣いた。
陽菜「大丈夫だよ。お母さん。私と一緒にお母さんができること探して、私はお母さんができない事を手伝って一緒にやっていこう。
人生1日1日の積み重ねでしょ?大丈夫だよ。」
泣いている母を抱きしめた。
・・・・・「お母さん」・・・・・
陽菜はそんな夢を見ながら眠っていた。
ほほえみホーム・・・看板にはそう書かれていた。それを一目見て、通り過ぎると
自動ドアが開く。右側に小窓がある。
陽菜「いつも、203号室で、母の久保田愛子がお世話になってます。娘の陽菜です。」
そう告げると、職員がどうぞ。とだけいい、靴を靴箱に入れ、近くにあるスリッパに履き替え、
中に入る。
エレベーターに乗ると1人の青年が車椅子に利用者を乗せて、グリップを持って押しながら乗ってきた。思わず陽菜はエレベーターのボタンを押す。すると青年は「ありがとうございます」とだけ言って車椅子を押し、エレベーター内に入って来た。
「ここの職員は、いつも私だけご飯を食べさせてくれないのよ!!今日の夜ご飯はどうしたのよ!!」
エレベーター内でヒステリックにその老人は叫んでいた。
洋輝「え?それは、ひどいですね。なんでそんなことするんでしょうね?
トメさんって食べ物何が好きなんですか?」
トメ「サバの味噌煮よ。」
洋輝「ああ。そうなんですか。私も好きですよ。サバの味噌煮。美味しいですよね。」
トメ「でも、ここのは、美味しくないのよ。砂糖と味噌を多くして欲しいの。」
洋輝「そうですよね。味噌煮なんだから、味噌と砂糖は多くないと美味しくないですよね。」
だんだんと利用者が静まっていった。
陽菜(利用者に優しく向き合う青年だな)
陽菜は名前を確認する。
陽菜(洋輝さんっていうのね・・・)
エレベーターの表示板が2と表示される、陽菜がボタンを押す、洋輝「ありがとうございます」
ドアが開く、青年はトメさんの乗っている車椅子を押し、出て行った。
陽菜も出る。青年はトメさんと笑顔で話している。
陽菜(優しくて、真面目な青年だな。
でも、不思議な感じがする。こう、なんか懐かしい・・・・)
陽菜はエレベーターを出て203号室に向かった。
トメ「鎌倉の方に、美味しいサバの味噌煮を作るお店があるのよ。あそこの味噌煮は絶品なの。」
洋輝「へぇ。どこにあるんですか?」
トメ「確か、手広の方だったかしら」
洋輝は、利用者と向き合う優しい青年だ。こうやって、1人1人の利用者と話をする時間が好きだ。しかし、介護現場の理想と現実にまた直面する。
詩織さん「洋輝くん。ちょっとなにしてるの?まだ終わってない仕事あるの。話してないで、動いて‼️」
洋輝「はいはい。分かったよ。詩織さん」
洋輝は、呼ばれて、即座に動く、この時間はオムツ交換の時間だ。すると、ケアマネージャーの渡辺さんが声をかけて来た。
渡辺「白河くん。ちょっといいかしら・・・」
陽菜は203号室のドアを開ける。
点滴の輸液バックが、チューブに繋がれて、点滴針が右手に刺さっていた。
陽菜「お母さん・・・」
右手を握る。すると頭から声が聞こえてくる。
愛子「陽菜・・・」
陽菜「あれ?・・・お母さん?」
ハッとする。目の前を見る。愛子の口を確認するも動いていない。しかし、再び聞こえてくる声。
愛子「久しぶり・・・陽菜・・・」
陽菜「おかあさん・・・」
陽菜は、久しぶりに母の声を聞いた。なんだか懐かしい。寝たきりの母親を抱きしめた。
そんな時、203号室の扉が空いた。
渡辺さんとさっきエレベーター
愛子さんのキセキ 鏡 恭二 @sinji811
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